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スリランカ ― ダンブッラ石窟寺院 へ [アジア]

今朝、ネゴンボのHOTELを出発してから車で3時間半、ようやくダンブッラの町に着いた。
ダンブッラ Golden Buddha
賑わうNew Town から 閑散とした Old Town に向けてキャンディ・ロードを行くと、突如として右手にド派手な金ピカのブッダ像が出現する。 これが今から訪問するブンブッラ石窟寺院の Ticket office なのだそうだ。 その名も、Golden Buddha (金色のお釈迦様)! 
しかし・・・、 仏像はともかくとして、どうしてこんな奇妙な建物にしちゃったんだろうねぇ~? 
スリランカ人的思考回路にアッパレ[exclamation]

石窟寺院まではこの裏手から階段を登って行く事が出来るそうだが、これがけっこうキツイらしく、Guideさんの薦めで途中まで車で行くことになったが、後々地図を見てみたら、そうは自慢するほど距離に違いはなかった。

車を降りて森の中にのびる階段を上がっていくと、聞いたこともない動物の声がする。
「アレは何の声?」と尋ねると、「あぁ、リスの声だよ! ほら、そこにいるでしょ!」とディディーさん。
足を止めて茂みの中を見上げると一匹のシマリスが…。 それもすごい甲高い大声で鳴いている…。
「リスってこんな声で鳴くんだぁ~」 と 嬉しい新発見!
他にも、見たことのない奇妙な形態をしたトカゲや、あちらこちらに点在する大きな蟻塚にと、見るもの 聞くもの 興味津々で、歩みの遅いこと、遅いこと(^.^ゞ 一人だけ置いてきぼり…

3382152森の中を抜けると、岩肌に作られた石窟寺院へと続く階段の両脇に植わったプルメリアの並木道に、白い可憐な花がたくさん落ちていた。
スリランカではプルメリアの花をテンプル・フラワーと呼び、仏花として尊重しているのだそうだ。
「へ~ぇ」と、犬のようにクンクンしながら木々を見上げ花の香を嗅ぎながら歩いていると、プルメリア並木の木陰に腰を下して読書をしている老人に声をかけられた。
どうやら、手相占いをしてくれると言っているらしい。


3382153スリランカでは占いが生活の中に入り込んでいて、生まれた時から死ぬ時まで占いによって物事を判断し、国家行事の決定までもが占いに頼っているという一面をもっている。
スリランカでは出生の時に占星術師のところへ赴き‘占星術出生表(ハンダナハ)’なるものを作成してもうそうで、これを元に生涯の運勢や自己の性格までもが決まると信じられている。
しかし、あまりにも都合の悪い占い結果が出た場合は、星の動きは予想外に変化することもあるからと言って再度占いをし直すこともあるようで…(^.^ゞ、いい加減なもんだなぁ~と思うのだが・・・
しかし、笑ってはいけない。 何たって昔はここ日本だって同じように占いによって人生の吉凶や政治までもが左右されていたのだから…
でもねぇ~  少なくとも、「仏教国スリランカ」 と 命題を掲げているのだから、少しくらいは仏教の根幹である‘因果の道理’を説く人がいてもいいのでは? と思ってしまうのだが… いらぬお世話だわね!

ちなみに、このおじさんに手相を占ってもらう料金は、お一人様500円だって!
時間があったら聞いてみたかったな~ぁ、 「私はいつ死ぬの?」って!

車を降りてから10分ほど階段を登ったところにダンブッラ石窟寺院の入口はある。
この寺院があるのは、ジャングルの中にポコンッと聳え立った高さ180mほどのダンブッラ・ロックと呼ばれる岩山の上で、寺院の入口がある山頂付近からは周囲の森林が一望でき、この後行く予定になっているシーギリヤ・ロックも遥か彼方(20km)に望むことが出来た。
観光客というか、参拝客の数はそんなに多くない。 人の数よりも、犬や猿の数の方のがはるかに多い。
しかし、人も 犬も 猿も、み~んな の~んびりと気楽に今生を満喫しているよう見える。 これを羨ましいとは思わないけど、「あなたにとって ‘生きる’ってど~ゆ~こと?」 な~んて 聞いてみたくなった。
ダンブッラ 石窟寺院 山頂

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‘南無阿弥陀仏’は 信じとるで~! [法座・座談]

3380496今日は、去年に引き続いてお友達のお寺へ秋の押しかけ遠足(^^)v
いつものメンバーで集結する予定だったけど、今日はOGさんが体調不良のために欠席で、すごく残念…
彼の体調が回復したら仕切りなおして今度は雪景色中、押しかけ遠足ってのもいいねp(^o^)q
今年は紅葉真っ盛りの Best Day にG願さんのお寺に伺うことができた。
ここは、お庭も お寺も いつ来てもホントにきれいに手入れされていて、とっても落ち着くのだ!
そして今日は年に一度の寺宝のご開帳日で、本堂には山崎辨榮(弁栄)上人の直筆の書や画がいくつも展示されてあった。

3380497弁栄上人(1859―1920/千葉県出身)は、明治・大正
時代の浄土宗の僧侶で、21歳の時に仏門に入られて、
24歳の時に筑波山に籠って念仏三昧の行をされた時に
阿弥陀さまの御光に遇われたのだとか。
35歳の頃にインド・スリランカへ巡礼の旅に出られ、その
帰国後より、大正9年,62歳でお亡くなりになるまで日本
全国を伝道布教され、人々に阿弥陀さまの知恵と慈悲の
光明の中でお念仏を称えて生きていくことを教えられた。

弁栄上人は、横にならずに念仏をしながらそのままお休みになられるなど、ご自身にはとても厳しい行者生活をなされていた反面で、他のすべての生き物の命を尊ぶ、とても魅力的なお人柄のお方であったそうな。
このお寺の頭主もそんな弁栄さまに惹かれて寺を建て、そして弁栄上人に御開山になっていただいたそうだ。

弁栄さまは三河に来られる度にこのお寺に立ち寄られ、そしてその時に書き残された書や画をこうして年に一度広げられるご開帳日が今日というわけ!
境内の紅葉の美しさもさることながら、本堂に掲げられた弁栄さま自筆の書や画も素晴しかった!

お昼少し前にYuさんと待ち合わせてG願さんのお寺に向かうと、既にお勤め(?)を終えられたHMさんがくつろいでおられ、G願さんの用意して下さった美味しい和菓子とお抹茶で早速リラックス!(^^)v
この後はいつものお好み焼き屋さんでKTさんとも合流して Launch time ! 早々に仏法談話で盛り上がる。
みなさんのお話しを聞かせていただきながら、いろいろなことが観えてくる、聞えてくる。
ここには私の席が用意されているっていつも感じられるから、変に気負わなくてもいい分、どっぷりと御法に身を委ねられる感じがする。
でも、時折飛んでくる厳しい言葉に思わず反発してみたくもなるけど、今日はHMさんの元気もまだまだ本調子ではないし、OGさんも欠席だし、いつもより静かな分、KTさんの一発が妙に浮いた感じがした。

一番心に残った言葉は、「お念仏は私のモノじゃないよ。 如来さまのモノに私が手をかけてはイカン!」と言われたYuさんの言葉。
随分前にG願さんとお話しをしている中で、「‘南無阿弥陀仏’の意味について考えてしまう…。 これが日本語だったらダイレクトに心に響くのに…」とおっしゃられたG願さん。
その時 彼から、「‘南無阿弥陀仏’の無量寿・無量光のお力を、‘有り難うございます’ ‘おかげ様です’ という言葉に置き換えてみる…」 というお話しを聞かせていただき、私はこのことを何の気なしにG先生にお話ししたことがあった。
そうしたらG先生、「わしらはな…」 と短くお答えになられた。
そして、「わたしらが称える‘南無阿弥陀仏’は、‘ありがとう’や‘おかげさん’かもしれんが、阿弥陀さんは、‘信じとるで~’ や!」 とお話しくださったことを思い出した。

‘南無阿弥陀仏’は‘南無阿弥陀仏’なのだ! 
阿弥陀さまのお心、阿弥陀さまのお力が、この私一人の為に ‘南無阿弥陀仏’になってくださったのだ!
「信じとるで~! 絶対に堕とさへんで~! 任しとき~!」 という如来さまの勝利宣言に、私らが意味を問うて何になる!?!  そう、改めて聞かせていただいた。

Launchの後はG願さんのお寺に戻って弁栄上人の書・画を鑑賞した後、ぬっくいお部屋で美味しいお茶とお菓子をいただきながら雑談…、というか、しばらくはKTさんの独演会(^.^ゞ
興味の薄い話題や、知らない名前とかいっぱい出てきて、ちょっと退屈気味な私… (^.^;)ゴメンサイ

夕方、KTさんが帰られてからは仏法の話しとなり、G願さんや私の質問に対してYuさんが、いつもに以上に丁寧にお話しをして下さった。 (この時のお話しについては、また別の機会に触れたいと思う)

そしてHMさんも帰られて三人ぼっちになっちゃったけどお話しは途切れることなく…、 でも、お腹が空いてきたので近くの中華料理のお店に出かけて Dinner time ! 
引き続き仏法談話に花を咲かせながら、お腹いっぱい食べちゃった!!

