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ハロウィン [随筆日記]

今日は10月31日、ハロウィンである!

アメリカ人の友達に、「ハロウィンって、なんのお祭りなの?」 と質問すると、「仮装をする日」だとか、「お菓子をもらえる日」だとか、「カボチャ提灯の日」だとか・・・ よく言って、「悪霊払い」と答える程度。
語学学校の先生に至っても、「明日までに調べてくるわね!」 と言われる始末…
キリスト教徒ですらハロウィンの意味、本来の由来など知らないというのが現実。
まぁ~、それは日本人も同じことで、例えば、神社で催されるお祭りですら神様云々と言うのは抜きで祭りのメインイベントのみがクローズアップされたり、御神輿についても、その所以より神輿の豪華さ、優勢さ、精巧さへの方へ興味は偏っているわけで…。 また、‘お彼岸’と言われても、「彼岸だんご? おはぎを食べる日?」 な~んてね…、 少なくとも私自身、仏法に興味を持ち始めてから始めて‘彼岸’の意味を知ったという程度。
だから、ハロウィンやクリスマスがキリスト教のお祭りだって言われても、「そんなもん、ど~だっていいじゃん! 楽しんじゃお~よ!」 って感じかな!

でも、まぁ~、調べることは好きだし、せっかくだからハロウィンの由来などを調べてみた。

ハロウィンは、ローマ・カトリック教会のお祝い行事の一つで、11月1日の諸聖人の日(聖人と殉教者を記念する日)の前夜祭として行われている行事だ。
この諸聖人の日を‘オール・ハロウズ(All Hallows)’と言い、その前夜祭と言うことで‘イブ(Eve)’をくっつけて 「ハロウ・イブ(Hallow Eve)」と呼ばれていたのだが、この行事が19世紀にアメリカへ渡った時にその言葉が訛って 「ハロウィン(Halloween)」と呼ばれるようになった。

ハロウィン発祥の地アイルランドやケルトでは、キリスト教が伝来するよりも以前からこの習慣があり、日本の秋祭りと同様に収穫感謝祭として精霊たちを祭る行事として執り行われていてそうだ。
そのケルト人の間で語り継がれてきたのが、10月31日の夜は死した家族の霊が家に帰って来たり、精霊や魔女が出て来て悪さをするなどと信じられていたので、それらから身を守る為に恐い面を被って仮装したり、火を焚いて魔除けにしたのだとか。 まぁ~、日本で言うところの、お盆の行事の別バージョンのようなもの!
これにちなんでハロウィンでは、カボチャ(orカブ)をくり抜いた中に蝋燭を立てて「ジャック・オー・ランタン」を作ったり、魔女やお化けに仮装した子供達が、「トリック・オア・トリート」と言いながら家々を訪問してお菓子をいただくという習慣ができたのだそうだ。

「トリック・オア・トリート(Trick or treat)」とは、お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ! という意味。
ハロウィンの当日、お菓子の準備をしている家では、玄関先のジャック・オー・ランタンに火を灯し、これがある家を目印にしてお菓子をもらいに子供たちがやって来るわけだが、「トリック・オア・トリート」と言ってドアをノックするのは子供だけとは限らない。 
ま~ぁ、子供と大人の境界線なるものは不確定であるし、いわゆる、「自分はまだ子供なんだ」と思っているお菓子好きの大人たちもやって来る。

また、Shopping MALL では、Summer bargain が終わるとすぐに、オレンジcolorとブラックcolorを基調にしたハロウィン商戦一色に染まる。
仮装の衣装や小道具を買い求める客、ショッピングカートいっぱいに子供たちに配るお菓子を購入する客などで賑わうわけだが、実際、一番混雑するのはハロウィンの当日である。
何せ、大半のハロウィン・グッズが半額SALEになるので、パーティーグッズなどを取り扱うお店では、客も商品もゴッチャゴチャ状態!

3303935そんな こんなで 仮装の準備が整ったら、早速 着替えてパーティー会場へと向かう。
時刻は夕方の5時。 
さ~ぁ、ハロウィン・ナイトの始まりだ!!

一次会は、住んでいるコミュニティーが主催するイベントに参加して、撮影会やら、肝試しなどで盛りあがる。
二次会は、歩行者天国になったLoadでの仮装パレードに参加! Street を、ただ ぞろぞろと自由に練り歩くだけなのだが、数千人規模の様々な仮装が見られて、これも結構面白い!
そして三次会は、友人宅に押しかけ、内輪での仮装パーティーにてお腹いっぱいに食欲を満たす!
そして帰宅するのは深夜近くになってしまうが、 若い学生諸君に至ってはオールナイトでハロウィンを楽しんでいる。 つまり、宗教色はほとんど抜けてしまっている。

最近は日本でも一部の人がハロウィンを楽しんでいるようだが、残念ながら私の周囲には、アンチ・ハロウィン派が大多数で、なかなか仮装を楽しむチャンスがない!
ちなみに、UPした写真は、夫(左)と真人(右)の仮装での一服風景である[わーい(嬉しい顔)]

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捨てられない… 見切れない… [心]

昨日から、クローゼットの中身をひっくり返している。
昨日は、勢い余って次から次へとゴミ箱へと送り出したのに、今日は一転、なかなか捨てられない…。
心ってヤツは、ホンにいい加減なもんだ!
しかし・・・、自分でも嫌になるほど服が有り過ぎる。 いったい、総額いくらになるんだ?!
多分、昨日捨てた(ゴミ袋2つ)分だけで十万円位と換算すると・・・、 いやいや、計算するのはやめておこう… 捨てられなくなってしまう…σ(^_^;)ゞ ‘見切る’ことが肝心!

そ~なんだ・・・・・・  「自分を見切れ!」と四方八方から言われる…。
そして、去年の夏、初めて法座に出た時に、「捨ててください」 と おっしゃったS先生の言葉も、あれから ず~~~~~~っと、喉元に引っかかったまんまだ。

捨てられないんだ…、 私は何にも捨てられない…
何を捨てるの? ど~やって捨てるの? って…、それ以前の問題! 私は、何も捨てられない・・・・・

見切れないんだ…、 私は私を見切ることが出来ていない…
こんな自分…、も~ぉ、ど~にでもなっちまえ! と 自暴自棄になったって、結局、捨てられなかった…。
目を背けたくなるような嫌悪する自分、切り刻みたいような自分をも、結局、捨てることが出来ずにいる…

それなのに、死んでいく時には、それらを 全~部 捨てて行かねばならないのだから…、
えっ?! じゃ~ぁ、そんなものに執着して、捨てられずにしがみ付いていたって、意味ないじゃん…!
今夜にでも…、 いやいや、早ければ次の瞬間にでも、すべてを捨てて行かなきゃならない…

しかし、そ~は言ってもな~ぁ・・・・・  その瞬間までは、しがみ付いていたいんだ…。

そ~言えば先日、ドライブの帰り道でのこと…、 私は自分の両手のひらを、ただぼんやりと眺めていた。
そして両手を、握っては開いて、開いては握って…。 そうしている内にフッと気づいたことがあった。
人間、この世に生まれた時には、両手はグーをつくってしっかりと握りしめたかたちで生まれて来る。
しかし、死に行く時には、今まで握りしめていた全てのものから見放されて、手放しで堕ちて行くんだ。

