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ブルームーン [随筆日記]

今年も残すところ、あと数分。 名古屋では雪が降り始めたとTVのニュース速報が報じていた。
しかし、我が家の上空は至って快晴、 美しい満月が私の真上で光り輝いている。

今夜は、大晦日にしてブルームーンだ。

3447857「ブルームーン」とは、青く見える月 というわけではなく、ひと月の内に2回目の満月を迎えた月の呼び名をいう。 
周期的には、3~5年の内に一回くらいの割合でお目にかかることができるのだが、それが偶然にも大晦日、そして新年の夜に重なるというのはかなり稀なことである。
しかも、数キロ先の高速道路では通行止めになるほどの雪が降っているというのに、私の頭上にはこんなにも美しいブルームーンが輝いている。 何だか嬉しい。

さあ、もうすぐ今年が終わる。 終わると同時に新年が始まる。 時は一定の速度をたもったまま、ただ刻々と進み続ける。
新年に向けて・・・、 後生に向けて・・・  カウントダウは、もう、とうの昔に始まっている・・・・・

   門松や 冥土のたびの 一里塚  めでたくもあり めでたくもなし    <一休禅師>
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大晦日の初めての過ごし方 [随筆日記]

さて・・・・・、 いよいよ差し迫ってきました、年の暮れ・・・・・
昨日、久しぶりにテレビなんかを視聴してみると、「今年もこれで最後…」とか、「残りわずかとなりました…」なとど、それだけをとってみると結構寂しい台詞が並んでいるが・・・、 でもどの言葉も、「来年も云々・・・」と続くので、決して寂しい言葉にはなっていない。
私自身を含めて誰もが、来年も、来月も、明日も、次の瞬間もと・・・ ず~~~~~っと 永遠に有り続けると思っているけど、性悪の私なんかは人の言葉の揚げ足をとって、「へ~ぇ…、来年も変わらずに有ると思っているんだ~」なんて心の中で言ってみたり…、また自分自身に、「これが最後の年末年始になるかもしれないね…」なんて心にもないことを呟いてみたり…、こんなことを言っている自分の方のがよっぽど虚しい・・・・・

それにしても…、信じられないな~ぁ…、 大晦日の午前中にパソコンの前に座っているなんて・・・
前代未聞の行動パターンに、自分自身、かなり戸惑っている・・・・・(^.^ゞ
いつもなら正月準備に追われてテンヤワンヤのドタバタ劇場を演じているのだけれど・・・、 まぁ~、それはそれで楽しんでやっていたのだが…、 
でも、今年の大晦日は、「何もしない!」と心に決めたんだ!!!
しかし…、 そぉ~ 決めた割には、「ど~しよ~ぅ・・・、何をしよぉ~・・・」 などと、全然落ち着いていないのだけどね・・・(^-^;

あぁ、そうか! 人間ってヤツは、明日も、来月も、来年も、そこに自分は必ず在ると思って生きている。
それは、そ~やって先の計画を立てて、そこに自分を置くことによって自分自身を安心させ、だから生きて行けるんじゃない?!
‘予定’という道を自分なりに作るからこそ、それに向かって歩いて行けるんじゃない?!
だから、「今日は、何にもしない!」なんて決めちゃうと、逆に道を見失って落ち着かなくなるんだ!

いや いや ・・・、そ~じゃない!・・・・・ それも、そ~かもしれないけれど、そ~じゃない・・・・・
落ち着かないのは、「ど~しよ~か・・・」と考えちゃうから迷うんだよ!・・・・・
‘迷う’っていうのは、そこに何本もの道があるから迷うんだよねぇ~・・・・・
つまり、自分で立てた‘予定’だとか、‘予想’だとか、そんな道が何本もあるから迷うのであって、本当の本当に何も考えず、何も計らうことがなければ、迷うことなんてないんじゃない?!・・・・・

「この一本道を進め!」と指し示されて、これこそ真実と信じて、そこに自分の思いや計らいを交えずば、迷うことなく進んで行けるって・・・・・、 そ~ゆ~ことかぁ~(^◇^)。

ん~? 今日も私…、何やら暴走してるよね~(^_^;)
「これを書こう!」と思って書いている訳じゃないから・・・、 ただ、今、自分の中で動いているものをTypingしているだけ…って(^.^ゞ、そんなBLOGがここ数日続いちゃっているね・・・(^-^;

そう そう…、大晦日の今日、いつもなら正月準備で忙しく~・・・って、そんな話しをしていたんだった!
そ~なんです! でも、今年は 「しない!」 って決心したんです! 
一年前、今年のお正月に起きたあの事件をきっかけに、そ~ぉ 決心したんです!!
http://namuamidabutsu.blog.so-net.ne.jp/archive/20090101
でも・・・、高校生の時からず~っと、毎年かかさずに作り続けて来たおせち料理を、今年は絶対に作ってなんかやるもんか!と決めて、生まれて初めて大晦日の午前中にパソコンの前に座ってはみたけれど・・・、 慣れないことするもんだから、なんか落ち着かなくてねぇ~・・・(^^ゞ

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ラグーナ蒲郡 キラ・キラット・シティ [随筆日記]

ちょっとだけ昔のお話し…(^.^ゞ クリスマス・デートでラグーナ蒲郡へ遊びに行って来た。
きれいなサンセットを見た後は フェスティバル・マーケットでウィンドー・ショッピングを楽しみ、そして日がとっぷりと暮れた頃にラグナシアで、ウィンター・イルミネーション ‘Kira Kirat City’を見学!

ラグナシアはウォーター・パークだから夏以外は休園しているのかと思っていたら、メインのプールで泳げないだけで他のアトラクションもあるし、一年中開園しているんだって今回初めて知った…(^-^;
そして、11月の半ばから1月5日までは、園内はライトアップされ、光のショーなんかもあって夜まで楽しめる。
光のショーは、音楽に連動して噴水が噴出し、これに光をあてて水上を彩る。
(しかし、アッという間に終わってしまうので、カメラセットをする方はお早めにね!)
園内は、お散歩だけならこのショートと合わせてゆ~っくりと回っても1時間くらいでOK、そんなに広くはない。
夫婦や恋人同士でゆっくりと冬の夜を楽しむのなら、平日夜のラグナシアは結構オススメかな?! 
なんたって人の入りは少ないし、雰囲気がいいもの(*^^*)

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それから明日・・・、いやいや、も~ぉ今日だね! 大晦日の夜の、New Year カウントダウン・ライブのイベントも結構人気みたいだよ!

ラグナシを後にして、今度は ラグーナ・マリーナの方へと移動。
こちらは新聞の一面にも載っていたので言わずとも知れた ヨットハーバー・イルミネーション!
停泊中のヨットが電飾で着飾ってあり、とってもきれい!! その光が海面に映ったのもまたきれい!
マリーナの先の方までゆっくりと歩きながらお散歩をするのももちろん楽しいけれど、オススメはイルミネーション・クルーズ!
こちらは先着予約制なので、ラグーナに到着したら、最初にヨット・ハーバーの入口でクルーズの予約をしてからお散歩やショッピングなどに出かけられるのがよい!
そして予約した時間にクルーズの乗り場まで行くとまず防寒着と救命具の装着と説明を受けてそれからシップに乗り込む。
定員は12~16名ほどの小さなシップで、その電飾も めちゃ チャッチ~ものだけど、海上から眺めるヨット・ハーバーやラグーナのライトアップは、とてもイイ感じよ! それに船内で流されBGMのセンスもなかなか!
ただ・・・・・、 これはデートで来た人たちにはGOODだけど・・・・・  まぁ~、これ以上は言わない(^^)v
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ルミネーション・クルーズの後は、ラグーナのでっかい観覧車に乗ろう~\(^o^)/
ライトアップされたラグナシアやヨット・ハーバーがどんどん小さくなって、でも、とてもきれいに見えるよ!
それに、クルーズ船も、観覧車も、ちゃんと暖房完備がされているので安心してHOTな時間が過ごせる!

3445642そして胸いっぱいに幸せを満たした後は、フェスティバル・マーケットに戻ってディナー・タイムでお腹を満たす
v(^^*)
私たちが入ったのは、ワインが似合うイタリアン・レストラン! って感じで、大人チックなデートを楽しんできちゃいました(#^^#)

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今年も 残り 35時間 [随筆日記]

結構~、優雅…! というか、の~んびりとした年末の一日を過ごしている。
考えてみたら、日本人って「年」の変わり目を気にし過ぎなんじゃないか?って思う。
Count Down をして、「HAPPY NEW YEAR~ \(^o^)/」 だけで十分じゃないの?!
何も「年」が変わるからって、「今年中に済ませておかなきゃ~!」だなんて・・・・・
いつもと同じ、 昨日から今日…、今日から明日になるだけのこと…、 何も変わりはないのに・・・・・  な~んて冷めた目で世の中を傍観しながらも、自分の中では、「今年もやり残したことがいっぱいあるぞ~!」と落ち着かない気持ちをかかえ、年の瀬をかなり意識しながら過ごしている・・・(^_^;)
あぁ…、結局私は、自分の怠慢さに理屈をこねているだけなんだな・・・(^.^ゞ

去年の暮れも例年になく手を抜いた年末を過ごしていたけど、今年はそれ以上に年末らしいことは何一つしていない。 あぁ、年賀状は書いたけど…。 後は、四つ足の子供たち4匹分のシャンプー&カットを自前でしたくらいかな?

BLOGを始めて二年半。 この時期、毎年BLOGのお引越しをしているが…、今年はど~しよ~かなぁ~… と悩んでいる。
さっきの話じゃないけれど、スリランカ旅行記の続きだとか、その他にも書き切れていないことが山のようにあって、こんなんで年を越しちゃってもいいのかなぁ~? BLOGの引っ越しなんかしてもいいのかなぁ~? なんて無意味なことを気にしている。
また逆に、この一年を締めくくる意味でもスパッと消えて、新たに一から始めたいと思うのも、やっぱり「年」の変わり目を気にしている証拠だよね!
それはともかく…、この一年間で5万件を勇に超えたサイトへの訪問者数…、 とんでもなく自分勝手に書き殴っているだけの文字を読んでくださった方々の前から黙ってズラカルのも恐縮至極…。 
もチョットここで書いていこうかな(*^^*)v

それにしても、今年もいろいろなことがあったな~ぁ~・・・・・・・
自分のBLOGを読み返す気にはなれないけど、何も変わっていないようでいて、大きく変わったような気もするし・・・、 楽しいこと、辛いこと、ホントにたくさんのことを見・聞きして体験して、多大なおかげ様の御力によって、今、私はここにあるのだな~ぁ~・・・・・・・

「さぁ~! 今年も残り35時間を切りました! 今年中にやっておかなきゃならないことは?」
な~んて問いが、
「今生も残り僅かとなりました! 後生に突入する前にやっておかなきゃならないことは?!」 
な~んて問いに変わっても・・・・・、 アカン・・・・・・
新年は来ると思っても、後生が来るとは思われへん! 聞いても、聞いても、ホンマに何もわからんヤツだなぁ~…

なんか、昨日から湧いて出てきた言葉を書き並べているだけで、全然文章になっていない・・・(^_^;)
この辺でやめておこっと!…(^.^ゞ

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「楽しい」の対語は? [心]

昨日、今日と、実に豊かな感情の嵐が吹き荒れた。
そんな中でただ何気なく、感情を表す言葉を思い浮かべてみた時、フッと、「楽しい」の対語って何だっけ?って思った…。
「悲しい」「辛い」「苦しい」「悔しい」「憎々しい」「腹立たしい」「寂しい」「虚しい」・・・・
プラスの感情を表現する言葉がおおざっぱであるのに対して、マイナスの感情を指し示す言葉は、実に事細かに現されているのだなぁ~と感じた。

しかし、実際の感情というヤツは、こんな言葉では表現しきれないほど多岐に渡り、しかもとても繊細なもので、それでいて絶対的な力を有してこの私を掻き動かしているのだ。

「感情」というか、「情動」というか、私はこんなモノに常に振り回されっぱなしで、自分にとって都合の良い、例えば「楽しい」という思いに関しては、自己満足の世界にドップリと浸かっていられるが、逆に「悲しい」とか「苦しい」だとかいう思いに見舞われると、自分勝手に落ち込んでみたり、逆にHighになって心のやり場を探してみたり…、要は、自分にとって不都合な感情が湧き立っている時には、自己責任というものは棚の上に置いて、当たり前の如く自分以外のモノに責任を転嫁している。

つまり、「快情動」は自分のおかげで、「不快情動」は他者・他物のせいであると位置づけているのだ。

これは、生きていくために必要な心(脳)のシステムなのかもしれないけれど、少し冷静になった時そんな自分を見せられる度に、「私、いったい何やってんだろう? 私って何様?」と考えさせられる。
まぁ~、考えてわかるものではないし…、 理屈をこねても意味のないことだから…、 「あ~ぁ… また、馬鹿が馬鹿をやって迷ってる…」とスリムに解して通り抜けている・・・。