そしてYuさんをお見送りした後は二人でお寺に戻って反省会σ(^_^;)?
ぬっくいお部屋で 座布団の上にふん座ったまま お念仏の一つも称えぬままに 仏徳讃談で盛り上がり(#^^#)  今日は、ドップリと法水に漬けていただいた感じの一日となった。  南無阿弥陀仏

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不思議であって 不思議でない ② [法座・座談]

二次会の居酒屋を出て、一人帰宅の途に着くYuさんのお見送りにみんなで京都駅までそぞろ歩き。
ここで誰が言い出したのか? 「次はカラオケに行こ~♪」という話しになり、改札口でYuさんを見送った後は、駅近くのカラオケBOXにて三次会の幕開け!   それにしても、すごかったぁ…σ(^_^;)
それなりに頑張らなきゃ~、とてもお姉様方には着いて行けず…、 イヤイヤ、頑張っても 頑張っても とても とても 追いつかず…、 God Sister’s の パワーに、ただ ただ 圧倒されるばかりであった(^.^ゞ
一番の ヒット ソング は、「天才バカボンの主題歌」。 まだ、瞼と耳に残っている感じ…(^^)v
カラオケは2時間の予定を30分延長して最後の客となり、HOTELの門限ギリギリに帰る。

その帰り道…、 私は、みんなの優しさに、自分で自分を責めていた・・・・・

HOTELに着いて、シャワーから出てくると、既に四次会が始まっていた…(^^;)、
でも、みなさんもさすがにお疲れのご様子。 MRさんはいつもの感じでス~ッと眠りの世界に入られ、しばらくしゃべり続けていたNOさんはパタンッとMRさんの足元に倒れ掛かったと同時に寝息をたてられ、私とYSさんの二人きりになった。

YSさんとS先生の御法話を振り返りながら ポツリ ポツリと話し始めるうちに、いつの間にか私は自分のことを語っていた。 
Yuさんからも、YSさんからも、「もっと自分を出して!」って言われ続けていたけど、T.P.Oを図りながらアレコレと計らっていた時には全然出せないでいた言葉たちが、ポロリと何かの拍子に計らいの留め具がはずれた瞬間、自然に口から滑り出していた。
そして、そんな流れのゆりかごに、ただゆったりと乗っかっているような感じだった。
それでも私は私を離れきれないし…、 自分の思いにドップリと身を沈めたまま…

この夜、何をどんな風にお話ししたのか、ほとんど覚えていない・・・・・
「私は私を許せない!」 そんなことを何度も口走っていたように思う… そんな私にYSさんが言った、

「ごめんね、 なっちゃんごめんね、 私に力がないばっかりになっちゃんを助けてあげられなくて ごめんね、 ごめんね、 なっちゃんごめんね・・・・・」

それは・・・・・・ 阿弥陀さまの言葉にしか聞えなかった。 
この私が、阿弥陀様を謝らせているんだ…、 この私が阿弥陀様を泣かせてるんだ…、 ずっとずっと、ずっとずっと 待たせている張本人は、この私なんだ!って!!
私は、ただ わんわんと泣くことしか出来なくて… 
そして出たがっているお念仏を喉元で止めていたら、YSさんがおっしゃった、
「‘念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、 すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり’ だよ。
誰かに聞かすためのお念仏じゃないんだから、そんなところにこだわっていなくてもいいよ…」 って。

私の泣き声でMRさんを起こしてしまったみたい…
それからしばらくはMRさんが いっぱい いっぱい お話しして下さったのに、私、何も覚えていない…
私は何もわからない…  私はチッとも変わらない…  私は私を許せない…
「そんなこと、わかっているよ!  そんなことは、要求してないよ!」 そんな声がフッと心に届いた時、私、YSさんにしがみ付きながら小さな声で、「南無阿弥陀仏」と称えてた…

お布団に入ったのは朝の4時を過ぎていた。 
しばらくは、「またみんなに迷惑をかけちゃった…」 と 自分を責めて眠れなかったけど、いつの間にか深い眠りに落ちていた…

朝、誰ともなしに起き出したのは6時半を少し回った頃。 みんな睡眠不足…  「ごめんなさい…」
YSさんたちは昼前の飛行機で帰宅するため8時頃にHOTELを発たれた。
そして、部屋に残ったMRさんとYSさんがうたた寝をしている間、私は一人、騒がしい自身の心の流れをただボンヤリと見つめていた。
「不思議であって、不思議ではない…」 すごいよ… こんな私でも感じるんですもの…
いろんなものが出てくる…、 有り難いもの、有り難くないものも…、 何が正しくて、何が間違っているのか…、
そんなもの、分ける必要ないじゃん! これが全部私なんだから って思った・・・・・
ただ、仏さまを感じている…  ぼんやりと、ゆらりゆらりと、自分の思いの底の方で感じてる…

10時少し前にHOTELを出て、MRさんお薦めの小洒落たお店で、少し遅めのモーニングをいただく。
MRさんもNOさんも疲れているだろうに、京都に残った私の為に時間を費やしてくれるのが心苦しくもあり、有り難くもあり…。

この後は京都観光! 最初に向かったのは、浄土真宗興正寺派の本山。 実は初めの訪問。
この後、龍谷大学の大宮キャンパスを散策してから学食にて おやつ & おしゃべり タイム。
そして、西本願寺では平成の大修復を終えた御影堂をこちらも初参拝し、東本願寺に向かう頃には既に薄暗くなっていた。

夕食はMRさんお薦めのラーメン屋さんでラーメンと餃子をいただく。 メチャ美味しかった~ぁ!!

京都駅まで送っていただき、観光客でごった返した通路に立った時、私一人だけ別の生き物のように思えた。
名付けるなら、‘孤独の我執虫’  見るもおぞましい 害虫でしかない・・・・・
自ら冷たい暗闇の世界に潜り込みながら、暖かい光の世界を求めてる… やってることが滅茶苦茶…
やっぱり不思議だよ…  こんな私に心をかけてくださる方々がいるなんて…
「ありがとう」 「ごめんなさい」 の気持ちが、雨の音にかき消され夜の京都の街に消えてゆく。
そして、何気なく称えた 小さな 小さな お念仏を聞いた時、「不思議じゃないでしょ」 って言われたような気がした。

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不思議であって 不思議でない ① [法座・座談]

予想以上にBlogの更新が滞ってしまったが…(^^ゞ  私、今のところ元気に生きております(*^^*)
でも…、不思議だなぁ~・・・・・  私は健康優良児(大人だぁ)だし、結構、存在感もある方だって言われているのに、見る人によっては、私って今にも消えてしまいそうなんだって…
そう言えば、ちょうど一年前にも別の人から同じようなことを言われたっけ…
「君を見ているといつ死んでも不思議じゃないって思う。 だから放っておけないんだ、言いたくなるだ」 って…
この言葉を、去年はすごく浅いところで受け止めながら、「心配していただけるのって、嬉しいものね♪」 な~んて思っていたけど、今はちょっと違う…
この言葉は、私が “死”の淵で迷走しているのを、とても とても心配してくださっている方からのメッセージなんだって…、 お友達の口を通して私に伝えられたその方のお心なんだって感じたら、嬉しいというよりも 心苦しい気持ちでいっぱいになった。

先週末の土曜日から二泊三日プラス一日で、年間行事の中で一番大きな御法座に参加させていただき、それでBLOGの更新が滞ってしまったわけだが(^^ゞ言い訳)…、 そんな訳で 『スリランカの旅行記』は チョットばかり中断して、今回の御法座のことについて少し記しておこうと思う。

今回の御法座ではお世話係として参加させていただくことが出来た。 担当は書籍係りと聖典貸し出しの係りで、KHパパとご一緒させていただき SPECIAL LUCKY ~ (^^)v
最終的に集計も合致して、楽しく、気持ちよくお手伝いをさせていただけた!
でも、肝心の御法の方はと言えば・・・  知らされたのは、言い訳をしながら…、人のせいにしながら…、ひたすら逃げ回る自分の姿ばかり・・・・・
「何も聞けない」と言う前に、「何も聞きたくなく」… まったく聞く気のない私・・・・・
じゃ~、何で私はここに来たの? どうしてイヤイヤながらもこんな所に座っているの?
不思議…。 不思議としか言いようがなくて…。  でも、MK先生に、「なっちゃんがこの座に居るのは、不思議であって、不思議ではないことなんだよ」と言われ、私なりに考えてみた…。
出てきた答えは、「偶然なんかじゃない…。 私にこれを聞かそうとする不思議な力が働いている…。 すべてがその力によってお膳立てされ、そして今、私はここにいる…」

二泊三日の御法座で講師の先生による御法話は四座あった。
これについては また改めて 一つずつを振り返ってみようと思う。

さて、すべてのスケジュールが滞りなく終了し会場の清掃を済ませた後は、お世話係りの反省会。 
これを一次会とするならば・・・σ(^_^;)? この後は会館を出て夜の街へ二次会へと繰り出す!!
ところが、内心では 「行きたくない…、一人になりたい…」と半ベソをかいている…。
もしも一人っきりで反省会なんかしたならば、深井戸にひたすら穴を掘り続けることしか出来ないくせして、それでも一人っきりで暗闇に腰を据えたいと願っている私がそこに居た…。
だけれども二次会に行こうと思ったのは、幾つもの理由があったから・・・・・