だけどね…、私はきっと両手のひらを生まれた時と同様にしっかりとグーを作って、「放すまい! 放すまい! 私が掴んだ幸せも、私が作った信心も、決して、決して放すまい! この命すら、手放すものか!!」 って、グーを握りしめたまま死んで行くんだろうな~。
ただ、後生で手のひらを開いてみたらば・・・・・、 その手の中にギュ~ッっと握りしめられていたものは、私が造った業ばかり・・・、 後生大事と握りしめてきたものは、地獄へ堕ちる種ばかり・・・

死んでく時には、何もかも捨ててかんならん…。 私が捨てるんじゃない…、 捨ててかんならんの…

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秋 の North Carolina [Travel]

「あぁ! 今週末はハロウィンだ!」 と、フッと気が付き、昔 ハロウィンの仮装パレードに参加した時に撮った写真が見たくなって、古いアルバムを何冊も引っ張り出してみた。 
でも、どこへ行っちゃったのかな~ぁ…、 目的のアルバムを見つけることは出来なかった…。
その代わり、秋の写真はいっぱい見つけた。 7,8年前にアメリカに住んでいた時の写真だ。

住んでいたのはアメリカの東海岸に位置するノースカロライナ州の州都に程近いダーラムという町。
ノースカロライナ州は、東に大西洋、西にはアパラチア山脈と、海にも山にも恵まれ、また気候的にも東京と差異はなく、日本と同じような四季折々の風情を楽しめるとても環境の良い所。

我が家から車で西に5時間くらいだったかな~? グレート・スモーキー国立公園と言う世界遺産にも指定されている山脈がある。
ここの紅葉がすっごくきれいで、毎年この時期には紅葉狩りのドライブに出かけた。

グレート・スモーキー山脈と言うのは、東面がノースカロライナ州で西面がテネシー州と二つの州にまたがったアパラチア山脈を構成するブルー・リッジ山脈の一部である。
そしてアパラチア山脈というのは、全長約2,600kmもある巨大な山脈で、その山々が北を起点に南へと順次紅葉してくるのだから、その規模は想像をはるかに越える。

3297960

あぁ~、何だか懐かしいな~ぁ   時間に余裕が出来たら、昔の記録を整理してみるのもいいかも!
アメリカ発の旅行記 (^^)v 、 た~んまりあるもんな~ぁ(^◇^)

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2009紅葉狩り⑥ 赤尾の道宗・行徳寺 [Travel]

井波別院・瑞泉寺からR156をsouthに、荘川沿いを五箇山に向けてドライブ。
紅葉の見頃は始まったばかりというところ。 後一週間もすればピークを迎えるんじゃ~ないかな? 
でも、悔やまれるのはこの曇り空! 青空の晴天だったら、きっとメチャメチャ感動できただろうな~ぁ

3294685到着したのは、五箇山の合掌造集落… ではなく、 
行徳寺 という小さなお寺。

行徳寺は、蓮如上人のお弟子であられた弥七郎さんが、室町時代後期に浄土真宗の宣揚を目的に開かれた道場に由来したお寺である。
弥七郎さんと言うのは、赤尾の道宗さんのこと。 真宗でひと際立った妙好人である。

築300年といわれる茅葺きの山門と、聴聞や信心の沙汰をするのに程よい大きさの本堂、その横には、市指定文化財である合掌切妻作りの庫裡と、道宗さんの遺品などが展示されている赤尾道宗遺徳館が、小じんまりと佇んだお寺である。

赤尾の道宗さんと言えば、『道宗・二十一箇条覚書』
蓮如さまが亡くなられた三年後、“後生の一大事”のために命をかけられた道宗さんが40歳の時に、真宗念仏者として自らを戒めらた心得を書かれたものである。
その第一条が、「後生の一大事、命のあらんかぎり、油断あるまじき事」 というものから始まる。
この覚書を読んでみて、意味とか、お心とか、私にはよくわからないけど、ただ…、ただ、 道宗さんは、「この命ある限り、後生の一大事を心にかけよ!」とお示しくださった蓮如さまの教えの上に生きて行かれた方なのだなぁ、ということを感じた。

“後生の一大事”…。   私は、“後生”のことなんて微塵も大事とは思えない…。
「死ねば、地獄一定という一大事があるぞ!」と、何度も 何度も お聞かせいただいていても、私にとっては今生事こそが一大事…。 “後生を心にかける” だなんて、とても出来ない…
もしかして、赤尾の道宗さんも私と同じ? だから覚書に記されて、自らを戒められたのかな? な~んて都合よく解釈する。

最後の第二十一条では、「あさましのわが心や…」 から始まって、自らの心に 何度も 何度も 語りかけておられる。
「あさましき我が心よ…」 我が‘後生の一大事’を解決する為に、中国やインドへ行って法を求めて来いと言われたならば、この命 投げ捨ててでも赴く覚悟は出来ているのに、真宗の教えではそうは仰られない。
ただ真実の法を聞けよと言われるだけ。 なんと容易い! 何ともったいないことよ!
「返す返す、我が心よ…」 一生は短し。 今生は尽きるもの。
いつ飢え死のうと、いつ凍え死のうとも、そんなことは問題ではない…。
しかしだ、“後生の一大事” だけは、一寸の油断もしてくれるなよ。
「我が心へ…」 返す返す、この覚書に申したことを間違わずに心して 我が身を律せよ。
そして真宗の御掟や法度を遵守し、しかも心の内には、他力の信心による頼もしさ、有り難さを保ち、しかし外見的には慎み深さを申せよ。 「(わかったかね、)我が心よ…」 と…  (勝手な私釈だけど…)

“後生の一大事” を心にかけることの出来ない私だから、「後生を心にかけよ」と善知識はお示しくださり、これをすぐに忘れてしまう私だから、「後生は大丈夫か」と問うてくださるお同行がいる。
すべては阿弥陀さまのお手回し。 すべてが阿弥陀さまのお働き。 

道宗さんにまつわる逸話で有名なのが、‘道宗の臥像’と言われるもの。
道宗さんは、阿弥陀さまのご苦労を胸に、四十八願になぞって並べられた四十八本の割木の上にて毎夜眠られたのだそうだ。
如来さまが、私のためにご苦労をしてくださり誓われた、私一人のためのご本願。 
如来さまは、私が寝ている間であっても、いつも ずっと 私の‘後生の一大事’を心にかけてくださっている。  道宗さんは、そんな如来さまのお心を寝所に表わされたのかな… って思った。

3295233さてさて、行徳寺に着いた時間が遅かったため、ほとんど見学らしい見学はできなかったけど、これで 次回 訪れた時の楽しみも出来たわけだし、ま~いぃかっ!
それから、道宗さんが、赤尾の「行徳寺」から 井波の「瑞泉寺」まで、雪深い山の中を歩いて聴聞に通われたという‘道宗の道’(山道で32km/国道で40km)を、いつかは、‘後生の一大事’を心にかけながら歩いてみたいもんだ! なんちゃって~!!