もう少し言えば、「オレが~」の心を見せられても、また、因果の道理を少しもわかっていない自分を知らされても しらけた心しか私にはなくて、そんな私の中からは、「ごめんなさい」の言葉も出て来なければ、「如来さまのご苦労に感謝します」と頭の下がることもない。
ただ単に、「これが無明に迷っている私の姿なんだ。 だからご苦労をおかけしているんだ」と、聞いたままを復唱するだけ・・・
こんな私だから堕ちる! そしてこれを否定できるだけの手駒は一切持ち合わせていない・・・!
しかし、こんな私を「救う」と誓ってくださるお方がいて、そのお力でいつも私を包んでくださっているなんて…、摩訶不思議な話しだよな~

あれ? 何を書こうと思ったんだかわからなくなってきちゃった (^.^ゞ ・・・ なんだっけ???
まぁ~いいか!(^_^;)

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「愛」に期待するもの [心]

人はいつも自分の都合で、自分本位の期待を胸に抱き、それが叶わぬと、怒ったり悲しんだりする。
たとえ期待通りの結果が得られたとしても100%の満足感を得られるものではないし、またたとえ満点に近い満足感を得られたとしてもこれが長く続くものではない。
そんなことわかってる! そんなの当たり前じゃん! と頷いてみたところで、やはり期待に沿わぬ結果に見舞われると、嘆き、悲しみ、怒り、腹立ち、時には自己コントロールできなくなるほどの感情に振り回されたりもする。
そんな心に支配されている間は、冷静に自分を省みることなど出来ないから、すべてを誰かのせいにしてみたり、逆に自己嫌悪に押しつぶされそうになったり、人それぞれだけど、本当の意味で自分の懐を真向かいに見ることができず、思うがままの感情に飲み込まれてしまう。
悲しいかな、人間と言うヤツは、そんなふうにしか生きていくことができないのだろうね・・・・・

考えてみたら、「愛」だとか、「恋」だとかいう感情は、最も人間らしい心の産物なのかもしれない。
仏様の「慈愛」というものは、「常に一方的に与える愛」で、「永遠不変の愛」であるのに対して、私たちがめでたくも口にする「愛」と言うヤツは、「常に求める愛」で、「変化し続ける愛」である。
「一方的に与える愛」と言えば、親の愛がそれに近いかもしれないけど、所詮は人間の愛…、
とんでもない“縁”に催されれば一瞬にしてに吹き飛んでしまうだろう・・・
愛が冷めるだとか、愛するが故に憎しみに変わるだとか、私たちはそんな頼りない「愛」と知りつつも、「愛」を求めて止むことがない悲しき生き物なんだよね・・・・・

そうだね・・・、人間には、到底真似の出来ない「真実の愛」を仏様はこんな私に与えてくださっているんだよね。
だから私は生きていられるんだね。
こんなふうに、ある出来事をきっかけにして、人を通して気付かせていただいた「愛」について考えてみた時、実に多くのことが見えてきた。

そして、人間の「愛」を考えた時に、紙一重というか・・・、両極端というか・・・、
愛に「喜び」愛に「悲しみ」、「好き」の裏には「嫌い」があって、「始まり」の裏には「終わり」がある。
そして、「与える愛」の裏には「求める愛」が必ず存在している。 「愛」に期待をしてしまうのだ・・・・・

あぁ・・・、 「愛」は、人間の究極の欲望かもしれないね! 少なくとも私はそ~だな~ぁ・・・・・

そして、ど~しよ~もない感情が生まれるのも、「愛」ゆえなのかもしれないね・・・・・

ただ、今思うのは、凡夫の私には、凡夫としての愛し方、愛され方があって、たとえそれがどんな愛であったとしても、私なりの愛し方、愛され方しか出来ないのだということ。
「愛に期待するもの」も凡夫レベルなら、それによって得られる結果も決して凡夫の域を超えることはない。

胸に抱く期待は、刻々に変化して大きくもなり小さくもなる。
湧き起こる感情も、温かくなったり冷たくなったりと常に変化し続ける。
そんな動き続ける“今”を大切に、そして“今”を後悔しないように誰かを愛し続けていけたらいいね[黒ハート]

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まずは自身の聞法を  (追記) [心]

久しぶりの発熱・・・  ボ~ッとしていてBLOGが全然進まない・・・ 書きたいことは山とあるのに・・・。
精神的に不安定になっている時は眠れなくなるから、眠らない分、書く時間は出来るけれど、マイナスだらけの自分に囚われて、そこのところの自分でしか書くことが出来なくなる。 だからどっちにしても書きたいことは書けない状態・・・。 
だけど、そんな心境を打破したくて、ツラツラツラとただ書き綴る…。

こんな気持ちの時は、本当は独り孤独のカラの中に閉じこもって耳も口も目も塞ぎたくなる・・・。 
だけどその反面で、誰かの声が聞きたくて、自分の胸の内を開かしたくもなる・・・。
今日もそんな感じ・・・  私は、灰色の霧の中で時間が過ぎるのを独りポツリと待っていた・・・
そんな時届いたのがOGさんからのプレゼントだった。 私の大好きな和洋菓子。 すごく すごく 嬉しくて、そのGoodなTimingに、思わず不思議なお手回しを感じずにはいられなかった…。

夜になって半泣き状態でOGさんに電話をすると、OGさんはご自身の体調が思わしくないにもかかわらず自分の事としてお話しを聞いてくださった。
最初は泣きべそをかきながら右も左もわからずにまとまりなく話していた私だったけど、しばらくお話ししている内にだんだんと自分が見えてきて、そんな自分の思いを声に出していくことで、「この先、どうしよう?」ではなく、「今、私はどうなのか!」ということが薄ぼんやりと見えてきた。

結論から言うと、私、「自身の聞法もままならないうちから、外に向かうべからず!」というのは、やっぱり飲み込めない。

私は、その人の後生を心配して御座でお念仏をお勧めしたわけではないし、懇親会や交流会などに参加しているわけでもない。 ましてやその人の後生をどうこうしようだなんて腹など思いも及ばない! 
だって、自分の後生すら心にかからないような私だもの、そんな高尚な心など湧くはずもなく・・・
湧き立ったものと言えば、「私が聞かせていただくんだ」という欲張りなニセモノの聞法欲と、「自分の方向に間違いはないか」と確かめて安心したいばかりの我欲しかない。
そして、先生や先輩同行に、「間違いないよ」と誉められればすぐ自惚れて少しは聞法が進んだかな?なんて勘違いしてしまうような大馬鹿者。
その上、自分のところを一歩下がって語りながらも、その実は、「教えてあげる」という高慢な心の芽も頭をもたげていたりする。

そんな傲慢な自分というものを知らされたのも、やっぱり人に向かって言ったからであって、今までのように一人押し黙ったままでいたら知り得なかった・気付かなかった自分であった。

「まずは自身の聞法を!」って・・・、 人に語るのは、自身の聞法がど~なってからにせよ!と言われるのか、正直私にはわからないし、第一、私はここ一ヶ月前から、ただ聞いているだけではなく、自分から言葉に出すようにしたことで、今まで見えなかったものをたくさん観せていただき、今まで気付かなかった多くのことに気付かせてもらっている。

例えば、Yuさんからいただくメールや言葉には、「後生、後生・・・」と並んでいるけれども、ただ受け取っているだけの内は、「後生」という文字を、「私の後生」と聞くことはなかなか出来なかった。
ところが、私から人に向かってメールや言葉を発した時に、「あなたの後生」というのが、「私の後生」と返って来た。
そうなんだよ! 阿弥陀さまは、この私の後生を心配して、ここ一つに願いをかけてくださったんだ!

私は、法に背を向け、今生事の喜びに身を費やし、“死”という現実を自分の理想の世界に塗り替え、真実に耳を傾ける気などサラサラなく、悪を悪とも思わずに当たり前に生きている。
そんな私一人の為に、「おまえの後生を救ってみせる!」と立ち上がり、はかり知れない時間と心を費やし ‘南無阿弥陀仏’になってくださった如来さまに対して、私はしらけた心で‘我’を盾にし矛にしそのお心を踏みにじるばかり。
そんな私が、自分でも嫌悪して見ぬふりをしているドス黒いところ、その一つ一つに如来さまは張り付いて全てを投げ出してくださっているんだってことを、縁に触れ折に触れてホンの少しだけ感じさせていただくことのできる不思議。

これらを今まで耳に聞いていながらも、「私は何にも聞けていなかった…」って、人に向かった時、その人を通して初めて自分のところで頷けたような気がした。

「人に向かう前に、まずは自分の聞法を!」と言ってくださったけど、ごめんなさい、私、どうしても飲み込めない。
ただ、私は、聞けないなりにも 「自分はどう聞かせてもらったのか」ってところを、やっぱり頑張って言葉に出していって、「それで自分自身はど~なのよ!」 ってところを聞いていきたいって、少なくともこの瞬間の私はそう思っている。
夜が明けたら、ど~変わる自分なのか全然想像できないし、また、たった一言で埋没できちゃう私だけどね・・・・・
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まずは自身の聞法を [心]

やる気がない・・・  何にもやる気がしない・・・  年の瀬だというのに・・・、 やらなきゃならないことは山とあるのに・・・、 身体が動かない・・・・・
たった一言を受けきれずに動けなくなっちゃう私って、いったい何なんだろう・・・
とても信頼していた人だったからこそ、その一言は、私には重すぎて・・・・・
着飾っていた自信を剥ぎ取られたら、後悔の波に飲み込まれて、自己嫌悪の海に埋没・・・ ドボン・・・
そんな私に優しい言葉で励ましてくださったメールにも、暗く捻くれた読み方しか出来なくて・・・、 自分でもどうしたらいいのかわからなくて・・・・・、  ごめんなさい、ごめんなさい。

その一言を言われるほんの少し前までは、それなりに幸せで、それなりに前向きで、自分に出来る範囲のことを頑張ってやって行こう!って宣言していたのに・・・・・、 その、良かれと思ってやってきたことを否定されたら一気にこれだもの・・・、 自分でも嫌になるよ! だから自己嫌悪・・・・・。 


今日はクリスマス! みんなが教会の行事を楽しむのなら、私はお寺に行きましょ♪ ってことで、ポク ポク チーン ってしに、G願さんのお寺へ遊びに行ってきた。 
G願さんとお話しをするのはとっても楽しい。 一から十まで仏法を基軸にお互いが感じたところを語り合え、聞き合えて、二人の会話には休む間がなく、いつも時間を忘れてしまう。
今日も、今のところの私をG願さんにお話ししながら自分に聞かせていただき、またG願さんのお話しを聞きながら私自身を観せていただき、言葉に出して聞いていくことの大切さを語り合った。

それに、ここ最近立て続けに参加させていただいている聞法交流会でも、わからん、わからんと言って求めておられる友同行に、私自身のところを振り返りながら、今のところの私をお話しさせていただくことで、私自身が聞かせてもらうことの出来ているご縁を、すごいな~、不思議だな~と感じさせていただき、言葉に出して聞いていくことの大切さを実感しているところだった。

最初のきっかけは、今月初頭の高山報恩講の時かな。
座談会の前にKnさんから、「BLOGで書いていることを言葉に出してみて!」って言われ、YMさんからも、「今日こそは自分を出してね!」って言われて、その座談会ではUDさんを通して見せてもらった自分、今伝えたい私のところを言葉に出したことが第一歩となった。
この時、「あぁ…、自分に返って来るんだ…」 ってことを知った。

それからは、友同行のすがたを通して観せてもらった今のところの私を言葉にしようと心がけ、西光寺ではG先生の前で、聞法交流会ではYuさんの前で、今のところを言葉にしていけば、もし私が間違ったことを言っても訂正してもらえるし、その場で私が聞かせていただけるんだと、その機会を無駄にすることなく言葉に出すようにしていった。
すると、‘今’が動いて行くのがわかった!
‘今’、ここの私が動いている。 過去に捕らわれ、未来に怯えていた私の‘今’を発見することが出来た。
だから私は、間違ったことをやっているとは思わなかった・・・・・

G願さんともそんなお話しをしながら、とにかく言葉にして行こう! 頑張って声にしよう! って意気込んでいたのだけど・・・・・・

クリスマスの夜に届けられたメールには、「まずは自身の聞法を!」 とあり、私はその一言で・・・  自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて、後悔の海に溺れた・・・
「その口で何ヌカス! おまえにはまだ語る資格などないだろう!」 と 聞こえた・・・・・・
言うべきじゃなかった! 自分を出すべきじゃなかった!  後悔…、 後悔…、 自己嫌悪・・・・・・

そんな青黒い雲に心が覆われている中、YZさんより「メールで言うよりも言葉で言いたかったんだ」って電話が入った。
「わたしの阿弥陀さんが喜んでおられるんだ♪」 と、とても とても 嬉しそうに語っておられた。