会場の居酒屋まではMRさんの車で移動。 
この時、車内でMRさんと二人っきりになった時、自分に身に付けていた鎧が一枚、音をたてながら崩れ落ちて行くような気がした。
気がつくと、私、いつの間にか泣いていた…  頭で考えるよりも前に、口から言葉が出ていた…
どのくらいお話ししていたのかな? どれくらい泣いていたのかな? 車から降りると、京都タワーのライトアップが目にまぶしくて…、でも その横のお月様は、とってもやさしい光を私に向けてくれていた。

夜の繁華街をMRさんと二人でみんなが待つお店へと向かうと…、 なんと定休日! ありゃりゃ~?!
そこで携帯を取り出して これまたビックリ! Yuさんから立て続けの着信履歴! でも電話をかけても通じない…  それでMRさんが付近のお店を探し歩いて、めでたくみんなと合流することが出来た!
だけど…、 せっかくの宴座なのに、なんだか 食事も お話しも まともに出来ない自分が、とてももどかしかった…
そう言えば、一年前・・・・・

去年も同じ御法座の後に、何故だか理由はわからないけど、Yuさんが誘ってくださった宴席で、初めて YSさんと、NOさんを紹介していただいて、もんのすごい緊張しながらガチガチの状態で同席させていただいたことを思い出した。
あの時は、皆さんの会話が日本語に聞えなくて…、 自分だけ違う次元に取り残されているようで…、 何をしゃべっていいのかわからず…、 私なんかが居てもいいのだろうか? ってことばかり気になりながらも、なんだかスゴイことに巻き込まれているじゃないか…?! ってことを感じていた。
そうそう、この翌日に送ったYuさんへの初メールが、この宴座に誘っていただいたお礼のメールだったっけ!

あれから一年…、 私がこうしてこの場に居られることは、不思議であって不思議ではない…、 「これ一つ聞いて欲しい」と願う如来さまのお手回しなんだって思ったら、“今” を 無駄には出来んな! って思い 腹筋に力が入ってしまい、逆に 食事も 話も 出来んようになってしまった・・・・・

9時を回って そろそろ最終の新幹線の時間が気になり 二次会はお開きに!
この時 YSさんに、「なっちゃん、今夜、私たちのHOTELに泊まっていかない?」って誘っていただき、私は大慌てで頭をフル回転させて悩んだ。
自己嫌悪に縛られて一人背を向けて沈んじゃいたい私と、 用意されたこの道を進んでみたいと思う私と、その他諸々の思いを量りにかけた結果、私の思いよりも如来さまの願いの方のが断然重くて、「私、今夜、京都に残ります!」 って宣言していた。

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スリランカ の お葬式 [アジア]

3355681クルネーガラの町を出る手前で踏み切りの遮断機が下
りた。 LUCKY[手(チョキ)] 列車が見られる!
スリランカでは、コロンボ・フォート駅を起点に、国内の
主要都市に向けて放射線状にレールが敷かれている。 
鉄道は19世紀半ば、イギリスの植民地時代に島内に
おける紅茶などの農産物の輸送手段として敷設が創
始され、現在ではコロンボ近郊からの通勤の足として、
また旅客鉄道として特急列車も走っているので観光の足として利用することも可能だ。
私たちの目の前を通過した列車のその車両の古さには驚いたが、これが普通なのだとか…
スリランカでは、バス、タクシー、列車に至るまで、「ドアは無い」というのが普通のようだ!

スリランカのお葬式クルネーガラから車で30分ほど走ったハンオムアの町にさしかかったところで、道路上に掲げられた不思議な飾りを発見[exclamation&question]
 道を隔てて右から左の電柱に、そして左から右の電柱にと、300mほどの距離を交互にロープを往復させて、そのロープには白い短冊のようなものが引っ掛かったようにくくり付けられてある奇妙な装飾。
「これは何の飾り?」と聞くと、「あぁ、お葬式があるんですよ!」と教えてくれた。
興味津々!! ここぞとばかりにスリランカのお葬式についてアレコレ質問!

この飾りは、「この家の人が亡くなりましたよ~」という印と言うか案内として、亡くなった人のお家から墓地の方角へと飾りつける。 飾りは、写真のような紐状の短冊のものもあれば、もう少し大きめのハンカチ状の短冊のものもあり、色は、白・黒・黄色などがある。
これには意味があって、例えば仏教徒のお葬式は白い紐状の短冊、僧侶の葬儀ならば黄色の短冊、キリスト教徒は黒の短冊で、ヒンドゥー教徒は白のハンカチ状・・・ などを表わしているそうだ。

スリランカでは人が亡くなると家族全員が揃うまでお葬式をしない。 海外に暮らす家族を待つこともあるので、3日~5日、時には1週間でも家族が帰省するのを待つ。
その間、死者の家では、ず~~~っと葬儀状態となるので、まず人が死ぬと専門業者に遺体の腐敗防止処理を施してもらってから死者は自宅へと運ばれることになる。
お葬式のことを「マラゲダラ」と言うのだが、「マラ」は‘死’を、「ゲダラ」は‘家’を意味し、スリランカでは自宅にて葬儀をするのが常識となっている。 葬祭センターなどはもちろんない。
それに、スリランカの寺院は、「生きている人」の為にあるのであって、日本の末寺のように、「死んだ人」の葬儀場として寺院を利用するということはありえない。

さて、スリランカの葬儀では死者の家の者(遺族)は、ほとんど何もしなくてもよいのだそうだ。
いわゆる日本で言う隣組とか町内会の人たちがすべてを段取り、また、本人や家族の勤め先からも応援が来るので、遺族は、ただ ただ 個人の冥福を祈るのみ。 
道に掲げられた葬儀の飾りも、棺おけの手配も、葬儀費用の集金までそれらの人たちがやってくれる。

葬儀の期間中(通常4日前後)、親戚縁者はもちろんのこと、面識のある人・ない人を問わず、たっくさんの人々が弔問に訪れる。 この為、「この家の人が亡くなりましたよ!」という旗印が重要となるわけ!
何故そんなにもたくさんの人たちが集るのかというと、葬儀に来てくれた人たちには、もれなく食事(もちろんカレーだ!)が振舞われるからだ。
そして何故そんなにもやたらめったら振舞うのかというと、葬儀で人々にご馳走を施すことは死者の功徳になると考えられているからだ。 つまり、死んだ人が良い所に生まれ変われるように、この世で最後の善行を積んであげましょう、という理由なのだそうだ。
ちなみにスリランカの仏教は、ヒンドゥー教と同様、死者は再びこの世に生まれ変わると信じられており、キリスト教では、死=消滅を意味する。

炊き出しは町内会の女性たちが協力して作って弔問客をもてなし、男性たちは死者やその家族のガードマンとして四六時中付き添いながらゲームなどをして楽しくのんびりとした時間を過ごすそうだ。

さ~ぁ、家族も全員揃っていよいよお葬式が執り行われる。
お葬式には死者の自宅に僧侶を招いてお経をあげてもらい、その後ご法話をいただく。
何のお経をあげているのかは不明だが、「来世では、もっと幸せな人生が送れますように!」という願いの込められたお経なのだとか…σ(^_^;)?
読経の後、僧侶に供物を捧げる。 儀式的なことは極短時間で終了。
そして僧侶の説法が始まるが、その内容は日本とあまり変わらないような・・・(^.^ゞ
「故人は生前、こんな善いことをしました、あんな功徳を積みました。 なので来世ではきっと幸せな人生が待っていることでしょう! ですからご遺族は笑顔でこの旅立ちを見送ってあげましょ~ね~!」
というのが大半のあらすじ。

スリランカ仏教の僧侶は死者のことはあまり問題にしない。 あくまで残された遺族に対して法を説く。
ま~ぁ、法と言えるかどうかはさておき…、まずは遺族の悲しみを緩和することに焦点をおき、結論として、 「私たちは必ず死にます。 そして生まれ変わります。 来世で幸福な人生が送れるように、現世での日々の生き方を改め、善い行いをして功徳を積みましょう~」 と、説く。
「警察に捕まるようなことをすると、地獄に堕ちますよ~」 と…。

さてさて、長くなりましたがいよいよクライマックスです。
お葬式の後はみんなで棺おけを担いで火葬場orお墓に運ぶ。 
仏教では火葬が通例だが、金銭的な問題や土地柄などで土葬のところも少なくはないそうだ。
そしてお墓から帰ってきたら、またみんなでお食事をいただく。 これも故人の功徳となる。
お葬式から一週間後、再び僧侶を自宅に招いて食事を振る舞い、布や生活品などの供物を捧げる。
その後は三ヵ月後と一年後にも同じように僧侶を招いて接待する。 これも故人の功徳となるそうだ。

と言うわけで、スリランカの葬儀には、接待費などでかなりのお金が必要となる。で、葬式費用の工面ができない人はどうするかというと、どなた様も毎月 毎月 町内会にて月がけの葬儀費互助会のかたちで積立金をしているのでそちらから捻出される。
それでも不足する場合は、葬儀の時に町内会の人たちがお金持ちの家に行って、「あなたの功徳にもなりますから、葬儀費用を出してちょ~だい!」と請求&徴収してきてくれる。

スリランカって横のつながりがけっこう温かいのね!  いいな~、スリランカ!!