帰り道、五箇山ICから東海北陸道に乗った道路脇の紅葉がとてもきれいだった。
でも、それ以上に美しかったのは、あんなに曇っていた空の色がみるみると染まっていった夕焼け雲だった。
「この私の‘孤独感’ も、燃やしておくれ…」 そう願いながら空を見つめた・・・・・

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2009紅葉狩り⑤ 井波別院 瑞泉寺 [Travel]

お昼過ぎに山中温泉を出発し、途中、加賀温泉駅近くのお寿司屋さんにて Launch time ! 美味しかった~(^^)v
この後、北陸道で富山入りして瑞泉寺に向かう。 名前だけはよく耳にするけど訪問するのは始めて。 

3294683井波別院・瑞泉寺は、真宗大谷派の別院。
瑞泉寺に向かう県道沿いには幾つもの灯籠が立ち並び、寺院の大きさを感じさせられる。
門前の参道は情緒ある建物で統一され、数多くの井波彫刻の店や作業場が軒を連ねている。
その突き当たりにある井波別院・瑞泉寺の周囲は、城壁のような石垣で囲われており、他の別院とは違う趣があるのと同時に、真宗の時代背景というか、歴史を物語っているようにも見えた。

井波別院・瑞泉寺は、1390年に本願寺五代・綽如(しゃくにょ)上人によって開山。
北陸の浄土真宗信仰の中心として大きな勢力を誇っていたが、1581年、織田信長の北陸方面軍・佐々成政の軍勢に攻め入られて焼き討ちに遭い堂宇を消失。
その後、兵火を逃れて城端北野に一時移ったが、再び井波へ戻って現在の場所に再建。
瑞泉寺を囲う堅牢な石垣は、戦国時代における越中一向一揆の拠点となった寺の歴史を今に残すもので、苔むしたその石の一つ一つに、「寺は…、門徒は…、いったい何を守ろうとしたのか…」 と 問いかけたくなるような、そんな思いに駆られた…。

現在の本堂は、1885(M18)年に再建されたもので、真宗木造建築の寺院としては、北陸随一の大きさを誇る。 また本堂横に凛と建ち並ぶ太子堂は、1918(T7)年に再建されたもので、両建物に施された彫刻は、木彫刻工業が盛んな南砺・井波の職人によって飾られたもの。
それぞれに全部違った彫刻が施され、しかも繊細。 その一つ一つが、彫刻師の作品である。

3294684現在、本堂は修復工事中で、景観はすこぶる悪い。
しかも、別院でありながら入場料が必要というのも初耳。
だけど、畳を剥がされた本堂と言うのは、こんな時にしか見ることができない。
ってことで、チョットだけLUCKY~!(^^)v

でもね、宝物殿といわれる小さな建物に行ってみると、入口にいた女性に「せっかくだから見てって!」と呼び込みをされた上に別に入場料を請求され、「御懇志で!」と言われたそのテーブルの上には、まるで売り物のように千円札が扇状に幾つも飾られていた…。 悪趣味だな~ぁ!

私たちが訪問したのは24日、 ちょうど月の定例法座の日。 
少しだけ太子堂の外で聴聞させていただいたが、蓮如上人の『御文(章)』を元に、蓮如さまのお心をお話しくださっていた。 「あぁ、こ~ゆ~お話しをしてくださるお寺さんもいるのだ」と、ちょっとだけ嬉しくなった。

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2009紅葉狩り④ 山中温泉 [Travel]

さてさて(^.^ゞ、この後にも様々な Drive Plan を 計画してくれていたのに、私の一処での滞在時間が予想外に長い為、予定を大幅に遅れて白山スーパー林道を後にする。
ここら辺りには、まだまだ行きたい所が山とあるが、命ある限りの次回のお楽しみと言うことで 一路 宿へと向かった。 日暮れ前に着けるかしら? というところ!

国道157号線をSouthに取手川沿いを進む。 取手川ダム周辺の紅葉はまだ始まっていない。
この時の記憶が、チョット飛んじゃってる…  頭ん中、真っ白…?(^.^ゞ
憶えているのは、道の途中に見た大きな恐竜と、宿題の罪悪ノートのことだけ…。
でも、楽しかったよ! (What is σ(^_^;)!?)

今夜のお宿、山中温泉に到着した頃には、先程までの青空は雲で覆われて薄暗くなりかけていた。
そしてまずはウェルカムサービスのお団子と桜湯を美味しくいただいてからお部屋へ。
今回のお宿で何よりも気に入ったのは、お客に対する従業員間の連絡がしっかりと行き届いていること。
それにお料理もとても美味しくて、特にチーズ豆腐は一番のお気に入り! 「おかわり~p(^o^)q」

3290560

翌朝のお天気はドンヨリとした曇り空…  これでは紅葉も映えないな~ぁ… 残念!

朝はゆっくりと仕度をした後、こおろぎ橋からお散歩号(山中温泉内周遊バス)に乗車して、ガイドさん付きで温泉街を車窓より観光する。
途中、栢野(かやの)の大杉ではバスから下車しての見学。 実際、間近で見ると、やっぱり大きい。 
(周囲約11m、高さ52m)
樹齢は、2,300年と推定され、国指定天然記念物ともなっている栢野大杉の名の由来は、白山を開山したと伝えられる修行僧・泰澄(たいちょう)が、「百本の木(木偏に百の旁で「栢」)に勝る」として命名したのだとか…。

バスでの散策を一周した後は山中座で下車してあやとり橋から鶴仙渓に下りて渓流沿いの遊歩道を散策する。
紅葉には、まだ二週間ほど早いかな? それでも秋の訪れは日一日と深まっている。
この小路を歩くのは二回目。 でも いつも かくれんぼで遊ばれて… で、いつも私が鬼の役…  
ま~ぁ…、それも楽しいけどね!(*^-^*)[るんるん]

そうそう、こおろぎ橋から少し上がった所に、蓮如上人のお名前が刻まれた石碑を見つけたので、帰宅してから早速、蓮如上人と山中温泉の関係について調べてみた。
言い伝えによれば、蓮如さまが吉崎御坊を拠点に布教活動をなされていた頃、ここ山中温泉にも度々足を運ばれて、布教の途中に湯治としても利用されていたのだとか。

3290561私が見たその碑には、「蓮如上人椿清水、是ヨリ八丁」と刻まれていたが、これは蓮如上人の遺品(御名号・御念珠・伝説の椿杖など)を今でも数多く保管している徳性寺までの距離を示したものなのだそうだ。
山中温泉には、徳性寺(本願寺派)の他にも、燈明寺(大谷派)、蓮如堂など、蓮如上人ゆかりの場所や物がいくつもあるようだ。 次回、山中温泉を訪れた時には、ぜひ周って見たい!