私は、喜べない私を知らされた。 
だから喜んでいる人を見ても羨ましいとは思わないし、喜べない自分を卑下もしていない。
ただ、「喜んでいるだけでいいの?」といらぬおせっかい心の出てきた自分をおこがましいと思った。

そう・・・、 人と接することで自分を知らされる。 そうして知らされた、自分でも嫌悪する醜いところで如来さまのご苦労を聞かせていただき、縁あればこれを口に出して、「私は こうだよ」と伝えていこうと思ったが…。
でも、言われてみれば分不相応、おこがましい話だよね。 

「まずは自身の聞法を!」  ‘まず’は、どこまでが‘まず’なんだろう? どうなったら‘次は’になるんだろう? 
なんてくだらない疑問・・・、 愚かだね…、 笑っちゃうね…、 でも私、怒ってる・・・  誰に? 何に? 
よくわからない・・・・・  でも私、きっと納得できていない・・・・・

だけど、後悔はしている。  言われたように、私なんかが人に語るべきじゃなかった。
後悔…、 後悔…、 自己嫌悪・・・・・・
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西光寺・報恩講  その⑥ [法座・座談]

報恩講三日目にして最後の法要は、導師のG通さんと門徒婦人会コーラス部の方々に合わせて『正信偈』をお歌でいただいた。
現代文に意訳された『正信偈』をメロディーにあわせて読む…、じゃなくて歌うというのは、聞くのも歌うのも初めての体験だったけど、とってもよかった♪
親鸞さまがお書きになられた『正信偈』にどのようなことが書かれてあるのか、その概要の一通りを多少は知っているものの、お勤めのなどで普通に漢文読みにてあげていると、どうしても口に唱えながらも頭の中では全く別のことを考えているということの方が多いが、意訳された現代文を目で追いながら歌っていくとストレートにその言葉が頭の中に入ってくる。  うん(^-^) なかなか気に入っちゃった♪

G先生の御満座の御法話は、昭和57年の常例法話が書かれた紙上法話『疑心よさらば』より抜粋しながら読んでくださった。
一番心に残った言葉は、「最後に残るものは何か?」と言う問いかけであった・・・・・。
(御法話については別途category「仏法」にて後日UPする未定の予定(^.^ゞ)

西光寺さんの報恩講が終わった。 アッという間に終わってしまったような気もするけど、私にとってはとても濃い、また深い意味のある充実した三日間であった。
この御法座はもちろんのこと、西光寺というお寺も、ここに集った人々も、G先生も、「みんな みんな すべてのものが私一人の為でしありました」と思える事が不思議で、「もったいなくもご苦労をおかけします」と思えることもまた不思議なことである感じた。

この後G先生の控え室に伺ってお片づけのお手伝いをした後は、楽しい 楽しい Launch time !
久方ぶりにいただく殺生の味・・・、 やっぱりやめられない! 待っていましたとばかりに食らいつく!
そして食事を始めて間もなくしてお迎えのMRさんが到着されると、私はまるで保育園児がお迎えのママの姿を見つけた時のようにホッとした嬉しい気持ちになった。
そして私の隣で食事をされていたG先生が一言おっしゃった、「あぁ、よかった! 京都までどうやって帰ろうかと心配しとったんや~」 と… (^‐^;)

帰り道、G先生はすぐに眠りに入られた。 さぞお疲れのことと思う。 二日目から辛そうだったもの…。
そんなG先生の迷惑も顧みず、私はMRさんにお話ししたいことがたくさんあって、京都までず~っと二人でおしゃべりをしながら過ごした。
一番聞きたかったのは、「私は善人か、悪人か」という二日目の御法話での問いかけで、G先生がなされなかったお話しの続きが聞きたいと思っていたがG先生はお休み中、 と言うことでMRさんに聞いてみた。

「御法は抜かして、私は「善人」か「悪人」かと問われた時に、MRさんならどちらの席に座りますか?」
「御法を抜かすなら簡単じゃん! わたしは善人の席に座るよ!」と、迷いなく即答され、「なっちゃんはどっちに座ったの?」と聞かれた。

私は、足は「善人の間」に突っ込んだまま、身体は「悪人の間」に置いていた感じ…。
でも橋本さんのように、「善人でも悪人でもどちらでもない」と言うんじゃなくて、「善人とも悪人とも両方だと思う」ということで決めかねていた。
MRさんは改めて、「御法は抜かすんだよ!」と強調されたが、それでも私はどちらか一つに決めることは出来なかった…  あぁ…、私…、ただいま迷いの真っ只中(^_^;)

具体的に、これまで自分のやってきた「善」と思えることと、「悪」と思えることを考えてみたら、「悪いと思うこと」はいくつでも出てくるのに、「善いと思えること」は、そう思った瞬間に自分自身によって否定されちゃう…。
「でも、自分が悪人だと思っていたら生きてられないんとちゃうの?」 とMRさんはおっしゃった。
そ~なのかなぁ~・・・・・ 
「悪」を「悪」とも思えない私がいながら、「善」を「悪」と思ってしまうのは、やっぱり御法のお育てをいただいているからで、これを抜きにしてと言われても抜けないのかなぁ~?
だけど、そもそもMRさんのように、「自分は迷いなく「善人」の席に座る」と言い切れるのも、やっぱり御法の上に立っておられるからなんじゃないかなって思った。

お釈迦さまが、「曾無一善(ぞうむいちぜん)」、「悪道不絶」とお説きくださったからこそ、御法の上に立てば、「私は悪人」の座に迷うことなく座ることが出来るであろう。
しかし、親鸞さまが、「邪見驕慢悪衆生」とお示しくださり、G先生が、「わたしの2つの迷い」、(一つは、「私は死なへん」と思っているという迷いと、もう一つは、「私は善人だ」と思っている迷い) ということを教えてくださったからこそ、MRさんは迷うことなく、「私は善人だ」と言えるのじゃないのかなぁ? やっぱり、御法の上に立てばこそ迷うことなく「私は善人」・「私は悪人」と言えるんじゃないのかなぁ? って思った。

「御法を抜いて」と言われたG先生だけど、そこが一番のミソかもしれない!
御法を抜いたら、私ってグラグラじゃん! って思った。

だって、私が自分を「善人」だと思っても、「悪人」だと思っても、そんな思いなんてコロコロと変わる。
現に、この時私は「悪人だと思う」という方に比重が偏っていたけど、今は「善人だと思っている」という方の比重のが大きくなっている。
その証拠というか・・・、 もし私が自分のことを「悪人」だと思っていたら、自惚れ心とか、驕りの心なんか出てこないんじゃないのかな~って思ったから・・・。
やっぱり私は、「悪人」である自分を無意識のうちに拒絶して、「善人」だと思っているからこそ自惚れたりもするし、それ故に自分をわかってくれない人を憎んだりもするし、偽善も出来るんじゃ~ないのかなぁ~ って思った。

京都までノンストップで車も会話もふる回転!
G先生、しっかり寝息をたてられていたから熟睡されていると思っていたら、車を降りられる時に一言、「あんたらうるさかったなぁ~」って・・・・・ (^.^ゞ  ごめんね、G先生!(#^^#)

この後も、お言葉に甘えてG先生のお家に上がり込み、またまた二時間くらいYK夫人とおしゃべりなんかしちゃって、ホントにすっかりお世話になってしまった…
あぁ・・・・・・ でも、御法ってすごいなぁ~…、 私一人の為にとんでもないご苦労がかかっている…、 っていうのを、ほんのちょみっとだけ、ほんの一瞬だけ、感じさせていただけた三日間であった。

G円さんから送っていただいた写真、使わせていただきま~す\(^o^)/ ありがとうございました[黒ハート]
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西光寺・報恩講  その⑤ [法座・座談]

報恩講法座の二日目が終わって、今夜も懇親会に参加させていただいた。
先の法座のおかげで元気が復活してくるとこれに比例して食欲も復活! おつまみなどをいただきながら、この中の誰よりも元気でハイテンションの橋本さんのお話しに耳を傾ける。
そしてしばらくするとお風呂から上がられたG先生が私の隣に座られて、今夜も笑いを提供してくださった(^◇^)  (今夜はお風呂ネタです!)
そんな楽しく和やかな雰囲気の中にあって、全く楽しめないという方が一人おられた。 
G円さんから、その人の話しを聞いてやってくれと言われたのでお話しを聞くことにした。
彼女はキイさんと言われた。 G先生の御法話中にお腹を抱えて笑っていたその人である。

話し始めた彼女の矢継ぎ早の質問にも驚いたが、それ以上にその質問内容に面食らってしまった。
それでも始めの内は私にもわかる範囲のことでお答えしていたのだが、全くもって噛み合わないのだ…。
例えば、彼女が最初にしてきた質問は、「あんたにとっての阿弥陀さんは誰が対象になっているのか?」というものだった。 
「阿弥陀さまは、誰か特定の人を対象にして自分が思い込むものではないですよ。 でも、もし例えるならば、私にとってはG先生がそのお姿を通して仏さまのお心を説いてくださり、見せてくださっていますね」と言うと、
「それじゃ~、あんたにとってはG先生が阿弥陀さまなのか?!」と返されたので、
「だから、特定の人物ではなく・・・、 広く言えば、ここにおられる皆さん方全員、そしてこの食べ物も、このお寺も畳もみんな、その全てが私の為の仏さまなのだと聞いています」と答えた。

覚えている…、と言うより、彼女の言っていることが聞き取れた範囲で一部をここに列記するならば、
キイさん 「あんたには死んだ人の声が聞こえているのか?」
私 「それは聞えないし、死んだ人云々という話になるとそれは仏法とは違いますよね?!」
キイさん 「あんたの家族に死んだ人はいるか? その先祖の霊に阿弥陀さまはいないのか?」
私 「私の母は四年前に亡くなっていますけど、先祖の霊が仏さまと言うのは間違っていますよ」
キイさん 「あんたは母親が亡くなっているのに母親の声も聞けないのか? 仏と思えないのか!」 
私 「あなたの言っていることは御法とはかけ離れていて、そこで阿弥陀さまのお話しをすることは出来ません!」

などという会話がしばらく続き、彼女から私の家族のことや病歴までも問いただされて、「人には触れられたくないことがある。 それをここで私が話さなければならない義務はないです!」と、さすがに私も冷静ではいられなくなってしまった。
そしてG先生に助け船を求めると、キイさんから、「わたしはあんたに聞いているんだ!」と強い口調で一喝。
それでもG先生が、「あんたさんが何を言っておられるのかわたしにはわからん。 あんたの話しは飛びすぎとる」 と言ってくださると、彼女の鉾先は、私からG先生へと移って行った。
しかし、G先生は何も答えずにただ黙って聞いておられるだけだった。
そしてキイさんがトイレに立たれると、橋本さんが一言口を挟まれた。
「なっちゃんがだんだん怒ってきた」 と・・・  私、それが自分でもとてもショックだった・・・

彼女に、ここだけは間違いなく聞いてほしいと思う自惚れ心と、普通じゃない人とは話したくないと人を見下している傲慢な心と、傷をえぐられた時に現われた怒りの心・・・・・
また 深く 深く 自己嫌悪に落ちて行く私がいた。

時間も深夜の1時近くになって、私はHOTELに帰る為に座を立ち、藤井さんに送ってもらったのだが、同じくキイさん夫婦も同乗されていて…、 でもキイさん、かなり怒り心頭の様子で…、それが私には辛かった・・・・・

HOTELに帰ってからもしばらくは眠れなかった。
私の中から出てくるものは、やっぱりダメダメな自分ばかりで、そんな自分に足元を掬われそうになった時、「我が‘信’いかに?!」という言葉が不意に突いて出た。
そうか…、そうか…、これが私なんだ・・・・・    よくわからないけど、そう思ったら、早く忘れてしまいたいと思った今夜の出来事は忘れちゃダメだって思って、BLOGの代わりにYuさんへのメールにつらつらとありのままに綴って送信ボタンを押す。
それと同時に眠りの世界へと引き込まれ、朝までグッスリと寝てしまった。

翌朝目覚めるとYuさんからメールの返信が届いていた。 それを読みながら、私はしばらくの間大声で泣きながらお念仏をいただいた。

今朝は一人ぼっちで朝食をいただいてからタクシーでお寺へと向かい、そして真っ先にG先生のお部屋に駆け込んで、今の所の私をG先生に聞いていただいた。

昨夜、落ち込んでしまった理由から話し始め、自分の間違いに気付かせていただいたこと。
「キイさんのように、自分の思いばかりを正当化して、そんな自分を当て・頼りにし、仏法なんかさらさら聞く気もないその姿こそ私自身であったと昨夜は気がつかず・・・、 私は、全然自分に返していませんでした。
聞いた、知ったと、高いところからキイさんに伝えようとして、全く恥ずかしい限りです。
私もキイさんのように、先生や先輩お同行にご迷惑・ご苦労をおかけしてここまで来られたのに・・・・・
阿弥陀さまの私にかけられたご苦労を聞かせていただくことが聴聞なんだと自らが口にしながらも、私自身、そのご苦労をふみにじっていました。 間違っていました。
私、報恩講に来させてもらっているのに、御恩徳を全然聞いていなかったです…」