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スリランカ ― クルネーガラ (宗教と暦) [アジア]

ネゴンボから、幹線道路ではない小さな町から町へと結ぶ道を車は走る。
時折、インドを思い出させるような小さな町の風景に懐かしさを感じ、また、のどかな田園風景は、椰子の木さえなければ日本とさほど変わりなくも見えるが、野生動物や野鳥の数は桁違いに多い。
途中、ナーラン村を通った時には、道路を横切るマングースやヘビ、道端でくつろぐサルやイグアナ、田に集うサギやコウノトリなどを車窓よりWatching!

9:20 ネゴンボから北東に約80km、車で2時間弱の距離に位置するクルネーガラという町に到着。
クルネーガラはスリランカ北西部州の州都で、国内では6番目に大きな町。 かつてシンハラ王朝の首都でもあったそうだ。
クルネーガラ町には主要な幹線道路が交差し、古い建物と新しい建物が入り混じった中を多くの人々や車が行き交う。
クルネーガラに来てまず目を引くのは、町の建物越しに高く聳え立った岩山だ。
これはクルネーガラ・ロックと言い、この象の胴体にも似た岩山がある町ゆえに、クルネーガラの町はエレファント・ロック・シティとも言われているのだそうだ。
この岩山の頂上には巨大なブッダの座像が鎮座し、朝日を浴びて白く輝いていた。
「どうしてあんな所に仏像を?」と聞くと、「仏教の国ですから!」とクリスチャンのディディーさん。

[メモ] スリランカでは宗教の自由が認められている。
国の多数民族であるシンハラ人の多くは上座(小乗)仏教を信仰しているが、ディディーさんのようにキリスト教を信仰している人もいる。
宗教的な壁は低く、例えばディディーさんの父親は仏教徒で、母親はキリスト教徒。 インドのように、宗教が結婚の障害になるということは少ないようだ。
そしてスリランカでは宗教についての知識を、英語と同様に幼稚園の時から教育される。
毎週日曜日は「宗教の日」であり、子供たちはそれぞれに信仰する寺院や教会の日曜学校に通ってより深い知識を身につけるのだそうだ。
この時にディディーさんは母親の意向でキリスト教の学校に通っていたため現在もキリスト教徒という訳。

ここでスリランカの休日について触れておこう。
スリランカでは通常の土・日休みの他に祝祭日が実に多くて、特に特記すべきは満月の日で、毎月一度は訪れるその満月の日をフルムーン・ポヤ・デーと言い、この日は祝日となっている。
これは、お釈迦さまがお生まれになった日、そして仏の悟りを開かれた日、またご入滅された日がすべて満月だったという伝承にちなんでおり、フルムーン・ポヤ・デー(満月の日)は仕事を休み、お酒や肉・魚も断って、瞑想したり功徳を積む日とされているのだそうだ!

中でも一番重視されているのは5月のポヤ・デー(満月の日)で、この日はウェサック・ウッサワヤと言ってお釈迦さまの誕生・成道・涅槃をお祝いするために、寺院では仏教的儀式が執り行われ、町では提灯やオイルランプなどでカラフルに電飾をしてこの日を祝う。 
露店なども立ち並んでとても賑やかなお祭りになるのだとか!
二番目に重要とされているのは6月のポヤ・デーで、この日はポソン・ウッサワヤと言われ、スリランカへの仏教の伝来を記念する日なのだそうだ。
そして何と言っても有名なのが、7月(エサラ・ポヤ・デー)から8月(ニキニ・ポヤ・デー)にかけての10日間に渡って催されるキャンディ・エサラ・ペラヘラだろう。 (これについての詳細は、キャンディー・仏歯寺の項目で!)

面白いのが、宗教の休日が国民の休日となっている点だ。
フルムーン・ポヤ・デー(満月の日)は仏教の祝祭日でありながら、キリスト教徒や回教徒もこれに準じて休日となり、また逆に、キリスト教のクリスマスやイースター、ヒンドゥー教の神様の誕生日、イスラム教の各種祭日も国民の休日となっているので、仏教徒であっても仕事・学校ともにお休みとなる。 何とも羨ましい話しである!

暦のお話しついでにもう一つ、スリランカの新年について。
スリランカでは1月1日を New year day としているものの、特にお祝いはしない。
いわゆる‘お正月’と言われる行事は4月で、新年の日にちは、4月の13日~14日間に行う占星術で選ばれた時刻が‘新年’となる。
もともとは、シンハラ民族とタミル民族に共通する収穫感謝祭が起源となっているが、この日は宗教的儀式を行い、特別なお料理を食べ、新調した服を着てお正月のあいさつ回りに出かける。
ただし、お正月の時刻が占星術で決定するまでの数時間は、家事を含めて一切の仕事を断ち、飲食も断ち、その‘時’を待つ。
そして新年の時刻が始まったところで人々は爆竹を鳴らして喜び合い、台所に火を入れてミルク粥をいただくのだそうだ。

さてさて、話しをクルネーガラの町に戻そう!
クルネーガラではDriverのラビーさんの友達がやっている両替商で円からスリランカ・ルピーに両替をしてもらった。 5,000円 で 6,500LKR 。
ラビーさんが両替をしてくれている間、私は夫とディディーさんを車に残して一人クルネーガラの町をぶらぶらと歩き出した。 
人々の視線がこちらに集中してちょっと痛かったのでこちらから声をかけてみると、みんな気さくに応じてくれて、かと言ってそれ以上突っ込んでも来ないので心地よかった。
その心地良さについつい歩き過ぎてしまい、車に戻った時には、「あまり遠くへは行かないでくださいね」と、ディディーさんに心配をかけてしまったようだ。
でも、やっぱり知らない町のぶらり歩きはとっても楽しい~(*^-^*)

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スリランカ ― ネゴンボ (挨拶・教育事情) [アジア]

朝6時、スリランカでの朝を迎える。 カーテンを開けるとHOTELの庭越しにインド洋の海が見える。
昨夜は真っ暗だったので、こんな近くに海岸があったとは知らなかった。

HOTELのあるネゴンボは、スリランカ最大の漁港をもつ港町だ。 その歴史は古く、15世紀頃、この島を海のシルクロードの拠点として発展させてきたアラブの商人がシナモンの貿易基地として利用した後、ポルトガル・オランダの支配下におかれてからも重要な貿易港として利用されてきた。 そして現在でも町の中央を流れる130kmにも及ぶ運河には、小舟が生活物資を乗せて往来している。

3351674まずは Morning shower。 
OK! ちゃんとお湯が出る。
スリランカでのHOTEL選びは、これが KEY Point だ。
朝食は、スリランカ色の溢れたBuffet。 
Hotel Staffの応対が、気持ちの良い朝を演出してくれる。

7:30 HOTELを出発し、ラビーさんの運転でスリランカの内陸部、北東に向けて車を走らせる。
車内ではディディーさんが、スリランカについての基本的な情報を、自作のノートを用いて解説をしてくれ、私がその中から興味を惹いた箇所を自分のノートに記録していると、「こんなに真剣に聞いてくれたお客様は初めてです!」と嬉しそうな顔をした。

[メモ] まずは挨拶について!
胸の前で合掌して、「アーイュ ボー ワン」と言う。 これは日本語で言う 「こんにちは」にも、「さようなら」にも対応した 四六時中使える挨拶の言葉。
意味は、「アーイュ」は、長生き・長寿の意で、「ボー」は、ますます・もっとの意、そして「ワン」は、お祈り・祈願の意。 つまり 「あなたが長生き出来ますように祈っています」と言う意味になる。
「アーイュ ボー ワン」、この言葉さえ覚えていれば、後は片言英語でも十分にCommunicationがとれる。 何故ならば、スリランカの大半の人たちは英語が話せるからだ。
スリランカの言語は二国語あって、シンハラ人はシンハラ語を、そしてタミル人はタミル語を国語としており、この両者の連結語としてイギリスの植民地時代より英語が用いられてきた。
この為スリランカでは幼稚園から英語教育が開始されるので子供たちでも英語を話せる。

ここで特記すべきはスリランカの教育事情だ。
スリランカの公立学校は、小学校から大学まで、学費 及び 教科書代は全額無料なのだそうだ。 
義務教育は、小学校(1年~5年生)と中学校(6年~10年生)で、進学を希望すれば試験を受けて、高校(11年~12年生)や大学(4年間)にも行くことができる。
しかし、いくら学費が無料であっても、国民の80%が農業に従事しており、貧しい農村部などの子供たちは家業の働き手としてなかなか学校には行かせてもらえないという事情も抱えている。
また、大学に入学すれば学費・教材費のみならず、寮費や食費も公費でまかなってくれるのだが、スリランカ国内には大学がたったの15校しかなく、それは それは狭き門となっていて、進学率は2.5%とかなりの難関なのだそうだ。
この為スリランカでは大学進学をする為に塾へ通ったり、家庭教師を頼んだりして、結局は親の収入の格差が子供の進学にも影響しているという現実がある。
しかし、いくら大学に入って好成績で卒業出来たからと言っても希望の職種に就けるわけではない。
スリランカは未だ賄賂とコネが横行している国である。 これが無くては、大卒と言えども働き口を見つけることは難しいのだとか…。