これ、その蓮如堂の近くに咲いていたサザンカ(山茶花)の花。 ちょうど満開で、とても綺麗だった。

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2009紅葉狩り③ 白川スーパー林道 [Travel]

天生(あもう)峠から白川郷に戻った頃には合掌造り集落も観光客であふれていて、早めに昼食を取る予定であったが適当なお食事処が見つけられずに、結局そのまま白山スーパー林道へと向かう。
今回の紅葉狩りドライブの Main purpose である白山スーパー林道を初体験!! 
岐阜県側・馬狩Gateより入場して、石川県側・中宮Gateに抜ける。

3290558白山スーパー林道は、岐阜県白川村から石川県白山市までの総延長33.3km(石川18.6km/岐阜14.7km)、全線2車線の観光林道で昭和52年に開通。
白山国立公園の中を通過するため夜間は通行止め。
また、季節や気象状況などによる閉鎖もあり。

 [メモ]では、霊峰白山についての豆知識。

白山は、石川・岐阜・富山・福井の四県にまたがっており、古来より山岳信仰の山として、富士山、立山 と共に日本三霊山の一つに数えられている。
「白山」とは、最高峰の御前峰(標高2,702m)・剣ヶ峰(2,677m)・大汝峰(2,684m)の「白山三峰」を中心にした周辺の山峰の総称で、日本の最西端の山(これより西には2,000m級の山がない)となる。
白山信仰として開山したのは、奈良時代(717年)の修験道の修行僧、泰澄(たいちょう)であると言われている。

秋の白山スーパー林道さてさて、最初に車を停めたのは蓮如茶屋のParking。 そのNamingに惹かれたが…、 その昔、蓮如さまが歩かれた道筋に建てられた茶屋ということで名づけられたそうだが、真偽のほどはいかに…?
ただ、白山スーパー林道で、食事ができるのはここだけ!ということなので、五平餅をいただいた。
ここから「白川郷展望台」までは階段を上がって行く。 しかし、合掌集落はほとんど見みられない…。

次に立ち寄ったのは三方岩駐車場で、ここから登山道を40分ほど登って行くと、飛騨岩、加賀岩、西三方岩の三方岩や白山を望むことが出来るそうだが、今回は挑戦ならず…!

駐車場を出てすぐのトンネル内で、岐阜から石川へと県越えになる。

薄暗いトンネルを抜けた先には、白やグレーの岩肌に、黄金色の草木、そして赤に黄に緑の木々と、青い空に白い雲。 その自然美のグラデーションは、息を呑む美しさであった!
ここは、秋に来なけりゃ意味がない! 晴れた日じゃなきゃ意味がない! そして今日は最高のCondition!  思わず、「ありがと~!」って叫びたくなった!!

3290556

林道は、短いトンネルを幾つも抜ける。 その度々に目にする景色に感激しながら道を行く。
白山スーパー林道の石川県側には、蛇谷川渓谷に注ぐ支流の滝が数多く点在し、その中でも最大のスケールを誇るのがふくべの大滝である。 
標高900m地点より流れ落ちる滝の落差は86m。 なかなかの見ごたえだ!

また、いくつもの流れを横に広げた姥ヶ滝の脇には、親谷の湯という温泉が湧き出ている。
林道沿いの『蛇谷園地駐車場』に車を停めて谷底へと急な階段を100mほど下り、さらに渓流沿いを進んだ先にある露天風呂。
「行ってみた~い!」 とは思ったけど、その時、まだ年若いカップルが汗だくで息も絶え絶えに上がってくるのを見て…、 私たちじゃ~とても無理… と判断!  簡単にあきらめた!

3292063

さらに道を進むと、途中、工事区間があって景観が乱れたが、蛇谷大橋を望む景色は美しかった!
でも、日の光を浴びている木々と、日陰の木々とでは、こんなにも色が違うのか?!と驚くばかり!
同じ木なのに…  私の感動も、全然違う…
「光明・・・・・  光って、すごいね…」 と ポツリ呟く…

白山スーパー林道の最後は、白山自然保護センター・中宮展示館に立ち寄ってチョットだけお勉強。 そこで初めて生の胡桃をかち割って食す。 う~ん、リスになった気分だけど、ワインのおつまみとしては合いそうね(^^)v

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2009紅葉狩り② 天生峠 [Travel]

白川郷 荻町城山展望台を後に、国道360号(越中西街道)を、まずはEast に向かって天生(あもう)峠を目指す。
国道とは思えないような細い山道を九十九折に上がっていくのだが、「すご~い!」、「きれ~ぃ!」、「すばらし~!」 との言葉の連発。
日差しに輝く紅葉が、青空を背景にした紅葉が、こんなにも美しかったとは…。 
素晴しい秋の風景に…、美しい自然の造形美に…、ただ、ただ、はしゃぐばかりであった。

言葉では全然伝えられないし、写真でも到底伝えきれないけど、紅葉の越中西街道は、こんな感じ!
国道360号の紅葉

越中西街道沿いから見ることの出来る秋の装いの中滝3290485

天生峠(白川村より)の木立の間から望む白山連峰の山並み3291211

しかしだ…、 途中で天生(あもう)峠をPoint に折り返して、今来た同じ道を戻る時には、先程までの あの感動も あの感激も 既に 薄れ 薄れ …。
いくら同じ道であっても見ている方向が真反対なので、見える風景だって違ってくる。
それなのに往路よりも言葉は断然少な気で、途中下車だって一度もナシ…
こんなに美しいのに…、 あんなに感激したのに…、 たった数分前のことなのに…、 なんてヤツなんだ、私は…!

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2009紅葉狩り① 荘川村・白川郷 [Travel]

今週末のお出かけテーマは、“ドライブで紅葉狩り”

ここで One point lesson !  “紅葉狩り”の「狩り」とは、「草花を眺める」と意味。
そもそも「紅葉を愛でる」という習慣は平安時代に貴族の風流から始まったとされ、その頃には実際に紅葉した枝木を手折って鑑賞したことから“紅葉狩り”と言われるようになったそうだ。

紅葉の名所は日本全国至る所にあるが、渋滞や人混みを考えるとなかなか足が進まず、また、紅葉する時期も年々異なるので事前に計画をたてるのもなかなか難しい…。 それに当日の天候問題もある。
そんな条件がピタ~と合った運の良さ! 今週末は、実に見事な紅葉狩りを楽しむことが出来た(^^)v

朝7時に名古屋を出発し 一路 北上する。 お天気はすこぶる上々!!
真っ青な空と清々しい秋の空気が、より一層心を沸き立ちせてくれる。
途中、東海北陸道を走っていると Highway radio より濃霧注意報のアナウンスが入ったので少々心配したが…、 なんの♪、なんの♪、 郡上市白鳥を過ぎた辺りから確かに霧は出ていたが、晴れ渡った青空の下、秋色の農村地帯の低い上空に、濃霧というより山々の中腹辺りに一直線にかかった真っ白な雲の帯。
そのあまりにも美しい光景に、思わずはしゃがすにはいられなかった!
ひるがの高原に向けて上り坂の高速道より 今 来た道を振り返った風景は、雲海の上に顔を出した秋の山々が、青空をバックに朝日に照らされ、とっても幻想的だった。

白川街道の紅葉と荘川ひるがの高原SA周辺はただいま紅葉真っ盛り!
SAから望む山々の上部は、既に紅葉も夢の後
といった感じ。

そして、荘川ICで高速を降りてR156をNorthに
向かう。
東海北陸道が全線開通しても、この白川街道を
利用することの方が多い。
だって、トンネルばかりの高速道路よりも、季節
感たっぷりのこの道の方がやっぱり好き!