G先生は相づちをうちながら聞いて下さり、そこまで言うと一言、「偉いな~」とおっしゃった。
「はい! 私の阿弥陀さんは偉いんです(^-^)v」 と私が答えると、G先生はとても嬉しそうに笑ってくださった。

3430177「それから先生、来月にある会の報恩講さんで、私、世話人をやらせてもらうんですけど、開会の前のオリエンテーションの時に、‘報恩講’の意味について一言、言いたいなって思います!」

   「それから、それから、G先生、もう一つ!
   私ね、今朝、新発見しちゃったんです!
   『 ごろう 』 先生のお名前に、『 』 をくっつけると、
       『 ごくろう 』 になるんです!! 
   先生、ご苦労おかけしとります!(^.^)ゞ」 と言うと、
   「そんなこと、考えたこともなかった」 と… (^◇^)
   G先生、大きな声で笑ってくださった。

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西光寺・報恩講  その④ [法座・座談]

3428603二日目の夜の法座はお内佛の法要で、お勤めの後は、G先生を中心に半円状に座したスタイルで御法話をいただいた。
この時も自分で座布団を並べながら事前にG先生の真正面の位置を誰よりも先にキープしていたのだが、実際に御法座が始まって会場に戻ってみると特等席の権利を有した橋本さんが、私の真正面でG先生のまん前に座られた為に、残念ながら一番前の席とはいかなかった。
そして他の人たちはと言えば、左右にほぼ均等に座しておられる。
何が均等なのかといえば、お昼の法座でG先生がおっしゃった、「自分は‘善人’と思っているのか、‘悪人’だと思っているかという各々の意見に分かれて、G先生を中心に左の部屋が「善人の部屋(座)」で、右の部屋が「悪人の部屋(座)」というように分かれて座ることになったからだ。
ちなみに私は、体の三分の二を悪人の間に置き、残り三分の一を善人の間に置いて座った。
そして橋本さんは、お昼の法座でG先生の質問に、⑤番目の「自分は善人とも悪人ともわからない」に挙手されたそうで、2つの部屋をまたいだ中央、つまりG先生の真正面に座られることになったという訳。

ところが・・・、 お勤めの後のG先生の御法話は、「無常について」と、「念仏のみぞ真」という尊いお話しはいただいものの、「善人・悪人」のお話しは一切出されなかった。
そして前半の御法話が終わり小休憩を挟んだ後半の質疑応答の場になって、門徒の一人の女性がそのことをG先生に問われ、そして彼女の夫が書いたであろう「善人か悪人かについての意見書」なるものを朗読し始めた。
私は、彼女の(夫の)言われていることは、まったく因果の道理を無視した意見だなぁ~ と聞いていたが、G先生はこれについては否定も肯定もなさらず、「今夜、わたしが話したことをそのままご主人に伝えてあげてください」と言うにとどまった。

そして次に質問をされたのが私の前、そしてG先生の前に座した橋本さんであった。
「自分は今まで善人だと思っていたが、二年前より仏法聴聞を初めてみると悪人の自分が見えてきた。
これではイカンと思い悪人の自分を抑える努力をしてみたら今度はストレスがたまってしょうがない。
これをどうしたらいいでしょうか? どうしたらストレスをためずに生きていかれるでしょう?
そのストレスの解消を求めて仏法聴聞を始めたのだが二年経ってもまだ阿弥陀さんはこれを解消してくだされない…。
どうかわたしにわかるように、端的に、阿弥陀さんの本願を理解してストレスを解消することが出来る一番の近道を説明して下さい!」
と、このような質問であった。 
これに対してもG先生は否定も肯定もなさらず、「説明するのは簡単ですがね…、 極難信です…。  昨日から今の今まで、一番の近道を、わたしはず~っとしゃべり詰めだったんですがねェ…」 と笑顔でお答えになった。
この後も橋本さんは続けてお話しになったが、これを聞いていて私は自分の過去の過ちを暴露されているような気恥ずかしさでいっぱいになった…。
「先生はわたしの中のドロドロとした心の中に阿弥陀さんがいてくださるといわれるが、その中からスプリングを使って、ポンッと阿弥陀さんが飛び出し来てくださるきっかけはどんなものなんでしょうか?」
「先生の言われることはちゃんとわかっているんですが、自分が思い違いをしているとはど~しても思えない!」
「何割の確率で本願がわかるのか? あと何年苦しんで、どれ位のレベルまで行けば本願がわかるのか?」
これらの質問をG先生は御法で丁寧にわかりやすく説いて返していかれるが、橋本さんにはまったく届かない。
そんなやり取りが20分近くも続いた末に黙ってしまわれた橋本さんに、G先生は少し語気を強めて会話を切ってしまわれた。 そして、「他の方で質問はございませんか?」と皆に尋ねられたが誰も皆、口をつぐんでしまったまま目をもそらされている。

そんな中で、ついうっかりと私の口が開いてしまった。 
なんだか言わずにはおれなくなっちゃって…、この二日間でG先生から聞かせていたことが、無意識の内に口からあふれ出して来るみたいな感じに、この私がど~ゆ~わけか片言ながらもしゃべり続けていている…。

そしてとうとう橋本さんの口からお念仏が飛び出すに至った時には、G先生もお念仏を称え初め、これにつられて小さなお念仏があちらこちらからも聞え始めて、会場はいつもの気慣れた座談会のような雰囲気になった。
そのお念仏が少し落ち着いて来た時、G先生が『二河白道』のお話しを始められた。
時折首をかしげる橋本さんに私が後ろから声をかけると、橋本さんはうつむきながらもコクリと頷きながら一生懸命に聞いておられた。
そしてG先生のお話しも後半になってくると再び会場のあちこちからお念仏が湧き立ち、会場はしばらくの間またお念仏に包まれた。
私は、ここに居る一人一人が自身の阿弥陀さまと出会われているんだ! 不思議だな~ と感じていると、G先生が、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、不思議なことやな~」と口にされ、少し驚いてしまった。

この時橋本さんがクルリと私の方を振り向かれ、「なっちゃん、ありがとう」と言われので、「いえ、私は…、阿弥陀さんが…」と小さく口ごもると、G先生が橋本さんに、「阿弥陀さんに御礼をしましょう」と橋本さんを促され、橋本さんはお仏壇の前まで歩まれお念仏をされた。
この時G先生が私の方を見て、「よかったなぁ」と言って下さったことで、嬉しい気持ちのその反面で、ものすごい気恥ずかしさかこみ上げてきた。

御法座の予定終了時刻は当に過ぎていたが、しばらくは皆、今まで以上に大きな声でお念仏をいただいた。

そしてこの御座が終わった後にG円さんから、私が橋本さんの背中に向かって話しかけているその言葉に、G先生が一々大きく頷いておられる姿がとても尊かったとお話しくださって、恥ずかしかったけれど、でも嬉しいと思った。

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西光寺・報恩講  その③ [法座・座談]

西光寺さんでの報恩講法座 二日目の朝は、YZさんと二人、HOTELの喫茶室で朝食をとりながら御法か我法がわからないけど、じっくり、たっぷり、時間を忘れるほどにお話しをすることが出来た。

この時、YZさんのすがたを通して聞かせていただいたのは、「“信”は、私と私の阿弥陀さまとの問題。 それが、今ここに生きている!」 ってこと。
誰かに言われたから ど~の こ~の と言うのではないし、誰かが認めてくれたからOKと言うんでもない。
自分を抜きにして、また如来さまを見ずして、そんなことに振り回されながら私は余所見ばかりをしているのだなぁ~、 と…
それを彼にお伝えすることができる不思議と、しかしこれを伝えたとても見事にスルーされてしまったことに、重ねて自分の都合でしか聞けない私のすがたを観せていただき、同時に如来さまのご苦労を感じさせていただいた。

また、過去の体験とかその時の自分の思いとか…、過ぎて来たご縁にしがみ付いていることの虚しさみたいなものが、彼の言葉を通して私の胸をチクリと刺した。
そして、‘今’ ‘ここで’ 働いてくださっている如来さまのご苦労を聞かせていただかなければ…、という気持ちが私の中をフッと通り過ぎて行った。

HOTELからTAXIで西光寺さんへと向かい、まずはG先生のお部屋に行ってご挨拶!
そして10時より報恩講二日目の朝のお勤めが始まり、引き続いてG先生の御法話をいただく。
御法話は昨夜に引き続きG先生の求道時代のお話しから始まって、次に覚如上人が説かれた「一念帰命」のお話し、そして、誰のために造られた‘南無阿弥陀仏’かという真宗の肝要をお話ししてくださった。 

MRさんもNOさんも昨夜の内に帰られ、今日の御法話中に念仏を口に出す者は、G先生のまん前にドン座った私とYZさんの二人しかいない。
すごく浮いた存在だろう…、 そして門徒の方々にとっては邪魔で鬱陶しい存在だろう…。
それでも、今、この場に座している自分を幸せだと思える私が居て、そんな私の方に視線を向けてくださったG先生が、「幸せやなぁ~」と言って下さったことにコクリと頷きながらお念仏と遇わせていただける私って、やっぱり幸せなんだと思う。
自分の事が イヤで キライで いつも自己嫌悪ばかりしている私だけれど、今、ここの所の私は、嫌いな自分を忘れていたなぁ~ってことに後になって気が付いた…。

御法話って、言葉であって言葉ではないんじゃないかって思った。
先生のお話し(言葉)を心で感じる…。 今までは先生のお話し(心)を私の思いで撥ね返していた…。
う~ん…、 何だかよくわからないけど、 先生の話される言葉の奥にある心を聞かせていただくって、自身の計らい心を通さずに、こ~やって感じさせていただくってことなのかなぁ~って…  う~ん…、よくわからないや…(^^ゞ

午前の法座が終わって今日も昨日と同じお斎をいただく。
昼食後も飽きることなくYZさんとのお話しに花が咲く。 彼がいてくれてホントよかったって思った。

午後のお勤めはこれまた初めて見るスタイル!  ただ経を読むに留まらず立ったり座ったりの動作があったり、蓮の花びらに見立てた色紙を撒いたりと、艶やかで賑やかなものであった。

そしてこの後、午後の御法話の前半では、再びお母様のことを中心にG先生の求道時代のお話しを聞かせていただいたのだが、この時、私とYZさんの斜め前に座布団を持ってきて座られた女性が、G先生の御法話の最中に 何度も 何度も お腹を抱えてクスクスと笑っているのが気になって気になって仕方がなかった。
先生は決して笑うようなお話しをされていた訳ではないので、私とYZさんは眉間にシワを寄せながら目の前のその女性を一瞥しつつ御法話をいただくことになった。

後半は、「一水四見」のお話しをいただいた後にG先生から全員に質問が投げかけられた。
「仏教の上から言わないで、自分の考えから見た‘私’という者は、①善人、②悪人、③どちらかと言えば善人、④どちらかと言えば悪人、⑤わからない のどれに当てはまるかを、目をつむったままで挙手してください」 と…。
この結果については、①自分は善人だと思っている人は1人、②自分は悪人だと思っている人は2人、③自分はどちらかと言えば善人だと思っている人が大多数、その次に多かったのが④自分はどちらかと言えば悪人であると思うと答えた人。 そして⑤自分が悪人か善人かわからないと答えたのは2人だったそうだ。
ちなみに私は、迷いに迷った挙句、④番の「自分はどちらかと言えば悪人である」に挙手した。
いくら御法を抜きにしてと言われても、やっぱり自分は善人であるとはとても言い切れないし、しかし悪人であるとも思っていないのも事実で…、だけどどちらかと問われればやっぱり悪い自分しか思い浮かばないしなぁ~、と言うことでなんとなく④番のどちらかと言えば悪人に挙手したわけだ…。

G先生がこの質問をされた意図は、「信仰の世界には、率直に自分を考えるということが大切である」 ということを伝えたかったのだとおっしゃった。
そしてこの内容については、この後、夜の法座の時に皆さんと一緒に考えていきましょうということで昼の部の御法座は終了となった。

3428605この後YZさんはすぐに福岡へと帰ってしまわれ、私は一人ぼっちになってしまった。
こ~なると食欲すらなくなってしまう…。 その反面、すごくカラ元気が出てくるのだ…。
夜の御法座まで3時間近くもあるフリータイム。 とりあえずG通さんと一緒になって先ほどの法要で撒き散らした蓮の花びらに見立てた色紙を拾い集めたり、片付けもののお手伝いなどをしていたが、これも一段落すると本格的に暇になってしまったので、本堂で一人静かに瞑想に入ることにした。
しかし・・・・・、邪念、雑念ばかりで余計に疲れてしまい…(^.^ゞ  そんなところに総代の片山さんが登場したのでお手伝いを申し出てお内佛法要の準備に参加させていただいた。
けっこうな肉体労働でちょっと疲れちゃったけど、でも暇つぶしにはなってよかった!(^-^)v