Guideのディディーさんは独学でコロンボ大学経済学部を卒業した秀才さんだが、親が農業従事者(椰子畑)のため賄賂金も作れず、ましてやコネなどなく…、 就職浪人を二年続けた挙句に運命的な出会いを果たし、現在はGuideの職に就いている。
今から20年以上も前のお話し。
ディディーさんは銀行員になりたくて、大学卒業後も数々の銀行にアタックしたのだが、後ろ盾の何もないディディーさんを採用してくれる銀行はどこにもなく、途方にくれながらコロンボの街を歩いていたところ、偶然にも一人の日本人観光客と出会い、この時小さな親切をしたのだとか。
それが縁となってその日本人に、「もし君が日本に来たならば、日本語の勉強をする為の学費を自分が出資しよう」と提案され、これに懸けたディディーさんは、一生懸命アルバイトでお金を貯めて、また親戚中からお金を借り集めて、初めての飛行機に乗り日本へとやって来た!
そして約束通りにその日本人の足長おじさんに学費を援助してもらって、三ヶ月間だけだけど、名古屋で日本語の勉強をしながらアルバイト(居酒屋)でお金を貯めてスリランカへと帰って行った。
その後は独学で日本語を学び、Guideの資格を取得して現在に至る… というディディーさんの身の上話しを車内で語ってくれた。

パパイヤの花そんな話を聞きながら1時間ほど走った所で、夫が青空トイレの所用を申し立てたためにしばしの小休憩。
そして私は、殿方一同がパイナップル畑で用を足している間、一人ふらふらと道の反対側を行き、他人の庭先でお花の写真撮影。 [カメラ]
 これはパパイヤの花。 
パパイヤはスリランカではとてもPopularな食べ物で、こちらではガスラブと言って一年中収穫出来て、周囲のどの家の庭先にもパパイヤとバナナの木が当たり前にあって、当たり前になっている風景に、「へ~ぇ!」と感心などしていると…、 手や足や顔にまで、蚊の大群に襲われるので、森の中ではご用心あれ!![あせあせ(飛び散る汗)]

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‘愛情’ って ナニ? [随筆日記]

雲の切れ間から ほんのわずか 青空の覗いた週明けの午後、少しだけ色付き始めた古木の並木道を本殿に向かって ぶらり ぶらりと散歩道。
七五三参りの幼子たちが可愛らしくも艶やかに装って花を添えた熱田神宮の参道。 
そんな親子連れを眺めながら、私は自分の七五三参り時のことを想い出していた…
想い出したと言っても、その時の記憶を今でもハッキリと覚えているというわけではなく、断片的な情景と、瞬間的に湧き上がった強い感情だけが、ただボンヤリと頭をよぎったに過ぎない。
そんな薄っぺらな記憶の中で鮮明によみがえってきたのは、アルバムにあった、少しセピア色にあせた七五三参りの時に撮った写真たち…。
三歳の時の写真には、義兄弟と共に宮参りに出かけた神社で無邪気に微笑む私の姿、 五歳の時は、少し不安気な表情で玄関前に一人立つ私、 そして、澄し気な面持ちで妹と二人で迎えた七歳の時の七五三参り。
それぞれの写真が、不思議なほどにハッキリと脳裏に浮んだ。
この時、私の隣で我が子との七五三参りの思い出話しを懐かしそうに語る金山さんの話を聞きながら、私は父のことを思い出していた。
そういえば・・・  私の七五三参りの写真には、父の姿がどこにもない…  なぜだろう?・・・・・
あぁ、そうか! 父はカメラを構えていたから、父が撮ってくれた写真だから、父はどこにも写っていなくて当然なんだ…!  と…、 自分で出したその答えに、小さな安心と、大きな寂しさを感じた・・・・・

先日来より、‘叱られる愛情’というのが理解できずにいる…、 と言うよりも、‘愛情’って何? という疑問が心に引っ掛かったままになっている。

父は、異常なほどに私にだけ厳しかった。 他の妹弟とはあきらかに区別された父の私への対応…
私は、毎日 毎日 父からの‘しつけ’と称した暴力に怯えながら・・・・・・・・

そんな父が口にする、「おまえを誰よりも愛しているから叱るんだ! 一番に愛しているから叱るんだ!」という言葉を、どうして信じられようか…、 ど~やって信じろと言うのか!!
‘愛’って何?!  
「好きだ、愛してる」と言ったって、そんな感情などアッという間に風化しちゃうじゃない!
「愛してる」って…、「愛する」って…、相手を傷つけることが‘愛’なの? 愛していれば何をしても許されるというの? ‘愛’って何様よ!?!

‘愛’ ・ナ・ン・テ・ シ・ン・ジ・ラ・レ・ナ・イ・・・・・・
‘愛’ ・ナ・ン・テ・ ワ・カ・リ・タ・ク・ナ・イ・・・・・・

それでも、‘愛’にすがり付こうとしている私がここにいる・・・・・・

七五三参りの写真…  ファインダー越しに、父はいったいどんな気持ちで私を見ていたのだろうか…
そんなことを考えながら遠い記憶の参道をトポトポと歩いている私に、私自身が問いかける…

「私、ず~っと愛されてきたよね?  私は、いつだって愛されているよね?」 ・・・・・・

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スリランカ ― コロンボ [アジア]

スリランカ・コロンボInternational Airport は、想像していたよりもちゃんとした空港だった(^.^ゞ
何せスリランカのお隣、インドに初めて降り立った空港の印象が余りにも強烈だったので、そのイメージをもってスリランカに来ているから、「おや? 普通の空港だ…」ということに逆に驚いた。
Immigrationは、外国人専用Laneはなく、ゴチャ雑ぜの混み混みで列をなす。
しかし、横入りが横行している為、まともに並んでいるとなかなか前へと進めないが、ここは我慢のひと時であった!
結局、入国Gateを出るまでに1時間近くを要し、Local time 23:30にやっと脱出!

Gateを出てまず驚いたのは、「ここはアメ横の裏道か?」というようなその光景…σ(^_^;)?
空港らしくない地下街のような薄暗い通路のその両サイドには、個人経営の小さな家電Shopがズラリと軒を連ねている。 新品なのか、中古品なのか、とにかく洗濯機や冷蔵庫からデジカメなどの小物に至るまで、小さな店内に所狭しと電化製品が並べられた同じようなShopが数十軒建ち並び、店員たちが呼び込みをしているその光景は、とても空港の中であるとは思えなかった…。
これを通り過ぎると、今度は現地旅行社や両替商などの呼び込みに通路は大賑わい!
「おぉ~! これがスリランカか~!」 と Fast Impression !

空港の出入り口付近では出迎えの家族や旅行社などの人々で深夜とは思えないほど賑わっている。
日本人が来るのは珍しいのだろう、こちらが探すまでもなく Tourist のGuide が声をかけてきてくれた。
彼と連れ立って空港前の乗降所に向かい送迎車を待つこと5分。 ロータリーには日本車が溢れておりベンツなどの高級車もチラホラと見かける、インドよりも全然近代的だ!
迎えに来たのはやっぱり日本車でTOYOTAカリーナ、なんだか懐かしい感じがする。

コロンボ空港から今夜の宿となるニゴンボのHOTELまでは車で10分程だという。
ここで自己紹介。
今日から4日間、専属でお世話になる Guide の ディディーさん と Driver の ラビーさん。
共に男性で、ディーディーさんはガイド歴18年のベテランさん、20年ほど前に日本で3ヶ月ほど語学勉強をされたとのことだが、スリランカに訪れる日本人は少ないので、すぐに日本語を忘れちゃうのだとか。 
ラビーさんは現在ガイドの資格試験の勉強をしながらドライバーをしている青年で、日本語はヒヤリングの方なら多少はわかる程度。
二人とも Free Lance だが、過去に何度か一緒に仕事をしたことがあるとのこと。 二人とも第一印象は悪くない。 今日からこの四人での旅が始まる!

HOTELに到着してCheck In を済ませ、Welcome drink のオレンジジュースをいただいてから部屋へ入る。
時刻はもうすぐシンデレラTime。 さすがに疲れた気がする…。
交代でシャワーを浴びてベッドに入ったのは深夜の1:00。 日本とスリランカでは-3時間30分の時差があるので、現在の日本時間はA.M.4:30である。 長~い一日であった。

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やっと上陸 スリランカ! [アジア]

香港Launchを楽しんだ後は、腹ごなしに空港内を再びあてもなく1時間ほど俳諧してからGateに向かうと既に Boarding が始まっていて、すごい行列が出来ていた。

機内はほぼ満席。 日本人らしき乗客は私たちの他にはいなさそう…。 
そりゃそ~だ! なんたってこの飛行機は香港からシンガポールを経由してのスリランカ行き。
名古屋 ― シンガポール 間を わざわざ香港経由で行く人など稀であろう(^.^ゞ
でも、スリランカへ行くのなら多少の時間はかかってもキャセイパシフィック航空が最安値! で、香港がキャセイパシフィックのハブ空港になっている為、どうしても香港経由は外せない。
それにもう一つの利点は、キャセイパシフィックならば 帰路で バンコク発 ― 中部・関空行きの飛行機が、香港を経由することで深夜早朝便を使わなくてもいいのでスリランカでの滞在時間が増え、つまり移動を含めた旅行日数をFULLに使える、と言うわけで今回のTOURは、キャセイパシフィック利用のお値打ちFree Plan の為にこんな面倒なRouteでスリランカへと向かっている。

機内は設定温度が高い上に満席の熱気でムンムンしていた。 しかし、半袖T-シャツで暑がっている私たち以外の大半の人たちは、ジャンパーやパーカーを着用した上にブランケットに頭から包まっている。 赤道直下の人たちとは体感温度がこんなにも違うのかな~ぁ?