御母衣湖の周囲をはじめ、荘川に沿った山々の
紅葉は今がピーク!
キラキラと輝く朝日に照らされて 赤に黄に緑にと、
色鮮やかな衣装をまとった山々。透き通った庄川
の水の流れ。それらが青空というキャンバスの下
に描き出されて、それは心騒ぐ美しさだった。

そして途中、荘川浄化センター付近に車を止め、
対岸の山へと続く吊橋から眺めた紅葉の美しい
こと。
また、御母衣湖面に映った周囲の山々と紅葉した木々の美しいこと。
3290483
そんな素晴しい景色を次々と目にしつつ楽しい時間を過ごしながらも、「これが最後… これで見納め…」 そんなふうに囁き続ける心の声から逃げ惑いながら耳を塞いでいる私がいた・・・・・

白川郷合掌造り集落に到着したのは9時半頃。 早速、城山展望台へ登る。
やっぱりここから眺める萩町の風景が一番好き! 春・夏・秋・冬、いつ来ても、いつ見ても美しい。
3290484

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オリオン座 流星群 [随筆日記]

陶房にて作業中、ラジオから「オリオン座流星群」の話題が流れた。
「今夜がピークなんだって」 「見たいね~」 「じゃ~見に行こうか」 と言うことで深夜の遠足が決定!
作業をいつもより早めに切り上げ、一旦帰宅してから家事などを済ませて夜9時に再び陶房にて集合。
でも…、見上げた夜空には、うっすらとした雲が張り、星の姿は一つ、二つ…
「どうする?」 「ど~しよう?」 「でもせっかく集ったんだし…」 と言うことで、当初予定をしていた山の方には行かずに、近場で街灯りから離れた場所へと夜のドライブに出かけることになった。
そして田園地帯に車を停めて見上げた夜空には…  やっぱ、な~んも見えん!
「あっ、流星! じゃなくて、飛行機だった…(;^-^)ゞ」 って言う冗談にも厭きてきて、結局なんやかんやとおしゃべりをしただけに終わってしまった流星観察会だった…。

11時少し過ぎには帰宅して書斎に篭もっていた私に、「星空が見えるようになって来たよ!」と夫の声。
バルコニーに出てみると、確かに見える星の数が増えている。 しばらく二人で夜空を見上げ、オリオン座の話しなどをしながら流星を探す。

ギリシア神話によると、オリオンは海神ポセイドンの子供で、ギリシア一の狩の名手であり、また、恋の為に両目を失うほどの恋多き美青年だったようだ。
そして結果的には最後の恋人となった狩猟神アルテミスが放った矢に射抜かれて死んでしまう。
これを悲しんだアルテミスが大神ゼウスに願い、死したオリオンを星座として空に上げてもらった という神話である。

しかし・・・・・ しばらく見上げていても星は流れない・・・・・  時刻は既に深夜0時を回っている。
身体も冷えてきたことだし、Hot whiskey でも飲みたいね!な~んて気分になってきたので流星観察はあきらめて、書斎に戻ってパソコンに向かう。

そしてBLOGをUPしてから 再び 一人 バルコニーに立つと、先ほどより更に夜空はクリアーになっており、星の瞬きも鮮明に見えるようになっていた。 
「あっ、流れ星!!」  一瞬だったけど、流星が長い光線を描いて落ちて行った。
しばらくして、また星が流れた。  「よし! 一人で流星観察会だ!」

部屋に戻って防寒体制を整え、Brandy入りの紅茶を手にバルコニーのイスに腰を下した。
深夜2時。 虫の声もしない、とても静かな秋の夜。 
ただ一人、夜空をぼ~っと見上げながら、オルゴールで聞いた‘星に願いを’のメロディーを口ずさむ。

何でかな?  全然寂しくない…。  私、孤独じゃない…。  楽しい感じさえする。
自分で自分についた嘘にさえも、疑うことなく騙されるのかな?

思い出すな~ぁ・・・・・   子供の頃から好きだった、 一人で夜空を見上げるのって!
でも…、 あの頃は、 寂しくて…、 辛くて…、 悲しくて…、 「どうして私は生まれてきたの?!」 って…、 「何の為に生まれてきたの?!」って…、 毎晩、夜空に話しかけながら、よく泣いてたな~ぁ…
すごく…、 すごく、すごく、孤独だった・・・・・・

いつ頃からだろう? 夜空があたたかく感じられるようになったのは・・・・・・

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霧の中  ヘルマン・ヘッセ [心]

     不思議だ…、霧の中を歩くのは…
     どの茂みも石も、皆、孤独で、
     どの樹木も、他の樹木と分かたず、
     皆、それぞれが独りぼっちだ。

     私の生活がまだ明るかった頃、
     私にとって、この世は友達であふれていたが、
     今、辺りに霧が立ち込めてくると、
     もう、誰一人として見ることはできない…。

     この世の一切のものと自分とを
     ひとり静かに孤絶する。
     まこと、暗闇を知らない者は、
     賢いとは言えまい…。

     不思議だ…、霧の中を歩くのは…
     生きるとは、孤独である。
     皆誰も、互いに他の人を知らず、
     皆、それぞれが独りぼっちだ。                             (私訳)

MRさんからいただいたMailを読んだ後に、フッと、何の意図もせずに本棚から手に取った本、ヘルマン・ヘッセ の詩集の中にみつけた、『霧の中』 という詩である。

「なっちゃんは〝孤独〟と、ど~ゆ~ふ~に付き合ってるの?」 ・・・・・

私は、〝孤独〟に背を向けて、見ないよう、聞かないよう、誤魔化しながら逃げることしかしていない…
でも、昔は違った。 
子供の頃は、独りでいることが好きで、自分が孤独であることが幸せだと思っていた。 
〝孤独〟と向き合うことが出来なくなったのは、ここ最近からかな…。 
胸ぐらをえぐって、握りつぶしたくなるような孤独感を、自分に誤魔化すことが出来なくなってから・・・・・・
それは、一人でいる時よりも、心寄り添う人、愛する人と一緒の時間を過ごしている時ほど、より強烈な孤独感に襲われる…。 
その孤独感を、自分自身が認めてしまえば、大声を上げて発狂してしまいそうで恐い…。
だから誤魔化すことに必死になっている…、 必死で、自分を守ってあげる…。

でも、ダメだった・・・・・  自分では、この〝孤独〟を癒すことなど出来ない・・・・・・

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日高支部 デビュー! (後編) [法座・座談]

御法話日記はここでは省略。 出来れば近日中に公開したいが・・・  さて、はて、…(^.^;)

日高支部法座の初日は、座談会がかなり遅い時間まで Nonstop で続いた為、途中から次々に退席される方々もいて、もし私がASさんの立場だったら…、と思っただけで辛くなるような条件がいくつもあった。
でも、MRさん・NOさんに護られていたおかげで、Yuさんとの約束通り、自分で自分を追い込んで自身を責めることなく、この御座に座らせていただくことが出来た。
もちろん、痛いところ、胸を押さえたくなるようなことは多々あったけど、以前ように耳垢ばかりを気にして耳の用途を全く果たしていないという自体だけは避けられたように思う。