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西光寺・報恩講  その② [法座・座談]

3417974西光寺報恩講法座での初日に夜に振舞われた美味しいおうどんをいただいていると、後ろの方に座っておられた方々がお仏飯を食べておられるのが見えた。
「わたしらも もらいに行こ!」と、MR隊長の号令で 私とYZさんもその後に続いて、左手にはカラになったおうどんのどんぶり、そして右手にはお箸を携え、MRさんが狙いを定めたお仏飯めがけて一直線!
MRさんとYZさんはすぐに席に戻られたけど、私はこ~んなに大きなお仏飯を見るのも初めてだったし、もちろんお仏飯を食べることも初体験だったので、チョットばかし興奮しながらその思いを言葉に出すと、近くにおられた御前とG通さんがアレコレお仏飯についてお話ししてくださった。
G通さんは、ほんわかと優しく思い出話しなどをしてくださり、御前は、お勤めをしていた時と同様に背筋をピキッとのばしたままの姿勢で無駄の動き一つせず、よく通る声でとても穏やかに先日のシンポジュームのお話しや稚児行列についての慣わしなどをお話しくださった。

お夜食の後、本堂の片隅で、ご住職のG円さんをはじめとした僧侶の方々との懇親会に出席させていただいた。
MRさんは 「仕事があるから」と京都へとんぼ返り。 ちょっと心細かったけど、みなさんとても良くしてくださって楽しい時間を過ごすことが出来た[黒ハート]
そこへ先に帰られたNOさんから、無事帰宅しましたメールが届き、そこには 「私もぜんざいが食べたかったです~」と書かれてあった。 「あぁ、そ~だ!」
忘れかけていたぜんざいの記憶が私の中で復活して、「ところでぜんざいは?」とG円さんに尋ねると、
「なんでぜんざいなん? 誰も、一言も‘ぜんざい’を出すなんて言うてないのに、Gちゃんがいきなり‘ぜんざい’言うもんだから、こっちもビックリしたよ!」 って・・・
ど~やら、G先生の思い込みだったようだ (^.^ゞ  私の、「ぜんざいが食べた~い!」っていう思いが、G先生に通じちゃったのかも~ぉ σ(^_^;)?!

ここでG先生がお風呂から上がられて懇親会の座にお着きになった。 そして最初の一言が、
「‘ぜんざい’ 出んかったね~。 わたしのためにおうどんに変えてくださったんか?」 と聞かれ、
「誰が‘ぜんざい’ 言うたねん?!」とG円さんが切り返し、また笑わせてもらった(^◇^)

懇親会でも御法話のお味わいなどを話される方はいなかった…。 
「なっちゃんは何歳なの? 彼氏はいるの?」
「さぁ? 自分でも年齢不詳(^◇^)で、ただいま彼氏募集中~(^-^)v だけど、だんな様は一人いるよ\(^o^)/」って感じで…(^.^ゞ、 
でも、久しぶりになんだかとても新鮮な場にお誘いいただき、とても楽しい時間が過ごせた!!
他には、御前がご自身のお寺のお話しや旅のお話しなどをいろいろしてくださったけど…、 私の中ではG先生の‘ぜんざい事件’のインパクトがあまりにも強烈すぎて、他が霞んでしまったよ~(^.^;)

深夜1時近くにG通さんに送っていただき、YZさんと二人でHotelに帰る。
少し疲れたけど、お酒も飲んでいないけど、でもなんだか半分だけいい気分(*^^*)
後の半分は無視することに専念してベッドへと潜り込む…。 一日目が終わった・・・・・
「ぜんざい、食べたかった…  ねっ、 NOさん v(^^*) 」
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西光寺・報恩講  その① [法座・座談]

またまたBLOGの更新が停滞… (^.^ゞ 
こ~ゆ~時は、パソコンは持ち歩けども大抵誰かと外出中で FULL-TIMEに暇無しってことが多いかな?!
それで書き留めておきたいことを頭いっぱいに貯めこんで帰宅するけれど、書く間も無くまた次のスケジュールへと突入~! って、  まぁ~、今回もそんな感じ (^-^;
日にちは前後しちゃうけど、とりあえず今一番記しておきたいことを優先して、今週の頭から二泊三日で参加させていただいたお寺の報恩講法座のことを書いておこうと思う。

341797513日(日)、朝7時に家を出て一先ず待ち合わせ場所の
京都へと向かう。 
そして京都からはG先生に同行させていただき MRさん
の運転で目的地のお寺までドライブを楽しみ♪、
西光寺さんには正午少し前、予定よりも早めに到着!
なんだかなぁ~? 心地よい緊張感…σ(^_^;)?
寺院の報恩講に出させていただくのは 初めての体験
だからワクワクもするし、何がど~なるのかわからなくて
ドキドキもする!
でもせっかくだから楽しんじゃお!って腹を決めたところ
で、まずは腹ごしらえにお斎をいただく。
ご用意いただいたお斎は、素朴ながらもとっても美味しくて、その味、そのお椀ひとつをとってみても 歴史的に由緒のあるお寺の趣が感じられた。

お斎をいただいた後は、早めに本堂へ行っていつものように先生が立たれるだろう位置を予測し、その真正面最前席に腰を下してしばし時間を持て余しているところにYZさんがご到着!
それからしばらくは二人で先日の高山法座での反省会などをして盛り上がっていると、行事鐘が鳴り響きいよいよ報恩講が始まった。

『正信偈』のお勤め。 何よりも驚いたのは、幾人かの僧侶の中で向かって右側一番手前に座しておられる方の声と姿勢で、思わず一目惚れ(*^^*)  キャハ[黒ハート]って感動~!

3417976さてさて、浮ついた気持ちもG先生の登場でスーッと引いて初回の御法話をいただく。
(例によって例の如く、御法話は機会があれば後日UP!)
しかも初回の御座から「第十八願のこころ」をズバッとお話しいただき、「あなたの後生は大丈夫ですか?」と問うていただくと同時に、こんな私にかけられた如来さまの切なる願いとご苦労をお聞かせいただいて、お念仏と出遇わせていただいた。

小休憩はあったものの2時間の御法話は、アッと言う間に終わってしまった。
いつもなら、「さ~ぁ、今から座談だ… 何を話せばいいんだろう~」って頭を悩ませているところだが、今日はお寺での出張法座なので座談会はない。 それが不服と言えば不服な気もする…
座談会は苦手だけれども、無ければ無いでものすごく中途半端な感じがして、何だか吐き出せないものが胸の中に籠もっている感じがする。
それに今回の御法話では、心に引っ掛かった箇所もあるので質問したいこともあったのだが…、
でも、聞ける人が近くに居ない…。 
ここに来て、「一人では聞法は出来ないな~、 座談会は必須なんだ~」って改めて感じさせられた。

夕食も昼食と同じお斎が振舞われ、YZさん、NOさんと共にいただき、少し遅れてMRさんとも合流し、夕食後は近くの喫茶店にてコーヒータイム! ホッと落ち着く(^.^ゞ
とは言っても、なんだか私、ぜんざいが食べたくってメニューを探したのだけど普通の喫茶店だものやっぱりない…。 しかたない…って、コーヒーではなくココアをオーダーしたのだけれど…、なかなか頭から離れてくれないぜんざいの味…(^.^ゞ

って、それはともかくとして・・・  この時せっかくお同行さん4人で集っていたので先の御法話をいただいてのお話しなどをしたかったのだけど、私、気を回し過ぎてしまい、なかなか言葉が出てこない…
「あ~ぁ・・・」 御法のことは、後回し、先延ばしにしている自分に小さく嫌悪した…。

お寺に戻って夜のお勤めでは、門徒さんの一人と仲良くなり御聖教を一緒に見せていただいた。
やはり、僧侶さんが読まれる言葉をただ聞き流しているだけというよりも、文字の一つ一つを一緒になって目で追っていくっていうのはいいもんだ、って思った! おじさん、どうも有り難う(^-^)v

夜の御法話は、G先生の求道時代のお話しを中心に、お母様のこと、源信僧都のこと、伊藤先生のことなどをお話しいただいた。

その小休憩の時にMRさんが私を呼び、そしてイスの上で這いずっている一匹のカメムシを指さして、
「このカメムシさんも聴聞しに来たのね! これをご縁に来世では人間に生まれさせてもらってね!」と言っているのを聞いて、私は一瞬、何だかとても複雑な心境になった。
よくわからないけど・・・、 上手く言えないけど・・・、 私の思いが充満しているソレとは別に、全く違う何かが私の中でうごめいている感じがした・・・ 

さて、休憩の後、御法話が始まる前にG先生がおっしゃった。
「この御座が終わった後にぜんざいが振舞われるそうですから、時間通りに終わろうと思っています」 と…
私は思わずYZさんと顔を見合わせて、「食べたかったぜんざいが食べられる~!」って、ちょっとウルウルした。

そして、今日最後の御法話が始まりしばらくした時のこと、お話しをされているG先生の顔の前を一匹の大きなカメムシが羽音を鳴らしながら横切って行った。
私は今度はMRさんと顔を見合わせて、「さっきの子?」 と、堪え笑いにウルウルとした。

御法に心を打たれてタダ泣くしかないとウルウルしながら、今生事の欲の充たしに嬉しウルウル、笑いウルウル、 はたまた時には、悲しウルウル、悔しウルウル
・・・  つくづく思うよ、 「泣きゃ~ いい ってもんじゃ~ないぜ[exclamation]」って! (^-^;

さ~て! 夜の9時半、 初日の報恩講法座が終わってお夜食が運ばれてきた。
「わ~い\(^o^)/ ぜんざいだ~[るんるん]」って思って待っていた私の前に差し出されたのは、おうどんだった…。
「何で? ぜんざいじゃないの?」 と、おうどんさんに問いかけると、
「ぜんざいだと思って食べれば!」 と、YZさんが答える…。
振舞われたおうどんさんは、とっても、とっても美味しかったけど、ますますぜんざいが恋しくなってしまった私なのだった・・・・・[たらーっ(汗)]

( この謎は、次号にて解明 f(^_^) )    つづく ~ !!

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高山報恩講  Part Ⅱ [法座・座談]

高山支部報恩講法座の二日目、朝は7時前に起床してチャチャッと身支度を整えてから朝ごはんをいただく。 あっ! そ~言えば 今朝はTMおかぁさんお手製の美味しい梅干をいただくのを忘れとりました!

朝食後、YMさんとAKちゃんとHRちゃんと私とで‘あじか’まで Drive して Shopping を楽しむ♪
目的の‘米フォンケーキ’の他にも、メロンパンと高山あんぱんをご購入で、ルンルン ってしていたところに、「私ら、いったい高山に何しに来たんやろか~」とのYMさんの有り難いお言葉が、後頭部を一撃 (^-^)ゞ 

朝のお勤めにはギリギリセーフで間に合って二日目の御法座が始まった。
(例によって御法話については機会があれば後日UPするということで…!)
S先生より午前の御法話をいただいた後の座談会は三部屋に分かれてすることになった。
私は昨夜の内から申し合わせていたKnさんとYMさんの分級に入れていただき、その他には高山のTGさん、それに仲良しのUDさんとインド仲間のYZさんという気心の知れた人たちとの分級で気負うことなく座談会に臨むことができた。
でもやっぱり思っていることを言葉にするのって難しいなぁ~
BLOGのように、見えない相手に一方的に自分の思いを指で打っていくという作業は厭わないのに、面と向かって口で自分の思いを言葉で伝えるというのは、私にとってはものすごく難しい…。
自分の内心を離れたことならば平気でしゃべることが出来るのにね~ェ…、 心の内を声に出そうとすると、大きな山を幾つも越えなくてはならない・・・
でも、この座談会では、自分なりに精一杯頑張って言葉に出来たように思う…
ただ、なにせ初心者だから…、 要点も要領も得ない発言になってしまったけど、少しずつでも話せるようになれればいいなぁ!