Local time 17:30、ベトナム上空を通過中の機内では早めのDinner time、今日5回目の食事である…(^.^ゞ まいった!! 半分ほどしか食べられなかったが、香港 → シンガポール 間の食事のお味はまずまずといったところ!
それにしてもキャセイパシフィックのCoffeeはすこぶる不味い! さすがイギリスの航空会社だ…

Local time 18:40、マレーシア越しの西の空に沈む太陽を、言葉なく静かに見送る…
マレーシア上空からの夕日

香港からシンガポールまでの飛行時間は3時間30分、予定よりも10分ほど遅れての到着、外はもう夜闇に包まれている。 ここでは乗客の一部入れ替えがあるだけだが、待機時間が2時間ほどあるので一旦全員機から降ろされた。
シンガポールと香港との間には時差はなく、したがって日本との時差は-1時間のまま。 
今朝、家を出てから既に14時間が経過しているので、さすがの私も少々お疲れ、それ故に巨大なシンガポール・チャンギ空港を探検する気にはなれず、到着したTerminal内をあてもなく1時間ほどお散歩してからGateに戻ったのだが、そこには長蛇の行列が…
なぜなら、ここの空港はBoardingの30分前にならないとGateの待合室にも入れず…、かと言って通路にはイス一つ置いていないので、乗客全員は待合室のドアが開くまで列をなして突っ立ったままひたすら待ちぼうけである。
やっとOPENしても、再度、手荷物のSecurity Checkを通らなければならない為すぐには中へは入れず…、 結局、乗客の全員がGate待合室に入るのに40分以上の時間を要したわけだが、待合室のイスが足りず、立ち待つ人もたくさんいた。
そんな訳で離陸時間も定刻をOverし、Local time 21:30にシンガポールをやっと脱出。
シンガポール → スリランカ 間もほぼ満席で、大半の乗客が入れ替わっていた。

隣席の乗客は香港から一緒のスリランカ人女性。 
普段は自分の世話も自力で出来ない夫なのだが、彼女に対してはサービス精神旺盛で、機内では三人で旅疲れ任せの愚痴の言い合いに花が咲き楽しい時間が過ごせた。
と、ここで機内サービスのドリンクか…、と思いきや、なんと、またまた食事が提供された!
WAO! これって夜食? Local time は 既に22時を回っている。 今日はこれで6食目だ…
「うぅっ! マジかい?」 と思いつつも… 食べなきゃいいのに、カレーの香りにそそられて、ついつい食事に手が伸びる。  「ん!?… 美味い~!!」 
このカレー、食欲が無くても食べれちゃうほど何だか美味しい! とは言っても半分ほどで Give Up !

窓の外の暗闇にポツリポツリと明かりが見え始めたのは到着の20分ほど前。
華やかな灯りではないけれど、Christmas Illumination みたいに ゆらゆらと点滅する眼下の夜景にしばし見とれていると…
いきなりFAの人たちが両手にスプレー缶を手にして機内に撒き散らしはじめた! 
「何? 何? 何これ? 何が始まったの? 何を撒いてるの?」 
結局、解からず終いだったけど、でも、ビックリした~ぁ!(^.^;)

Local time 22:30 シンガポールから3時間30分のFlightでスリランカ・コロンボ空港に到着。
日本時間は、翌日の深夜02:00である。 セントレアから14時間の飛行機旅がやっと終わった。(^.^ゞ

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 こちらが、今日いただいた機内食 [レストラン]
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旅立ちの朝 経由地 香港へ [アジア]

11月7日、旅立ちの朝は4時に起床… と言っても昨夜もほとんど眠れなかった…。
数日前から続いている睡眠不足の影響がこの旅で出なければよいが… と、些か心配…。
起きぬけ、パソコンを立ち上げてMailのCheckとBLOGをUpしたあとに身支度を整え夫を起こす。
そして6時半、家を出る時に普段はほとんど鳴くことのない四つ足の子供たちが今日は騒がしい。 
長期に家を空ける前には決まって悲しい声で泣くのが恒例となっているが、どうしてわかるのかな?… 
人間同士は言葉という手段を駆使してもなかなか分かり合えないという事が多いというのに、彼らはこちらの気持ちを読み取った上で、しかしこれに計らうことなく自分の気持ちをストレートに表現してくる。 
なぜか今日はそれが羨ましく思えた…。

旅立ちの朝.JPG
今日の朝日はいつもに増してとてもきれいだ。 「旅立ち… か…」と、太陽を見ながら一人呟く…
この旅にテーマをつけるなら何だろう…。  CHARGE? RESET? END? ・・・・・

自宅から空港までは道路が空いていれば車で4,50分。 空港近くの民間駐車場に車を預けてAirportまで送ってもらう。 
空港内はかなり空いていて、Check Inも Immigrationも アッという間に済んでしまった。
Boarding までの待ち時間、夫は携帯Mailやshoppingにと忙しくしているが、私は暇を持て余しながらノートに向かってペンを走らす。 でも、心 ここに在らず… 
旅立つ先のことよりも、置いていく気持ちの方に加重がかかって、またまた孤独虫が心を蝕み、根暗な想いが低く頭をもたげている…。
そして、そんな気持ちをかき消すように楽し気にはしゃいでいる自分自身を、憐れな目で見ている私が、今ここに居る…。

予定よりも15ほど早く搭乗したが、機は定刻の10時に離陸。 まずは最初の経由地・香港まで、3時間40分のFlightである。 
Seatは窓側、 搭乗率は30%とかなり空き空きで快適な出足となった。
眼下に朝日を浴びた美しい伊勢の島々を望みながら、機内Serviceの美味しくないCoffeeと 持参した美味しいFruit cakeをいただき、お腹いっぱいになったところで、なんと、予想外の機内食が提供された!
「えっ? これって、朝食? それとも昼食?」 
今朝、自宅を出る前に軽く朝食をとってきたが、空港で‘黒稲荷’なるものを発見し、美味しそうだったのでついつい搭乗前に一食いただいてしまった… (^.^ゞ
つまり、この機内食でA.M.11:00にして今日3度目のお食事となる。 
しかし、牛丼とロールパンとフルーツ、そしてなぜか白い法要まんじゅう… というヘンテコな組み合わせと、日本 → 香港 線の食事の味の悪さにほとんど食べられなかったが…。

食後、機内に漂うタバコの香り…  なぜ?  機内は禁煙のはずでは…
案の定、5分程して機内アナウンスが入り、乗客の一人がトイレで喫煙したことが発覚し、機内での喫煙は、罰金 もしくは 禁固刑 であるとの警告がなされた。 あ~ぁ、かわいそうに…、 自業自得だけど…。

離陸から2時間半後、台北の上空を通過、 そして予定よりも10分ほど遅れてLocal time 12:50 香港に到着。 日本と香港との時差は-1時間である。 
香港国際空港では乗り継ぎの為の待機時間が3時間ほどある。 空港が啓徳から移転して10年経つが、新空港を利用するのは今回が初めて! ということで空港内をトポトポと散策。
でも、ブランド品には興味がないし…、免税店の香りは堪え難いものがあるし…、
1時間ほど動き回って小腹が空いてきたところで、空港内の food court にて香港Launchを食すことにした。
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Orderしたのは、店先に 拷問の如く 内臓を抉り取られ 丸焼きにされたうえに 鈎針に吊るされたチキン2種と、野菜スープ、野菜炒め、ご飯、中国茶のSET。 これで500円くらいだからけっこうお値打ち!
お味の方は、「美味しい~!」というより、「現地~!」という感じで、それなりに満足。
でも…、 まだお昼だというのに今日はこれで4度目のお食事TIME…。 大丈夫か? 私のお腹!

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今が旬だよ! スリランカ [アジア]

ただいま~! \(^o^)/   昨夜遅くにスリランカから無事に帰国しました!!
チョットばかり時差ボケで、昨夜は疲れていながらもすぐには寝付けなかったが、今朝は朝寝坊をするほどしっかりと熟睡していた。(^.^ゞ

帰国して、「旅行はどうだった?」と聞かれるよりも、「お腹はどうだった?」と聞かれることの方が多いけど、でもスリランカは想像していたよりもず~っと近代的で、多少の自己管理さえ出来ていれば下痢の心配などほとんど不要。
そんなスリランカについての知識が薄い上に自分勝手なイメージが、今回の旅でかなり払拭できた。

スリランカという国については、仏教国であるということ、紅茶の産地であるということ、また2004年に起きたスマトラ島沖地震の被災国であるということ意外にはほとんど知識がなかったので、出発前にちょっとばかりお勉強をして行ったこと、そして現地ガイドからの情報をここにまとめてみよう!