御法座の後、夜の懇親会参加者は7名だけで、チョット静かな感じであった…
そしてRoさんのお家をお暇した後は、今晩お世話になるNOさんのご自宅へと夜のDrive。
驚いたことに、2,3年前にフラフラっと遊びに来た場所がNOさんのお家のこんなにも近くだったとはビックリだった!
NOさんのお家は、木の香りのする素敵な邸宅! 深夜にお宅に着いたので、すぐに交代でシャワーをお借りしながらも、仕切り直しの懇親会!
ところが最後にシャワーへ行ったMRさんがいつまでたっても戻って来ないのでチラッと様子を見に行くと…、 
MRさん…、 和室のライトを煌々とつけたまんま既にお布団にて熟睡しておられたので、これにて懇親会もお開き(^^;)とし、私もNOさんに用意していただいたお布団に入って日高の一日目を終える。


[晴れ]翌朝もNOさんのご厄介になり、美味しい朝食をいただいてから再びRoさんのお宅へと向かう。
この時、「コウノトリが見たい! コウノトリ! コウノトリ!」と言う私のわがままを誰が叶えてくださったのか、遠くの田んぼに二羽のコウノトリらしき姿を発見した!
騒ぐ私の声にNOさんが車を停めてくださり、みんなで目を凝らしながら遠くのそれを見ると…、 どうひいき目に見てもやっぱりコウノトリに見える!  LUCKY~ (^-^)v と写真を撮ったが…、 小さいね(^.^ゞ
3277343

Roさんのお家に着いてさっそくこの件をみなさんに報告すると、「偶然見られることなんてなかなかないよ」って言われて嬉しさ倍増! 日高に来てよかった~ぁp(^o^)q

32773442日目の朝、御法座の前にMRさんと二人でご近所のお散歩をした。
念仏碑をはじめ、日高のお同行さんのお家をあちこち回っていろいろ説明をしていただいたけれど(^.^;)…、 
なかなか…、とても覚えきれない…

二日目の御法座は、STuさんのお家にてお世話になる。
みなさん、かなりのご高齢でいらっしゃるのにアレコレと気遣ったお世話をやいてくださるので、私もついついジーッとしてはおられずに出しゃばってお手伝いなどさせていただいたが、これでより一層リラックスした気持ちにさせていただくことが出来て、二日目の御法座も、素の私のまま、お座に参加させていただくことができた。

しかし、この日は本当によく泣いた…、 というか…、 まぁ~、 ウン…、 短時間で何度も泣いた…。
日高に着いた時、最初に感じた “気” を、 同じようにこの日も感じた。 譬えるなら タンポポ …かな。
春 、あたたか 、たくさん 、黄色 、明るい 、光 、茎(パイプ) 、花(チューナー) みたいな… σ(^_^;)?
上手く表現できないけど、一つの言葉に込められた「思い」とか、「心」とか…、 それが胸をえぐって突き刺すように入ってきながら、でも私はここに居られる。  何故だろう…
自分のすがたを見せられた時、鷲づかみに握り潰したくなるような狂気な私の心と共に泣いてくださり、誘ったその涙も受けとめてくださっているような感覚を、私自身が信じられないままに寄り掛かっている私がいた。 

御法座の後の昼食会は、まるで馴染みの親族が顔を揃えたような、和やかで気取り不要の Lunch time の中、大勢の前で自分を出すことの苦手な私が、普通にしゃべっていたのも不思議な感じがした。
そんな時、隣に座っていたASさんが突然、「私だけ違う…、私一人だけ…」と言って泣き出された。
ASさんのその言葉は、そのまんま私の言葉だった…。
表面上、どんなに上手く繕っていても、そこのところだけは自分自身をも誤魔化せずにいた。
「私も同じだよ…」と、ASさんに言っても、その声は彼女には届かない…、 それも同じ… 
G先生、MRさん、STuさんが語りかける言葉の全てが、ASさんの耳元で跳ね返されている。
それを見ながら、私はただ、「ごめんなさい」と言うしかなかった・・・・・  でも、それも嘘… 嘘なんだ…

日高での二日間、正味一日は、長いようで短く、短いようでいて長く、とても濃い二日間であった。
こちらに来る前にMRさんから言われた、「お念仏を喜ぶ」というのは、正直 よくわからなかった…。
「いつ死んでもよし! なんまんだぶつ、なんまんだぶつ」と言っているお同行さんたちに、「本心からそう言える?」と心の中で問うてる自分が、ただ恥ずかしいと思った…

私がこの日高支部法座で一番強く感じたのは、「御法も、法縁も、一期一会」 なのだということ。

帰りの車中もG先生やMRさんと、ずっと ず~っと おしゃべりしていて、ちっとも厭きることはなかったけど、どんなに楽しく過ごしていても、どんなに幸せを感じていても、やっぱり、「私は独り」という言葉が頭いっぱいにはびこって、これを誤魔化してなけりゃ~やってらんないよ!という思いを強く感じていた。

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日高支部 デビュー! (前編) [法座・座談]

今日は10月の支部法座!     はぁ~~~・・・・・・  やっぱり 憂鬱・・・・・・
ただ一つ、大好きな人たちと会えることが嬉しくて、楽しいことばかりを思い描きながら会場へと向かう。

それにしても御法座は久しぶり。  そしてBLOGも久しぶり。  
日々、書き留めておかなくっちゃ!ってことは山とあるのに、言い訳ばかりでなかなか書けない…。
前回の御法座のことも、書かないままに半月も過ぎてしまったが、やっぱり書いておきたいので…、「なっちゃんのBLOGは、Time lag がありすぎ!」というご意見通~りに、ちょっとだけ過去に戻って思い出話など語ろう(^.^;)…

9月最後の週末、以前より何度もMRさんからお誘いをいただいていたのに、なかなか思い切りの付かなかった御法座へ、緊張しつつも参加する気になり行って来た。 日高支部デビューだ!

いつものように少し早めに会館に到着して落ち着かない時間を過ごしていた時、泳ぐ視線の先にあった本棚にフッと目が止まって、何気なく手にした本が「地獄」の絵本であった。
実は、絵本で地獄絵を見るのはこれが初めてだった。 
掛け軸などで「絵」だけを見ているよりも、また書物等で「文字」だけからイメージするよりも、「絵」と「文字」によって訴えかけてくる絵本というのは、よりリアルに自分自身がその地獄の中に投影され、今までにないような異様な気持ちになった。
「知りたくもないことを知らせやがって!」と暴言を吐いているその一方で、見たくもないのに何故か目が離せずに何度も何度も読み返している私がいて…
死にたくない! お浄土へ行きたい! なんて言う願いじゃない…、 ただ ただ こんな地獄世界には行きたくない!と言う、強引な私のわがまま。 
だけれど、絵本に書いてあるような地獄行きの条件はしっかりと満たしてるじゃん…、私…

少し気落ちしたままにMRさんの運転する車へと乗り込み日高に向けて出発する。
ここ最近、気持ちを盛り立てようとすればするほど、表面上装った明るさとは裏腹に、逆に暗く孤独に沈んで行く自分というものが見えてしまうのが辛い…。
そんな車内でフッと気付いたことがあった。
MRさんの名前も、G先生の名前も、ISさんの名前も、この車に乗っている私以外の人の名前には、み~んな尊い漢字(例えば、悟るとか、真や誠とか)、お浄土を感じさせる名前であるのに、私一人だけは違う…
私(奈っちゃん)が落ちると書いて‘奈落’。  ‘奈落’とはナラカの語源で‘地獄’を意味する。
「私だけは地獄行き…、私一人だけ地獄…」 そんな声が頭の中で繰り返される中、出かけがけに見た地獄絵本のあの絵が瞼に残像として映し出され、ますます気分はLowになって無口になってしまった私…。