さてさて、この座談会ではUDさんを中心に進行していった。
なんだかすごくよくわかるんだ…! UDさんの今の苦しさとか…
それと同時に、私の犯してきた過去のあやまちも…、そして今現在の自分の愚かさも…、 お同行さんを通して、観せてもらい、聞かせてもらえる。
今までもそれは痛いほど感じてきたのに、思い返せば私は自分の苦しさばかりを相手にしていて、そこにかけられた阿弥陀さまのお心をチッとも見ようとはしていなかった…。
あの時、どうして顔が上げられなかったのかわからないし、今、どうして顔を上げていられるのかもわからないけど、ホント、自分の方ばかり見ていたってど~しよ~もないじゃん!ってことだけは、自分に言える。

午前の部が終了すると、Ktuパパから誘われてYZさんと一緒にH家に向かうことになった。
思えば、初めてH家にお世話になった時、「あぁ、実家に帰るって、こ~ゆ~感じなのかなぁ~」って、すごく心温まる気持ちになり、その上、前回の座談会の折にG先生より、「この家は、あんたの為にHさんが買うてくださったんや! あんた一人の為に御用意してくださった家なんやで~!」と強く言われたこともあった。
短時間ではあったけど、思いがけず今回もH家にお邪魔させていただくことが出来て、またYZさんの辛口ジョークもなかなかのもので(^-^;、おもいっきり気分転換をすることが出来た。

午後からの法座には少し遅刻してしまったけど、御法話の前には席に着くことができた。(略:御法話)
御法話の後、午後からの座談会は二部屋に分かれてすることになり、今回もKnさん&YMさんの分級でお世話になった。
この分級では特に誰かが中心になるということはなく、思い思いのところで仏法讃談をする感じで進行し、私も少し照れくさかったけどほんの少しだけ、私の口を通して遇わせていただける‘南無阿弥陀仏’の不思議を語ることができた。
そして御法座の最後には全体で集合し、S先生のお話しで高山支部報恩講法座は幕を閉じた。

3408034御法座の後、F家で皆さんをお見送りしてから、S先生と共にDinnerをご一緒させていただき、Knさんの職場の前のオープンタイプのイタリアンレストランでコース料理をいただいた。

そして食事の後にS先生のお見送りをして、私はYTさんと二人で高速バスに乗車し家路についた。
バスの車内では寝ちゃうかな?って思ったけど、思いの他YTさんとのお話しに花が咲き、名古屋まで楽しいひと時を過ごすことが出来た。

名駅前の高層ビル群が遠くに見え始めたころ、その反対側の車窓からは今までに見たことのないほどの 大きな 大きな お月様が夜空に浮かんでいたので、私が思わず大はしゃぎで、「見て! 見て!」と声を上げると、YTさんも、またバス車内のお客さんも 「おぉぉ・・・」 と言いながら、その月を眺めていた。

「私…、 月を見てる・・・・・・」  そう思った…。
月を指すその指にばかり捕らわれて、月を見ずして自分の手元で幾度となく空想の月をこねくり回している自分の姿が目に浮かんだ。
でも、月はいつだってそんな私を見ていてくれていた。
その月を見上げれたならば、私の目に合わせた優しい光を放ち、その光は私の足元を照らしてくれている。

見上げれば、月なき夜も、月はありけり ・・・・・
私が忘れ通しでも、私が見失っても、いつも月は私を見放すことなく、見続けていてくださっている…。
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高山報恩講  Part Ⅰ [法座・座談]

高山支部報恩講法座の前夜、全然眠れなかった…。 
旅行や試験、何か行事のある前の日になかなか寝付けないと言うのはいつものことだけど…、でもこの夜は、いつも御法座の前に感じる漠然とした緊張感で寝付けないというのではなく、前々からあった一つの疑問に強く心が縛られていて眠れないという感じ…。
結局、一睡も出来ぬままに夜を過ごし、明け方近くには眠ることをあきらめて書斎のデスクに無気力に倒れ掛かりながらメールを打つ…。

   「‘親の愛’って…、どんな愛なんですか…?」

まだ夜も明けぬ早朝だというのに、父のように慕うYuさんからはすぐに返事が届いた。

   「無条件の愛… 何の条件も見返りも望まない 一方的な愛…」

それがどんな愛なのかはわからないけど、ただ涙がこぼれ落ちて、私は声を押し殺しながら泣いた…。

夜が明けて、小雨の降る中、高速バスで高山へと向かう。
いつもと同じ…、 周囲の人たちを必要以上に気にしながら、これに伴って出てくる自身の醜い心から目を背け、自分の世界へと潜り込む・・・
ただ、ここ最近、自分の思いとは全く別のところで、、、、、 何て言うかなぁ~…、温かな幸せに包まれている感じ…?  う~ん…、、、、、、 何て言うかなぁ~…?  ただ、情緒が安定しているだけなのかも…?!
あぁ、そ~言えば最近は薬のお世話になっていないなぁ  な~んてことを考えている内に高山に到着。

3407204高山駅でHRちゃんと待ち合わせをして、今年は二人で高山の古い町並みの散策に出かける。
あいにくの雨模様で思うように食べ歩きが出来なかったのは残念だけど、ランチはいつものお店でいつものメニュー「うっしっし丼」を美味しくいただく。
この後、YMさんと合流して、今度は甘味処で別腹を満たしてからAKちゃんとも合流。
この時既に、Ttuさん、TMさんとの約束の時間を1時間もオーバーしていたので、内心ではすごく焦っていたけど、お二人の優しさに甘えて心の中で「ごめんなさい」と頭を下げながら、F家には3時過ぎに到着した。
案の定、既に準備はすっかり整っており、「なっちゃん、遅~い!」との温かかいお叱りとおいしいヨモギ餅をいただきながら、ぬっくいお部屋で時を過ごす。

今回は、“報恩講”と言うことでいつもより早めに集合して『正信偈』のお勤めの後にお斎をいただく。
これがとても美味しくて、報恩講さんの意義より何よりも、長いお勤めを我慢すれば楽しいお斎が待っている~♪ ってことに気持ちはすっかり奪われてしまう…(^.^ゞ
あ~ぁ… こうして御法座に出させていただいても、御法は二の次、三の次…、 何やってんだか、私…

“報恩講”は、親鸞さまの報恩謝徳のために聖人のご命日(旧暦・11月28日/新暦・1月16日)の前後に営まれる御法要である。
“報恩講”の「講」とは、「あきらかにする」という意味があるのだとS先生に教えていただいた。
つまり、親鸞さまの御恩徳の深いことをあきらかにさせていただき、その御恩徳に報いていくというのが報恩講さまの行事であり、浄土真宗では一番大事な行事なのだとお話しいただいた。

でも、私にはその御恩徳がどのようなものであるのかわからないので教えていただかなくてはならない。
御恩徳を知るということを 「知恩」というのだそうだ。
その御恩を知るにはお聞かせにあずからねば知り得ることは出来ず、聞くことがそのまま御恩徳を知ることになって、これを感じることができる、 これを 「感恩」というのだそうだ。
そして感じることが出来るからこそ報恩謝徳の思いが出てくる。
この順番を間違えると、「どうして私は報謝の念仏が出てこないのか」とか、「どうしたら感じられるようになるか」などと問題を誤って自己問答に陥ってしまう…。
でもそ~じゃなくて、まずは、ど~いう御恩徳があるのかを教えていただく、お聞かせいただかなくてはならない。
私の上にお念仏が届いてくるまでの親鸞さまの様々なご方便・ご教化のあったことを教えていただき、そのご苦労の一端をお聞かせにあずかって、改めて称名念仏をさせていただくというのが報恩講さまの元々の意味であるとお話しいただいた。

3407205しかし…、やはり目の前に美味しそうなものを並べられると、食前の挨拶も口先の裃(かみしも)で、欲を満たすことばかりに心は占領されてしまう愚かな凡夫なのである… (^.^ゞ

さて、お勤め→お斎 と続き、初回の御法話が始まった。 
(御法話については、後日UPすることにして・・・(^-^;)
御法話→全体座談会 の後は、これまた楽しみにしていた懇親会v(^^*)

前回の高山支部法座では裏方の仕事が慌ただしかったことにプラスして、私が人前で自分を出すことの苦手な性分であるが故に、座談会でも懇親会でも、兄と慕うKnさんとは‘今’のところがすれ違ってしまって、私にとってはとても辛い御法座となってしまったが、今回は、ず~~~っとKnさんが私の傍らにいてくださって、たくさんお話しを聞かせていただき、たくさんお話しをすることができたので、とてもリラックスした気持ちで過ごすことが出来た。
そんな訳で、懇親会がお開きになったのは深夜の3時。 またまた最終組みだ!(^.^ゞ
あぁ・・・  昨日もほとんど寝ていないし・・・ 明日(正確には今日だけど…)の法座、ちゃんと起きていられるかなぁ~ σ(^_^;)?

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12月 ・ 浅野屋交流会 [法座・座談]

もう一週間も経ってから書くのも何だけど… 今日は時間もあるし、歯抜けた日記の穴埋めBLOG!

先週末の金曜日、懇親会のために名駅へお出かけ。 
すこぶる晴天に恵まれ、せっかくだからと早めに家を出て、青空の下、大きな銀杏並木の黄色が色鮮やかな桜通をぽちぽちと一人歩く。
何故だろう…、 目に映るものたちが語りかけてくるみたい・・・、 そんな不思議な感覚の中、目から、耳から、ダイレクトに心に響いてくるものがある・・・。
人も、ビルも、街路樹も、私の側から、私の基準で見るのではなく、相手から見た私はどうなのだろう?
それは人目を気にするということではなく、その人を通して自分を見るというか、知るというか・・・
また、ビルや街路樹は、どうしてここにあるの? って…、 その答えに自分を見つけるというか・・・
何だか自分でもよくわからないけど、秋の落ち葉が木枯らしに吹かれて胸の中で舞っているみたいに騒がしくって・・・、 そして、町の雑踏、生活の音、風にざわめく木々の音、それら総てが一つの声に聞えてくる。
小春日和の昼下がり、 今日は何だか不思議な気分… (#^^#)

フッと思った・・・。  空が青くて嬉しいと感じる。  空が青くて嬉しいと思えることがまた嬉しい。
やっぱり幸せなんだなぁ~、 人間として生まれさせていただけたってこと。
当たり前じゃないんだよなぁ~、 人間として生かさせていただけているってこと。
     身はいやしくとも畜生におとらんや、
     家まずしくとも餓鬼にはまさるべし、
     心におもうことかなわずとも、地獄の苦しみにはくらぶべからず。
不意に 『横川法語』の一節が頭をよぎった。

嬉しいとか、悲しいとか、喜怒哀楽に自由に動ける心があるのって、幸せなんだよね…、きっと…。
当たり前って思っていることも、本当は当たり前なんかじゃないんだよね…、きっと…。
‘幸せ’と思える心も、‘当たり前’と思っていることも、一寸先の縁に触れれば、簡単に崩れちゃうものだけど、そんなものが大切だって、そんなものにしがみ付いている私に向かって、やっぱり囁きかけてくるものがある。
でも、耳を澄ましても、 ただ待っていても、 心の中を探してみても 何もみつからない・・・

「南無阿弥陀仏」 小さく呟いたその声は、街の騒音に消されるよりも早く、私に耳に届いた…。

徐々に薄暗くなって、街に明かりが灯り始めた。
12月、クリスマス前のこの時期は、夜の街がとても綺麗…  それ故に寂しさがつのる…
夕方、仕事上がりのYuさんと名駅で待ち合わせ! ここだけの話しv(^^*)、意外にもYuさんはスーツ姿の似合う人だった[わーい(嬉しい顔)]

懇親会の会場は浅野屋さん。 
今日のメンバーは、Yuさんと、OG先生と、常連のDr.Fさんと、新顔のYTさん、そして私の五人。
初めの内は、YTさんより先日の大会での感想を聞いていたけど今一つ盛り上がりに欠けたものの、途中からDr.Fさんが登場して一気に盛り上がった!