インド洋・ベンガル湾の南西、南アジア・インド半島の南東にポーク海峡を隔てて位置するスリランカ(スリランカ民主社会主義共和国)は、1972年までは‘セイロン’と称されていた島国で、国名の「スリランカ」とは、シンハラ語で、「スリ/Sri」とは〝光輝く・素晴しい〟、「ランカ/Lanka」とは〝島〟の意味をもつ。

スリランカMAP

~ スリランカの基本情報 ~

地理> スリランカは日本の南西7,500kmのインド洋に位置し、ノンストップ便ならば日本から9時間程の距離である。
国土は、65,610km² で、南北に435km、東西に225km、北海道よりも一回りほど小さい程度。 その大半が平坦か丘陵で、最高峰の山でも2,524m(Mt.ピドゥルタランガラ)しかない。

季候> スリランカの気候は熱帯性・高温多湿で、海岸部・低地では年平均気温27℃と暑いが、高地部では16℃と一年中常春のような気候で、地域にもよるが6~11月の多雨期を除いては乾燥している。

民族> 人口2024万人のその内訳は、北インド・アーリア系を先祖にもつシンハラ人75%に次いで、南インドから移住してきたタミル人が17%(スリランカタミル人12%・インドタミル人5%)、スリランカに住むイスラム教徒スリランカ・ムーア人8%などとなっている。
公用語は、シンハラ語とタミル語をそれぞれに話し、その連結語として英語が使われている。

民族> 宗教は、仏教が75%、ヒンドゥー教が10%、イスラム教が8%、キリスト教が7%となっており、仏教徒のシンハラ人とヒンドゥー教徒のタミル人による対立は、今なおシコリを残している。

産業> 主要な産業は、紅茶・ココナッツ・天然ゴム・米・スパイスなどを主とした農業と、近年では繊維産業による衣料品の輸出が盛んだ。

治安> 日本と比べて治安はかなり良い。 国民性も男女共にとてもフレンドリーであるし、コロンボなどの都会を除いて軽犯罪も少なく、最低限の注意さえ払っていれば神経質になる必要はほとんどない。

~ スリランカの歴史と内戦 ~

国民の7割が仏教徒であるスリランカのその歴史は、紀元前5世紀、シンハラ人が北インドから移住して王国をつくったことに始まり、紀元前3世紀、アショーカ王の息子マヒンダ王子が仏教を伝えて以来、仏教国としての道を歩んできた。
しかし、その歴史は平坦なものではなく、紀元前2世紀以降には南インドよりヒンドゥー教徒・タミル人が侵攻し、これに対抗したシンハラ人によって仏教は守られ、その文化を今に伝える。

1505年にポルトガル、1658年にオランダがシナモンを求めてセイロン島に来航し、それぞれ湾岸地域を植民地化。 1815年には、セイロン島最後の王朝・キャンディ王朝の滅亡によって全島が英国の植民地となった。

その後100年以上に及ぶ英国支配を経て、1948年 スリランカは、英連邦自治領「セイロン」として独立、そして1972年に共和制への移行によって、世界初の女性首相となったシリマヴォ・バンダラナイケが、国名をスリランカ共和国に改称し、1978年 大統領制の移行によって現在の国名「スリランカ」となった。

1987年以降は、反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)によるテロ活動の激化で内戦が絶えず国内は長い間不安定な状態が続いていたが、現在のラージャパクサ大統領は中国より資金援助を受けてスリランカ政府軍の攻勢を強め、北・東部のLTTE支配拠点を次々と奪回しLTTEを制圧していった。
そして今年2009年5月19日にLTTEのプラバーカラン議長の死亡を確認し、最高指導者を失ったLTTEは壊滅状態に陥って内戦終結を宣言。 
26年間にも及ぶ奮闘で7万人を越える戦死者を出したこの内戦が終結したのは、わずか半年ほど前のことである。 

[るんるん]それ故に、スリランカへの観光旅行が解禁されたのはホントにここ最近のことで、しかも多雨期が完全に明ける来月以降はホテルもほぼ満室とのこと!
今回は観光整備前のナチュラルなスリランカを楽しめたこと、また、現地の旅行会社にも安価で充実したプランをオーダーすることが出来たこと、とっても良い旅行が出来たと思う!

と、ま~ぁ こんな感じでボチボチと、スリランカ旅行記をヒマの合間にでも書いていこう![手(チョキ)]

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光り輝く島 スリランカ [アジア]

今日、旅に出ます…  ちょっと、スリランカまで!

スリランカがどこにあるのか、いったいどんな国なのかも まったく知らぬまま、たまたま目にした古~い旅行パンプレットにその名を見つけて、ただ何となく気を惹かれた。
そこで、そのパンフレットに記載されてあった旅行企画会社のホームページを覗いてみると…、やっぱり旅行期間外になっている。 残念…!
そこであきらめちゃうのが普通なのだろうが、何となく、ダメもとでその旅行社に電話をしてみる。
「もしもし、古~いパンフレットを見つけたんですが、この企画、まだあります~?」
「あぁ、スリランカの?! それは 現在 継続検討中の商品で、企画書は上がってきているんですが、まだ中身が未確定でして…。  で、いつの出発をご希望ですか?」
「再来週… というのは、キツ過ぎます?」
「え゛っ?!  まぁ~、フリープランなので、エアーさえ確保できれば何とかなると思いますが…」
と言うことで、企画書の決定、パンフレットの印刷を待つこと4日。 この旅行を申し込むに至った。

ところが夫が渋い顔で、「オレは、水道水の飲める国じゃなきゃ~イヤでい!」って言う。
「それじゃ~、私一人で行ってきてもいい?」って、半分本気で、でも軽~い気持ちで言ってみたら、「そいつはなんね~ぇ!」と、結局一緒に行くことになった。
最初は不安がっていた夫も、友人が経営する会社の従業員にスリランカから来ている人がいて、その人とお話しをしてからは、すっかりスリランカ行きに乗り気になっている。 ゲンキンなものだ…。

夫の有給が三連休しか取れないので土・日を含めてたった五日間(三泊五日の朝出発・深夜帰り)しかないが、短期間集中型で頑張って旅してこようと思う!
しかし… いったい何を頑張るのやら?  
そ~ね~ぇ…、 どうせ戻れない過去ならば、記憶喪失になるくらい頑張って“今”を忘れてこよう!!
あはっ! 過去も、現在も、未来も、 ぜ~~~んぶ、なくなっちゃえ~~~!!!

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人間なんてさびしいね [随筆日記]

今日は、病院へ行くのに、何となく運転していく自信がなかったので、バスで出かけることにした。
9時のバスはガラ空き状態だったが、途中から乗り込んで来たおばさまにやたらと話しかけられてチョット参ってしまった…  今は、口を開くのがとっても億劫なのに…。

病院も比較的空いていた。 新型インフルエンザの感染を恐れて病院に来ることを控えているのかな?
私は…、「ど~でもいい」って思っている…。 みんなが警戒しているほど、それを脅威とは思えない…。

この後、久しぶりに図書館に寄って時間を費やし、一冊だけ詩集を借りた。
『いま、きみにいのちの詩を』 というタイトルで、52人の詩人の詩集編だ。
まだ全部は読んでいないけど、心の中に流れた詩を一遍だけ書いておこう・・・・・

人間なんてさびしいね          やなせ・たかし

       心と心がふれあって
       なんにもいわずにわかること
       ただそれだけのよろこびが
       人生至上の幸福さ

       たったひとりで生まれてきて
       たったひとりで死んでいく
       人間なんてさびしいね
       人間なんておかしいね


図書館の後は、ショッピングセンターで Window shopping …、 とは言いつつも、けっこうアレコレと買ってしまい… 一時的なストレス解消となった!
しかし、気がつくと時計は3時を回っている…。 「いつの間に?」、と言うよりも、「嘘でしょ?」という感じ。 朝から飲まず食わずで、ただ ふらふらとしたまんま 一日を過ごしてしまうなんて…

帰り道、バス停へ行く道とは反対の方向に、遠く、かすかにピンクの絨毯が見える。
またまた、ふらふらっとそちらの方へと歩いて行ってみると、休耕田にコスモス畑が作られていた。
白い花、濃いピンクに、淡いピンクと、今が盛りのコスモスたちが、絨毯のように敷き詰められ、咲き乱れていた。 きれいだ~ぁ・・・ しばし、うっとりとお花見を楽しむ。 あぁ、カメラを持って出なかったことが悔やまれる…


あ~あ・・・ 今日も一日、私は何をやっていたのだろう?
生きていることが無駄に思える…  “私”と言う存在も、無駄なんじゃないかな~って…

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ありのままの私でありたい… [随筆日記]

「なんだか、疲れちゃった・・・・・」
私にしては珍しく‘疲れ’を認めてしまった…というか、自覚しちゃった…というか・・・・・、
気持ち的には元気であるはずなんだけど、身体が追っ付いて来ていない感じ・・・・・。
あ~ぁ、目が回る・・・・・  すごく疲れた・・・・・

困ったぞ~ぉ!  このままじゃ~ 分裂しちゃいそう!!  ど~しよう…?!