それでも周囲の風景が山間部へと移り変わり、そんなのどか景色に癒されながら徐々に気持ちを立て直す。
そして、いつもはお休みになられながら日高に向かわれるというG先生が、一睡もせずにアレコレと他愛もないおしゃべりに付き合ってくださったり、また、いろんなことをお話し、教えてくださって、いつの間にか私の緊張感もすっかりほぐれて、楽しいままに日高に到着した。

日高では、まず初対面のRoさんのお家にお邪魔して一服させていただいたのだが、到着すると同時に次から次へとお同行さん方がG先生のもとへご挨拶に来られるので、いったいど~すればこんなにも早く、「G先生ご到着」の案内が各地に伝達できるのか? と 不思議に思ったが、後で、皆さんご近所さんなのだと知って、あ~ぁ なるほど! と納得。
しかし、一つの小さな地域にこんなにもたくさんのお同行さん方が集中しておられるというのには驚いた。
それに…、 何て言うか…、 初めて体感する種類の“気” にも、少し驚いた。

日高法座へ誘ってくださったMRさんから、「お念仏を喜んでおられる方々を、なっちゃんも肌で感じてください」と言ってくださったのを思い出しながらも、私の心は、両足を肩幅大に開いて腰を少し落とした状態で、両手は胸の前でガッチリと構え、「よし、来い!」という心持ちにて日高のお同行さん方と初ご挨拶。
でも…、変なんだ・・・・・。  
誰も‘世間一般’と言われるような挨拶をしていない。
「ようこそ!」の後の言葉が、全部に御法になっているというか…、 そう聞えるというか…。
「最後」、「今」、「終わり」、「ここ」、「あかん」、「アホ」、「喜び」 などのすべての単語が、浮遊しながら “無常” という言葉の中に納まっていく感じ…。

その時にはわからなかったけど、今にして思うと、みんな、いつも、“私の後生” という所に立ってお話しをされているからなんだろうな~ぁと思った。

この後は、NOさん・ASさんと合流してMRさんと私の4人で Dinner & Drive にでかけ、そして夜は、Roさんのお宅にて初日の御法座をいただく。

・・・・・・・・・
やっぱり、どんなに短く省略させても、一つの法座の感想日記を一回で完結させるのはとても無理だ…(^.^ゞ
ということで、いつもの如く… (;^-^)ゞ
                                                   (つづく)

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金木犀 ・ 銀木犀 [随筆日記]

町のあちらこちらから、そして我が家のお庭でも、金木犀・銀木犀の可愛らしい花々が色香よく咲きほこり、秋らしい優しさの芳気を力いっぱいに放っている。
友達には、「トイレの香りだ~」なんて言ってバカにされるけど、私は木犀(モクセイ)の芳香が大好き!

木犀は、徳川時代初期に中国南部より渡来した常緑樹で、その名を「桂花」と言う。
植物学名は、オスマンサス・フレグランスで、これは「香気の強い花」という意味。 
その香りは、七里離れても香ると言われ、「七里香」と称されることもある。
日本では、「桂の花」という季語で知られる他は、「木犀」という呼称が定着しているが、この「犀」とは、樹皮がサイの皮膚に似るからという説があるが……。

「木犀」は、古くは楊貴妃が愛でた花香で、白ワインに桂花の花を漬け込み熟成させたお酒「桂花陳酒」は、彼女が命じて作らせた果実酒だと言われている。
また中国では、「桂花」は香りのみならず、漢方薬の一つとして「止痛薬」としても利用されている。

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‘感じる’ も 捨てる [随筆日記]

10月に入って秋の長雨が続いた後、台風が去ってからは秋晴れの晴天が続いている。
空も青いし、お腹も空いたし、ということで、友人との久しぶりの Launch Date
3264079行って来たのは、インド・ネパール料理の Restaurant
GITA。 スタッフは Indian。
少し日本人向けにアレンジしてある感はあるが、ま~ぁ
妥協のできる範囲で、味はまずまず!
焼きたてのプレーンナンが食べ放題というのが嬉しい!
二人で三枚も食べてしまった!(^^)v 
食事の後は Window shopping に Coffee time とお決まりのコース。

そこで、「最近、感動がないんだよね~…」と、チョット心がお疲れ気味の彼女。
この時私は、数日前にYuさんから言われた、「感じることが大事か?」という言葉を思い返して、しばし無言になる二人…。

「“死”を身近に感じても死ぬ、感じなくても死ぬ、そう言っている私が死ぬ と、聞く以外にない。 それが‘照破’。 感じるも捨てる!」
感じること自体を否定されているわけではないし、言われていることももっともだと思う。
ただ…、何故だか腰が引けてしまう・・・  どうしてだろう・・・  そんなことを考えていた。

‘感動’って、何…?  彼女の求めている ‘感動’って、どんなもの…?  
思いっきり悲しんだり、思いっきり楽しんだり、思いっきり怒ったり・・・  そう、深く感じて心の動くことが‘感動’なんだって辞書には書いてあった…。 
でも…、 どれくらい深く?   だって…、 心底、その思いに100%なりきれることなんてないし…。
心はいつも二股だもの…。 熱くなっている私のその横に、冷え切ったもう一人の私がいる…。
そのどちらの私も私であって、そのどちらの私も 捨てモノ、捨てモノ…。

私は…、自分の感情を誤魔化すことで生きてこられた…、そんなふうに思う…。
だから私にとって、まず‘感じる’ということが「原動力」であり、その‘感じ’をコントロールすることが「生きる」ということであり、それが行動の軸になっている。
以前にも、「君は感情を大事にし過ぎ!」と言われて、やっぱり酷くへっこんでしまったことがあった。

確かに、深く感じようと、浅く感じようと、何を感じようが、どう感じようと、また、たとえ何も感じなくったって、こんな私の‘感じ’なんてもんは捨てモノに違いない。
でも、これを私は捨てられない…。

あ~ぁ…!  書き綴っていれば、また何か‘感じられること’でも出てくるかと思ったけど、やっぱり私の中からは何も出てこない…、 カラッポだ…。
最初っから無いモノだったら捨てる必要もないのにねぇ…
[ひらめき]あぁ、そっか…、 カラッポじゃないじゃん! 私の中は、私の‘感情’で間断なく埋め尽くされている。
これじゃ~、御法の入り込める隙間なんてどこにもありゃしない! だから何も吸えない、何も聞けない…。
そして、私の感情が満タンに詰まったこの肉体もろ共、全部捨てて行かねばならない世界がある…
感覚も、感動も、感情も、‘感じるモノ’全てが捨てモノ。
それじゃ~いったい何が残るの?
あぁ、あった!  私の‘感じ’を支配しているモノ、‘我’だけは残り、そして堕ちていく・・・

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のこぎりでガーデニング [随筆日記]

連休明けもすこぶる好いお天気!
庭に出て、先日の台風で根こそぎ倒れてしまった6mを越える月桂樹(ローレル)の木を立て直す、が…
やはり私一人の力ではとてもとても無理だった…!
とりあえず伸び放題に広がった幹を四本ほどのこぎりで切断して半分ほどスリムにしたところで再び力を込めて押し上げてみたが…、 のこぎりギコギコで力を使い果たしていまい、腕がプルプルと震えて全然力が入らない…。 仕方がないので今日はここまで! 明日に向けて力を充電せねば!