「私は医学者だから殺生が罪悪だなんていう話など聞きたくないし、絶対にするもんか!」と、御法に対して分厚い拒絶のバリケードを張ったDr.Fさんに、Yuさんと、OG先生が攻撃を開始する。
するとDr.Fさん、「細胞レベルの殺生は? ウイルスを殺すのも罪か?!」などの屁理屈論法を方向も定めずに乱射してきて、今にも席を立って帰ってしまいそうな勢いで反撃をされていた。
「Dr.Fさんの話しには、仏法の‘ぶ’の字もないじゃん! 見事に迷ってる! お目当てそのもの!」と私なんかに言われる始末…
Yuさんからの顔面パンチも、OG先生からの頭なでなでも、まったくそっちのけで、オーダーしたステーキが目の前に運ばれてきたらば、「ウシさん食べま~す♪」と言いながら嬉しそうにほお張っているDr.Fさんのその姿に、仏法音痴な私の姿を観せていただいた。

常に中心に自分(我)があって、それが迷いなんだと観せていただき、罪を罪とも思えない私だから、それが大問題なんだ、一大事なんだと教えていただいた。
私の自性、その一つ一つが如来さまを泣かせている。 だけどそこにこそ本願力がかかっているんだって!  そう聞かされても私は御法にそっぽを向くばかりで・・・、 だから南無阿弥陀仏さまになってくださったんだって! これだけが真実。 
そして、お目当ての当人である私に、如来さまは何も要求されてはいないということ。

帰り道、最後にOG先生とお別れしてから、私は一人雑踏の中をさ迷い続けた。
迷路のような名駅の地下街…。 下を向いたまま歩こうと思ったら一歩も前には進めない…。 だから、まず顔を上げて行き先を定める。
そして指し示された道標を信じて、その方向へと歩き出す。 だって、何も知らない、何もわかっていない私自身を信じたところで、何のあてにもならないもの…
私の行く道には障害物がいっぱいあって、何が どこから どう飛び出てくるのかわからないけれど、それでも私は歩くのを止めない。 だって、ここには道があるから…。 
私が顔を上げて前を見た時、指し示された指の先には道があった。
私が望む以前から既に道は出来ていて、今来た道を振り返ってみても、今歩いているこの足元の道も、何もかもが私の為に用意してくださった道なのだと、今、迷っているからこそフッと気付かされる瞬間がある。

でもね、何よりも嬉しいのは、この道の先、「ただいま~!」と言って帰る場所には、両手を広げて待っていてくださる方がいるということ。

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初めての夢… 今日の幸せ(#^^#) [心]

久しぶりの OFF DAY ! お天気もまずまずだし、今朝は夢見も良くって気分は上々(^-^)v かな?
ただ、チョットばかり睡眠不足… 
こないだの日曜日、高山から帰ってきてから三日連続して真夜中に嫌な夢で何度も目が覚めてしまい、睡眠不足がなかなか解消しないままに昨夜は明け方の近くまでナンやカンやとやっていて床に着いたのは4時近くになっていた。
でも、今朝はビックリ嬉しい夢で目が覚めて、チョット幸せ~♪

三夜続けて見た夢と言っても連続性のある夢ではなく、とても現実的なショートストーリーを夢の中で幾つも体験した感じ・・・
でも、共通してそこにあるのは、 辛い…、 苦しい…、 悲しい…、 寂しい…、 恐い… という負の感情・・・
リアルな夢の中で、孤独に泣きながら苦悩する自分に耐えられず、必死で夢の中から逃れて覚醒した時…、 ベッドの上にただ横たわっている自分に気付いて呆然とした・・・・・
「夢でよかった…」 とは思えなかった・・・・・
生きているとも、死んでいるとも実感しないままに、自我に捕らわれた感情だけがそこに横たわっているような気がした・・・・・
そして、窓から差し込む青白い月の明かりが、瞳の奥に夢の残像を描いた時、「これは夢なんかじゃない…」と思った。

私ね…、 私しか自分のことをわかってあげられない…、 私が誰よりも一番自分をわかってあげられるんだ って思っていた。
でもね…、私は何もわかってなんかいなかった…。 ‘自分の都合’というものを取り外したら、私は私のことなんて全然わかっていなかった…。
今、確かなことは、そんな私がここに居る ってことかなぁ…?

三夜続けて見た夢は、きっと包み隠しのない素の私なのだろうなぁ~
自分自身で造り上げた苦悩の世界にドップリと浸かりながら、外へ外へとその原因や答えを見つけようとしてモガキ苦しんでいる…、 そんな夢を幾多のパターンで見せ付けられてもなお、ボケタ~ンとしたアホ面をさらしながら、さも賢そうに知ったかぶって・・・  私はいったい何をしているんだろうねぇ・・・・・

でも、私が私のことを全然わかっていなくっても、誰よりも私のことをわかってくださっている方がいる。

その方は、誰よりも私を愛して下さって…、 こんな私を信じきって…、 そして包み込んでくださって…

孤独を孤独と認めた時、どうして私は孤独に怯えながらも孤独を好むのかがわかったような気がした…。
それは、幼い頃から毎晩、独り月を見上げながら孤独に泣いていた私…、その答えとピッタリと重なり合って、今、ここに解き明かされたような気がする…。

物心着く頃から、毎夜、毎晩、得体の知れないモノに追われる夢を見続け、恐怖に怯えていた私…。
でも、高校生になったある日、私は自分が何に追われているのかを知りたくなって、ありったけの勇気を振り絞り逃げることをやめ、フッと立ち止まったその日から、十数年間毎晩見続けて来た‘逃げる夢’にピリオドが打たれた。
それからは様々な夢を見るようになった。 でも、一つだけ叶わない夢があった…。 それは・・・・・

法友に、こんな冗談話しをしたことがある。
「私ね、前世で餓鬼界にいた時の記憶があるみたい!  だってね、夢の中でどんなご馳走が目の前に現われても、これを口に入れようとする寸前で夢から覚めちゃうの! 一度だって口に入れたことがないのよ!」 って。
私、こんなに食いしん坊なのに、夢の中でモノを口に出来た試しがない…、食べる夢が完結したことが未だかつて一度もないのだ。

それが今朝・・・・・・
私は夢の中でアメリカのスーパーマーケットに居て、そこの惣菜コーナーを散策していた時に美味しそうな焼き菓子を作っている店の前で立ち止り、試食用に店前に置かれたバスケット中より一つ摘まんでそれを口にした。
と同時に、今、私は夢の中にいて、初めて‘食べる’ということが叶ったのだと知り、ものすごくビックリして飛び起きた!  今朝の第一声が、「食べた…」 だった!
味?  味なんかわかんない!
ただ、食べることの出来た夢を見るのは初めてだったからかな? 何だかスッッッゴク嬉しくて!!!

他人にとってはど~でもいいことだよね! でも、私は嬉しかったんだ! とっても嬉しかったんだ!!
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成道会 [心]

ここ最近、めちゃめちゃ忙しい…(^_^;) 
書斎に落ち着いている暇がなく、外に飛び回っているからBLOGネタには事欠かないが、これを書いている暇のないほどに詰めたスケジュールをこなしながらも、まだまだ足りん… と、何につけても欲望の追加要求は止むことを知らず…。

今、書きたいこと、書き留めておかなければと思うこと、書くことで整えたいことなどなどが、たくさんありすぎて頭がパンクしそうな状態で、メールなどのやり取りをしていても文章が飛んでしまい・・・  まぁ~、今もそんな状態で、ハチャメチャな文面になりそうだが、とりあえず今、2時間弱でもデスクにつける時間ができたので、一つ 二つと吐き出しておこうと思う。

S先生のBLOGから、またYuさんのメールから、12月8日が「成道会」だということを知った。
正確に言えば、知っていたというか…、 スケジュール帳には書いてあったが、自分には無関係な日とばかりに、まったく関心を寄せていなかった・・・
でも、S先生、Yuさんの文面から、「誰のための成道か、誰のためのご苦労か」と問われた時に頭の下がる思いがして、とにかく「今の所(私)」を書いてみたくなった。

12月8日の「成道会」は、お釈迦さまが29歳でご出家なされて、難行・苦行の末に35歳で正覚を開かれ仏陀(覚者)となられた日である。
もし、お釈迦さまが仏陀となられなかったら…、 もし、お釈迦さまが御法を説いてくださらなったら…、 今、 この私の口から‘南無阿弥陀仏’が飛び出すはずもなく…、「誰のための成道か」と問われ、「私一人のためのご苦労でありました」との答えの前には、何の文句の付けようもない、ただコクンと頷くしかない。

昨日は、予定外の外出に、予定外の幸運に恵まれて、予想以上に素敵な一日を過ごすことが出来た。
私はすべてのことに予定を立てているなぁ~・・・  時間的にも・・・、感情的にも・・・。
その予定基準で、それよりも良かった・悪かったと言っては、運・不運、幸・不幸などとほざいている…。
そんな私が、今生レベルの話ではあるが飛びっきりの幸せを感じた時に、「‘因果の道理’なんてものはよくわからないけど、自分と言うモノを知れば知るほどに、私には、善果(幸せ)なんてモノに縁がなくても当然なんじゃないか…」って思っていたところ、今、こんなにも無邪気に幸せを感じている私がいて、それが とても とても 不思議に思えた。

ここ最近、‘業’という言葉が、私の胸にペンダントのようにくっ付いている。
自分の三業(身業・口業・意業)でしてきたことの総てに、自分で責任を取らねばならない世界があると聞かされ、その業の一つ一つを具体的に観ていくということが大切だと教えていただいた。
そして、私の造り続けている業のその一つ一つに如来さまのお心が寄り添っていてくださるのだと聞かせていただき、「あぁ~、すべてお見通しなんだな…、 逆に言えば、隠す必要などないんだな…」と感じるに至り…、
そこに立って考えた時に、私が自ら受けていかねばならない‘自因’による‘自果’の全てにも如来さまは居てくださって、私が、苦しい、辛いと泣き叫んでいる‘悪果’のその全て…、 いや、何もかも…、 私の存在の全てが、「ただ、聞いてくれよ」の一本の道になっているじゃないか! と、思わさせられる瞬間ある。

そんな中で、「あぁ、私は幸せだなぁ~」と感じた時に、「なんで?」という疑問がフツと湧いた。
苦労性なのか、不幸好きなのか、幸せボケと自分を騙すことが上手いからなのかはわからないけど、「この幸せは誰のおかげ?」と問うた時に、「どこどこまでもご苦労をおかけすることしか出来ない自分なのだなぁ・・・」という漠然とした答えが心をよぎった。

お釈迦さまのご苦労も、阿弥陀さまのご苦労も、この私の為のご苦労なのだと聞かされ、感じさせていただきながらもなお、当の本人は知らぬ存ぜずで自分の苦労ばかりを愚痴っている・・・
手を変え、品を変えて、「ただ、聞いてくれよ」と自らの苦労を苦労ともせずに願って働いてくださっている如来さま方のお心・お力を、先生やお同行のお言葉から聞かせていただいて、「成道会は、ぜんぜん他人事なんかじゃないじゃん!」 って、チョットだけ思いつつ・・・ も・・・・・

「遅刻だ~!!」と、今生事のスケジュールに追われている私なのである・・・
あ゛ぁ゛、ホントに遅刻だ!!! (>_<) まずい!!!!!

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スリランカ ― ダンブッラ から シーギリヤ へ [アジア]

ダンブッラの猿たちダンブッラ石窟寺院の見学を終えてGateから出てくると、岩の窪地に出来た溜め池で、猿たちが遊泳をしながら楽しんでいた。
日本では猿が温泉に入る光景を、実際に見たことのない人でも一度はポスターなどの写真で目にしているだろうから、「猿は水嫌い」だと思っている人は少ないだろう。
しかしスリランカの人たちは、「猿が池に飛び込むなんて! 猿が泳げるなんて!」などと口にしながら、人だかりを作って珍しそうにその光景を眺めていた。

ダンブッラ・ロック、正式には 「ランギリ(Ran Giri/「黄金の輝き」と言う意味)」という名の岩山だが、岩山と言っても所々に草地もあって木々も生え、随所にこのような天然の溜め池も出来ている。
前項のBLOGにも記したが、「ダンブッラ(Dambulla/「水の湧き出る岩」という意味)」という名の由来ともなった第2窟の天井より ポトリ ポトリと 落ちる水・・・ あれはどう見たって岩上の溜め池から岩の隙間を伝って滴り落ちて来た雨水だろう~(^.^ゞ 
もしかしなくても、その“聖水”と呼ばれる水の出元となっている溜め池にだって、猿たちは遠慮することなく遊泳を楽しんでいるだろうに・・・  これが万病治癒の薬だなんて・・・  これがお釈迦さまの法力だなんて・・・  説法も修行もないのにこれを仏教と言っているなんて・・・ と、 「なんて…、なんて…」を頭の中で繰り返しながらダンブッラ石窟寺院を後にした。

3388050再びダンブッラの町を抜けて車は更に北西に向かって進む。 (写真は、ダンブッラ New Town の風景。)
中央右手の青や赤い色をした乗物、日本ではトゥクトゥク(タイ語)という名で知られているオートリクシャ、こちらではスリーウィーラーといって庶民の足となっている、いわゆるスリランカのタクシーである。

町を出るとすぐに、椰子畑、マンゴー畑、カシューナッツ畑と続き、手入れされた林の中を快適ドライブ!
ダンブッラ から シーギリヤ までは車で1時間弱の距離、途中でLaunch time をとる予定だ。

さて、車内にて、この後に行くシーギリヤ・ロックの見学を終えてからのスケジュールの打ち合わせ。
何たってスリランカの滞在日数は正味たったの三日間。 どう効率よく周ったとしても、見たい所、行きたい場所を全部巡るのはとても不可能なので選択摂取しなければならない。
本当は、アヌラーダプラにはメチャ行きたい! が、しかし、これを選べば一日がかりになるので他に捨てなければならないものが多過ぎる…。  仕方がないので泣く泣くあきらめて効率よく近場を周遊することにしたが、今度は、仏跡地か、世界遺産か、Guideお奨めのサファリか…、というところでまた迷い、とりあえずはディディー推奨のスリランカ・サファリについて少し触れておこう。

紀元前3世紀、世界で最初に自然保護区が設けられたがここスリランカであり、現在も国土面積の約1割が国立公園や自然保護区に指定されている野性の王国でもあるスリランカ。
その数、哺乳類の種類だけでも90種におよび、鳥類は482種で、その内スリランカのみに存在する鳥類だけでも33種を数えるという。 スリランカの国土面積が北海道よりも小さいということを考えると、本当に自然豊かな国であることが伺える。
また、爬虫類の数も分別不可能とまで言われ、昆虫に至っては無数…という回答。 ちなみに、私の苦手な蝶々の種類だけで250種、そして大嫌いな蚊は、139種も生存しているという恐ろしき実態に、少しだけスリランカが嫌いになった・・・(^.^ゞ
余談だが、花の数も多くて3,350品種もあるそうで、中でも蘭の種類は170種あり、その内74種が固有種なのだそうだ。

3388051さて、スリランカで動物と言えば、一番初めに思い浮かぶのはゾウだろう…。
森林伐採により年々その数は減少傾向にあるものの、現在でも2,000頭近くの象がいるという。
荷物の運搬や移動手段として昔は重宝がられていた象も、今ではそのほとんどが自然保護区内で生活し、人々の生活にかかわることも少なくなったが、その昔スリランカに居たと言う白いセイロン象は、神の化身として神聖視され崇められていたそうだ。
旅行中に一番目にする回数の多かった動物は犬と猿で、人間社会にすっかり融け込み共存していた。
また、マングースや、鹿、それからオオトカゲなども時折目にすることが出来た。 その他には、ワニや、クマと出会える可能性も低くはないらしいが…(^.^;)、 それ以上に会いたくないのは、ジャッカルや、ヒョウだわね!!