でも、いっそのこと、壊れてしまった方のがいいのかも…  そして、とっことん、治しようのないほど壊れちゃった方のが…
「ダメ!ダメ! その思考回路に行っちゃダメ! その思いは認めちゃダメよ! 見ちゃダメよ!」 って、 何とか思いとどまって、 「忘れろ!忘れろ!」 と 自己暗示…
何やってるんだか、私…!


何だか、自分が自分じゃないみたい…。 私が、どっかに行っちゃった感じがする…。 
んっ?  もしかして、 もぉ、壊れてる? 


私・・・・・  ありのままの私でありたい・・・・・  私らしく、生きて行きたい・・・・・

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嘘つきの薦め [随筆日記]

暗~い感じのBLOGが続いてしまいまして、ご心配おかけしましたこと、すみませんでしたm(__)m
メールに電話、見知らぬ方からまでメッセージをいただきましたこと、ありがとうございましたm(__)m
でも、大丈夫です!(^^)! そんなに深い所にはいませんので!
立ち上がるとね、足を蹴飛ばされて…、 浮上するとね、頭を押さえつけられて…、 前に進もうとするとね、顔面パンチが飛んできて…、 それでもけっこう元気にしています!(^◇^)!

現実を拒否し続けていると、必要以上の恐怖感、不安感に襲われてしまうものですが、どんな現実も現実として「受け止める」のではなく、サラリと「受け流しちゃう」と、けっこう歩いて行かれるものです。
まったく都合がよく出来ていますね~、人間って!

それから、病院で教えてもらった「自律訓練法」、 これが身についてくると、いわゆる自己催眠にかかりやすくなるのかもしれませんね!
「自律訓練法」とは、イメージトレーニングのようなもので、まずは心身ともにリラックスをせさることから始まって、四肢の重圧感や温感をイメージさせたり、安定した心音や呼吸をイメージするなどして、最後には必ずENDの動作で終わらせるというトレーニングです。

心が壊れている時には、第一段階でOUTです。 とてもリラックスなんて出来ませんもの…!
そんな時には薬に頼るしか…、いえいえ、麻薬じゃないですよ! 抗不安薬です!
肝心なのは、薬を服用しなきゃならいほどの症状に追い込まないこと。
だから、嘘が必要なんです。 自分にとって不都合なものは排除し、嘘で固めて誤魔化してゆく。

本当に辛いんですよ・・・ 病状が悪化すると・・・ 本当に苦しいんです・・・ 全身症状ですから・・・
「心配しすぎだ」と笑われても治まらない不安感、「開き直るな」と叱られても湧き出るイライラ感、「根暗だ」とバカにされても沈んでしまう気持ち、それに加えて食欲不振や不眠に、吐き気、難聴、呼吸困難、それから胸痛、頭痛にはじまり身体のあちこちが痛くなったり…、 最近は病的なほど頭皮の脱毛がひどくって乙女心(?)が傷ついてます。
そ~ならないために自分に嘘をついて自分を誤魔化すんですけどね~、まぁ、そ~上手くは行かないことも多々あります…。(^_^;)

と、こんな感じですが元気にしております!(^^)v
なんだか、特定者宛てのBlogになってしまいましたが、電話にも出ず、返信メールも出さず、「ごめんなさい」&「ありがとう」ということで、あしからず(^.^ゞ

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老いたるえびのうた [心]

        老いたるえびのうた     室生犀星

     けふはえびのやうに悲しい
     角(つの)やらひげやら
     とげやら一杯生やしてゐるが
     どれが悲しがってゐるのか判らない。

     ひげにたづねて見れば
     おれではないといふ。
     尖(とが)つたとげに聞いて見たら
     わしでもないといふ。
     それでは一体誰が悲しがつてゐるのか
     誰に聞いてみても
     さつぱり判らない。

     生きてたたみを這うてゐるえせえび一疋(いつぴき)。
     からだぢゆうが悲しいのだ。


金沢出身の文豪、室生犀星(M.22年~S.37年)氏の 遺作 「老いたるえびのうた」は、犀星さんが 74才で亡くなる1週間前に書き残された詩である。

私は、大嘘つき者だから、自分を誤魔化すことだって大得意! だったんだけど…  でも、今はダメ・・・ 
嘘つき者の、良い格好士には違はないけど、 自分を誤魔化すことは、苦手になっちゃった・・・・・
でも…、その 悲しみ ・ 苦しみ に 耐えられず、結局は、また自分に嘘をつき続けるんだけどね…。 
そ~やって アレコレ自分を騙し、誤魔化し続けていたら、何が本当に悲しいんだか、わからなくなってきちゃった…。
「つの」が悲しいんだろうか、「ひげ」が悲しいんだろうか、「とげ」が悲しいんだろうか、本当の悲しみは、いったいどこからくるんだろうか… って…、
一つ一つのに問うてみても、「一体誰が悲しがっているのか、さっぱり判らない」って、犀星さんと同じ…

でも、犀星さんは、その答えを見つけたんだよね…、
枝葉のように 次から次へと生え伸びてくるものが、本当の悲みなんかじゃないって…
泡(アブク)のように 止めどもなく沸き上がってくるものが、本当の悲しみなんかじゃないって…
「つの」でも、「ひげ」でも、「とげ」でもない…、 コロコロと変化する私の付属品たちが悲しみの根源なんかじゃ~ ないんだって!

本当に悲しいのは、 この“私”という存在そのもの…
「生きて、たたみを這っている、えせエビ一匹   その、からだじゅうが、悲しいのだ」
人生は苦なり、 水無き畳の上で、死にとうもないが、生きとうもないと必死でモガキ続けている独りぼっちの私…  そんな“私”という存在そのものが悲しいんだ… って、 そういうことなんだよね?犀星さん…。

からだじゅうが悲しくて、 からだじゅうが苦しくて、 からだじゅうが孤独なんです…
だから自分に嘘をついて、自分を誤魔化すんです…  そうしなければ生きて行かれないから…

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時は流れ 過ぎて行く [Poem]

     過ぎてしまえば  ただの日々
     喜びも、 悲しみも、  
     何一つとして 身に寄り添わず

     過ぎてしまえば  泡の如く
     幸せも、 苦しみも、
     何一つとして 元のすがたには戻らず

     過ぎてしまえば  夢… 幻…
     切なさも、 愛おしさも、
     一時(イットキ)として 一所(ヒトトコロ)に留まることを知らず

     ただ  時は流れ
     ただ  時は過ぎて行く

     大きく構えていても  小さくうずくまっていても
     ただ  時は流れ  時は過ぎて行く

     一寸先のことですら 何ひとつわからないのに
     未来の“時”を 夢見ることは止まず…
     過ぎ去りし“時”は 過去へと捨て行く…
     いつまで続くか…  その 繰り返し 繰り返し

     時は 流れ 流れて行く…

     音無き“時”に 追い立てられるまま
     “死”の淵で ただ ゆらり ゆらり と さ迷い続け
     独り “時”と戯れる…

     時に 流され 流れて行く…

     フッ と 過ぎ去りし日々を振り返り 自問する
     私の過去は、誰の為?
     私の未来は、何の為?

     “時”の鐘が鳴り響くように 自答する
     過去は亡佚 未来なし

     孤独の海に、 現在(イマ)と言う “時”を見つけた

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今日は、母の誕生日 [Poem]

     今日は、母の誕生日  何をプレゼントしよう…

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     ・・・・・・・・・・ なんにも…  ない…

     私が 母にしてあげられること 何も ない…
     私には 母にかけてあげられる 言葉も ない…
     私は…、  母のために なんにも 出来ない…

     母が 私に くれたもの
     それは、 一番に  この 命
     それは、 一番に  この 身体
     そして、  一番に  “死” と言う現実を 見せてくれたこと…

     母が 私に 教えてくれたもの
     それは、 一番に  無償の愛情
     それは、 一番に  生きていくことの苦しさ
     そして、  一番に  死んで行かなくっちゃ行けない ってこと…

     母の存在の その全てが 言葉になった時
     母はいつだって 私に やさしく語りかけてくれる

     そんな母の心に そっと耳をかたむけてみたら
     母は 嬉しそうに微笑みながら 「ありがとう」って言うの… 

     孤独に怯えて 震えている私に そっと寄り添いながら
     母は 「大丈夫だよ」って言うの…

     辛くて… 苦しくて… 「死んでしまいたい」って叫ぶ私に
     母は 「ごめんね」って言うの…

     母は こんなにもたくさんものを 私にくれたのに…
     私は 自分の為に 泣くことしかできなくて…
     母のために 私は 何ひとつとして してあげられない…

     母は こんなにもいっぱい 私に言葉をかけてくれるのに…
     私から出てきた言葉… 「ごめんなさい」も 「ありがとう」も
     枯葉みたいで…  風が吹けば 飛んでいってしまうから
     私は、 母のために  一つの言葉も かけてあげられない…

     今日は 母の誕生日
     母の人生時計は 既に止まってしまっているけれど
     でも 今日は 母の誕生日

     今  私が 母の為にしてあげられることは 何もない…
     ただ ただ 母が わたしにくれたものを
     ただ ただ 母が わたしに教えてくれたものを
     それらを 私の中に 想い描くことしか 私には できない…

     母を 想い出す…
     独り 静かに 想い出す…

     一番の想い出は ・・・・・・・・
     一番に思い出されるのは ・・・・・・・・
     母の…  死顔…

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