さてさて、時刻はもうすぐ13時! そろそろお腹も空いてきたのでここらで Launch time !
今日は、シーギリヤの「スサンタレストラン」にて、Buffet Style の昼食をいただくことになった。

3388052ジャングルの中の OPEN Style の Restaurant で スリランカ料理をいただくなんてお洒落でしょ? な~んて、悠長なことは言っていられなくなった!
Restaurantに到着して席に着いたところで、いきなりのスコール(豪雨)に見舞われ…(^.^ゞ、  まぁ~、OPEN Style と言っても屋根はついているので 中央寄りのテーブルならば濡れる心配はないけれど…、 でも、食事中のBGMが、土砂降りの雨の音と、地響きのするカミナリの音って~のは、なかなか落ち着いて食べられるもんじゃないが、でもそれなりにこの状況を楽しみながらいただくことができた。 

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スリランカ ― ダンブッラ ( 石窟寺院 ② ) [アジア]

< 第 2 窟 >  Maha raja Lena (マハー・ラージャ・レーナ)

ダンブッラ第二窟.JPG

第2窟は、「偉大なる王の石窟」と呼ばれ、ダンブッラ石窟寺院の中では最大規模の石窟である。
その大きさは、幅 約52m ・ 奥行 約25m ・ 高さ 約7m で、内部にはストゥーパ(仏舎利塔) と 寝仏(ここのは涅槃仏ではない)の他に 16体の立像のお釈迦さま像と 40体の坐像のお釈迦さま像、その他に 2体の菩薩像と 2体の王の像と 2体のヒンドゥー教の神の像がある。

ここ第2窟の呼び名が示している「偉大なる王」と言うのは、この石窟を作ったヴァッタガーマニ・アブァヤ王(ワラガンバァフ王)のことで、前項のBLOGで記したとおり、ダンブッラの僧院を寺院に変えて建立させた王である。

紀元前104年、王位に就いたワラガンバァフ王は、即位してわずか5ヶ月でタミル軍の侵略によってアヌラダプーラの王都を追われることになった。
迫り来る追っ手から逃げ惑うジャングルの中で、一緒に逃走していた王妃ソマデビは、敵の目を欺くためにワラガンバァフ王より王冠とマントを剥ぎ取って一人ジャングルの奥へと逃げ込んだ末にタミル軍に捕まってしまったが、王妃ソマデビの機転の甲斐あって、ワラガンバァフ王は敵より逃げ延びることが出来た。
この時に身を隠していたのがダッブッラの石窟に作られた僧院である。
一方、アヌラダプーラの都を占領したタミル軍であったが、内部で権力闘争の殺戮を繰り返しており、紀元前88年、勢力を盛り返したワラガンバフ王の軍勢によってタミル軍は都を追われ、王はアヌラダプーラの都と政権を奪回すると共に、15年前に連れ去られた王妃ソマデビを奪還することに成功した。
その後、ワラガンバァフ王朝は繁栄し、王は王都と王妃の奪還を祝ってダンブッラ石窟に寺院を建立したのだと伝えられている。

第2窟に入って入口の左横に立っている像がワラガンバァフ王の像であり、その奥にあるもう一人王の像は、ニッサンカ・マッラ王(12世紀)で、この石窟の壁画修復を行った王なのだそうだ。
その壁画の総面積は2,100㎡にもおよび、お釈迦さまの一生やスリランカの歴史などが窟内一面に描かれており、ここに描かれたお釈迦さまの数だけでも1,000を越えという。

そして窟内には、「ダンブッラ」と言う名の由来ともなった「水の湧き出る岩」があり、天井から滴り落ちてくるその湧き水は ‘奇跡の水’と言われ、この聖水には病を治す力があって、また一口飲めば一週間は何も食べなくても大丈夫! ・・・・・ ってことらしいが…、 スリランカまで来て、こんな “仏教” を聞かされるとは思わなかった・・・・・

< 第 3 窟 >  Maha Alut Lena (マハー・アルト・レーナ)

ダンブッラ第三窟.JPG

他の石窟の入口とは違って、彫刻などの装飾が施された出入り口の第3窟は、「偉大なる新しい石窟」とも「新僧窟」とも呼ばれていて、15体の立像のお釈迦さま像と、42体が坐像のお釈迦さま像の他に、寝仏と王の像がある。
ちなみに、「涅槃仏」ではない「寝仏」のことをスリランカでは通称「Sleeping Buddha」と言っているそうで、ここ第3窟のSleeping Buddha の 全長は9m。
そして王の像の方は、この第3窟を作った、スリランカ最後の王朝・キャンディ王朝(18世紀)後期の王 キルティ・シュリー・ラジャシンハで、彼は衰退していた仏教振興に尽力した王としても知られている。

< 第 4 窟 >  Pachima Lena (パッツィーマ・レーナ)

3386736第 4 窟は、5つの石窟寺院の中では一番古いものと言われ、「西の石窟」と呼ばれている。
石窟自体は古いが、安置されてある仏像は比較的新しく、そのほとんどがキャンディ王朝末期に作られたキャンディ様式といわれる仏像だ。

この第四窟には不幸な話しが二つあって、その一つは、窟内にあるストゥーパ(仏舎利塔)に、ワラガンバァフ王の王妃ソマデビの財宝を隠しいれておいたところ、キャンディ王朝最後の王、スリ・ヴィクラマ・ラジャシンハの時代に盗難にあい全て盗まれてしまったと言うお話し。
そしてもう一つは、窟内の右手奥にある一体だけ色の違う仏像…、 これは以前、インドの酒造メーカーがここで密かにCM撮りをした際、女性モデルがその仏像の膝の上に腰掛けた為に仏力を汚されたとして、これを清める為に塗りなおしをしたそうである。   確かに不謹慎だと思うけど・・・・・・・

< 第 5 窟 >  Devana Alut Lena (デヴァナ・アルト・レーナ)

3386737第 5 窟 については、実のところ何もわかっていない…。
以前は倉庫として使用されていた石窟を1915に補修して寺院にしたということで、現在はキャンディ様式のお釈迦さま像11体が安置されている。

一通りの見学を終えて一言・・・・・
「いったい、何の為?」と言う疑問が大いに残った。
像も、絵も、とにかくお釈迦さまだらけで、それが悪いと言う訳じゃないけど、いったい何のために描かれ、何のために作られたんだろう・・・ 仏教としては意味はどこにあるんだろうと考えてしまう・・・
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スリランカ ― ダンブッラ ( 石窟寺院 ① ) [アジア]

ダンブッラ石窟寺院の入場門前で、まずは靴を脱いで裸足になる。
これは、神仏の聖域に土足で踏み込んではならないというスリランカでの最低限のマナーだ。
ついでに言えば帽子を脱ぐのもマナーだし、特記すべきは、仏跡地で写真撮影をする場合、仏像やその建物を写真に撮るのは問題ないが、人物の背景としてそれらをカメラに収めてはならないという決まりがある。 つまり、仏像などの前に立った人物を写してはいけないということなので要注意を!

ダンブッラ石窟寺院(Golden Temple of Dambulla)は、ユネスコの世界遺産にも登録(1991年)されている寺院で、スリランカ初期仏教時代(紀元前1世紀)に、ダンブッラ・ロックの山頂付近にあった天然の洞窟に築かれた石窟寺院である。

ダンブッラ石窟寺院

その歴史は紀元前3世紀にまで遡る。 既にこの頃から大規模な僧院として存在・機能していたが、紀元前1世紀、シンハラ朝第19代国王 ヴァッタガーマニ・アブァヤ王が、タミル人の侵略によってアヌラーダプラから追放され、この時にダンブッラで保護され、その15年後にタミル軍を巻き返して再びアヌラーダプラに帰還できたことに感謝の思いを込めてこの僧院を寺院へと転換したことに始まる。
その後、歴史と共に寺院の増築が繰り返され、現在では主要な5つを石窟寺院の他に、この近辺には80を超える石窟寺院が存在しているのだそうだ。

ダンブッラ石窟寺院の中核となる5つの石窟寺院は、ダンブッラ・ロックの150m地点に建設された寺院で、内部には壁画が描かれ、いくつもの像が安置されている。
その石像の数は、153体のお釈迦さまの像の他に、スリランカ王の像やヒンドゥー教の神の像などもあり、また、壁から天上一面に描かれたお釈迦さまを主とした壁画も壮大である。

さて、入口で先ほど購入した入場チケットのレシートを見せてGateをくぐる。
そして階段を降りると、その右手にある石版にはシハラ語でこの石窟寺院の歴史が刻まれており、その横から奥へと、第一窟、ヒンズー教窟、第二窟、第三窟、第四窟、第五窟 の順で、巨岩に沿って寺院が並んでいる。

第一窟、第二窟と、第四窟は、紀元前1世紀からアヌラーダプラ王朝時代のものといわれ、以後2,000年もの間、時の王によって管理・保護されてきた。
そして第三窟は、18世紀キャンディ王朝時代に、第五窟は1915年に造られたものだそうだ。

< 第 1 窟 >  Deva raja Lena (デーヴァ・ラージャ・レーナ)

ダンブッラ石窟寺院 第一窟

第1窟は、「神なる王の石窟」と呼ばれ、中には壁面の岩と同じ天然石で彫り出された、全長14mほどのお釈迦さまの涅槃像が、狭い空間 いっぱい いっぱいに安置されている。

ここで一つ、インドで学んだ豆知識!
横臥されたお釈迦さま像には二種類あって、その違いは、お釈迦さまの足先を見ると明白だ。
両足のつま先が少しずれているもののみが、御入滅なされたお釈迦さまを現わした「涅槃像」と言われるもので、両足にズレのないものは、涅槃に入られる前のお姿だとされている。
第1窟のお釈迦さまは、左足の方が右の足先よりも僅かに下がって横臥されているので涅槃像。

そしてこのお釈迦さま、今ではほとんどハゲてしまっているのでわかりにくいが、本来は全身に金箔が施されており、これに対して足の裏は金ではなく赤く塗られているのがわかる。
仏さまの足の裏と手の平が赤く塗られているというのがスリランカの仏像の特徴で、その由来には諸説あるのだが…、
お釈迦さまが涅槃に入られたと聞いたシンハラ王朝(紀元前5世紀)のウィジャヤ王がインドに赴いた後に帰国なされた際、王の足の裏に赤土が付着していたからとも、王の手の平が赤かったからとも伝えられているが…、なんだか気の抜けちゃうような理由でちょっとガッカリした…
ちなみに、足の裏に描かれている文様は、蓮の花なのだそうだ。

さて、ここ第1窟は、二番目に古い石窟だと言われており、大きな涅槃像の他にも五体の石像があり、その一つ、涅槃像の足元に立っする像は、お釈迦さまのお弟子のアーナンダ尊者の像と言われており、また涅槃像頭部の片隅にはヒンドゥー教のヴィシュヌ神の像がある。
なぜ仏教とヒンドゥー教がセットになってしまったのかというと、王は仏教徒であったものの、その妃の中には南インドから嫁入りをしたヒンドゥー教徒の奥方がたくさんおられた為で、王がお釈迦さまに手を合わせるその傍らで、妻たちはヴィシュヌ神に手を合わせていたのだそうだ。

石窟内の壁面には赤を基調にした絵の具でBuddhaの壁画が全面に描かれているが、何度も修復作業が重ねられ、しかも別の絵で上塗りをされた形跡もあって、2,100年前にどんな絵が描かれていたかのか、今となってはわからないのだそうだ…。

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