この時、隣のスペースが気になった。 前までサンザシの木を植えていたが、義母にせんていをされてから一気に枯れてしまい、今は何も植わっていない。
義母は木があまり好きではない。 「背が伸びるのが嫌」と言って、頭を全部チョン切ってしまうので、運よくば成長が止まるだけで済むが、ほとんどの場合は枯れてしまう。
幼い頃よりの父の教育によって、木を切る時、花を摘む時、いつも「ゴメンね」と言いながら草木に接している私からすれば、義母の行動は理解し難いものがある。
例えば数年前の話だが、せっかく育てたサクランボの木を、収穫の少し前に心ない人によって一枝盗まれてしまったことがあったが、義母にとってもそれはひどくショックだったらしく、「こんな腹立たしい思いをするくらいならば育てなければよかった!」と言って、そのサクランボの木を根元から切り倒してしまったがあった。
そんな訳で、サンザシの木も数年前に義母によって上部をスッパリ切り落とされてからは光合成が出来ずに枯れてしまい、そのスペースが空いたままになっていた。

空を見上げれば秋晴れの晴天[晴れ] ガーデニング日よりじゃん! と言うことで、なんだかジーッとしていられずに、チョチョイッと Short drive に飛び出し、お気に入りの Gardening shop 西尾・憩いの農園まで車を走らせる。

3262912ここはローズガーデンとしても有名なので、苗木を物色する前にバラ園をお散歩する。
でも、秋バラは既に終盤も過ぎていてガーデンは淋しいものだったが、それでもいくつかの遅咲きのバラたちにあうことができた。

さて、お庭には何を植えようか?
あてのない探しものでも、こ~ゆ~夢のある探しものならば楽しいもんだ!
アレコレと農園の隅から隅まで物色して見つけたのは、山法師(やまぼうし)の木。
今年の夏に連れて行っていただいた牧歌の里でとてもきれいに咲いていたのを思い出して見つけたと同時に即決[exclamation] ただ、ちょっと予算オーバーになっちゃったけど…(^.^ゞ 
でも、来年の夏が楽しみだわ! (生きていれば(^.^;)だけど…)
あとはチューリップの球根をいくつか購入して帰宅する。

しかし、一日中遊び回っていてもあまり疲れは感じないけど、家事諸々で動き回っているのは疲れる…
それに、のこぎりの後遺症で背中から腕にかけて筋肉痛でギシギシいってる[ふらふら]

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なばなの里 ~ ダリア・コスモス・バラ まつり ~ [随筆日記]

10月三連休の最終日、久しぶりに夫も私も暇な週末。
いつもより少し早めに起きて来た夫に「どこかに出かけようか…」と誘われて、いつもの如くフッとした思い付きにより、ナガシマリゾートなばなの里へ行くことにした。
8時少し過ぎに家を出て開園前に着いてしまったので、まだガラ空きのパーキングにて待機していると、隣の駐車スペースに一台の車が入ってきた。
その車のサイドシートに座っている女性を見た夫が一言、「なんじゃ、こりゃ?」と目を点にしたので私も目をやると…、 たぶん60歳代ご夫婦で、奥様の身なりがかなりイケてる!
大きな造花のバラの花がいっぱい付いているカチューシャに、ブロンズ色の付け毛を付けて、これまた大きくて真っ黒けのサングラスをしていらっしゃった。 あまりジロジロと見るのも失礼かと思って洋服までは確認できなかったが、首から上だけでもなかなかの見ごたえ! とても明るい気分にさせていただけた!

少し肌寒い中、ゲートの前で開園を待って入場すると、開門と同時に皆さん急ぎ足で花ひろばの方へと駆けて行かれる。 「みんな、何を急いでるんだろう? 花は逃げたりしないのに…」と、素朴に疑問…。
私たちはのんびりと、庭園の花を楽しみながら…、まだ少し早い紅葉をながめながら…、そして池の鯉と戯れながら花ひろばへと向かった。

現在、花ひろばでは9月19日~11月6日の約一月半〝ダリア・コスモスまつり〟が催されている。
コスモスの方は盛りを過ぎて少し淋しい感じにはなっていたが、ダリアはちょうど見頃を向かえ、それは それは 華やかで 艶やかで 美しく、しかもこんなにたくさんの種類があったとは知らなかったので、予想以上に楽しむことが出来た。
HPによると、巨大輪51種を含む200種8,000株32,000本のダリアがここに植わっているのだとか!
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3262435私たちが花ひろばを出る頃には来園客数も半端なく、通路は人で大渋滞!
その人波をかき分けてベゴニアガーデンへと向かう。 ここは何故だか別料金で、ちょっと不服!
でも、ベゴニアも、その他の温室植物も、とってもきれいでしっかり堪能できた。

3262436そして温室から一旦出た先にはローズガーデンがある。
バラを愛でるには少し時期が遅すぎたが、それでもバラの香りの漂うガーデンにはまだいくつかのバラたちが美しく咲き誇っていた。

さてさて、ベゴニアガーデンから出ると、先ほど以上に園路は人の波。

そして、なばなの里へは飲食物の持ち込み禁止になっているので、お昼前だと言うのにどのレストランも長蛇の列が出来ていた。 しかも、値段だってド高い!
と言うことで私たちは、「お昼はお家で食べようか!」と、早々に帰宅の途についた。

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西方寺 と 清澤満之 [随筆日記]

称名寺を後に次に向かったのは、1203年に創建され、1496年に近隣(棚尾)よりここ大浜に移転された浄土真宗大谷派のお寺、法応山 西方寺である。
後に、宗教哲学者としても名を馳せた大谷大学初代学監の清澤満之氏終焉のお寺だ。

駐車場よりまず目を引いたのは山門から東づたいの北屋根の上にある太鼓堂である。
1863年に寺子屋として建てられたこの太鼓堂は、1871(明治4)年の鷲塚騒動の端諸ともなった‘新民序’の校舎で、碧南の学校教育の発祥地なのだとか。

[メモ] それでは超簡単に西方寺(旧名・光照寺)の歴史をお勉強。
当時天台宗の僧あった念雅さんが、関東より京都へ帰洛の途中に布教なされていた親鸞聖人の教えを聞かれたことがご縁となって親鸞さまに帰依し、この時に浄土真宗へと改宗され、後に蓮如上人が三河国へ来られた際、念法さん(十五代)が現在の地に寺を移転させて名を西方寺と改名したのだそうだ。

山門前にあるお寺の掲示板には、「 自己とは 何ぞや  これ人生の 根本的 問題なり 」という清澤満之氏の言葉が掲示されてあった。
「私って何? それが問題?」   う~ん・・・・・
その答えを自分の考えの中から紡ぎ出したところで、意味あるのかなぁ? と 呟きながら山門をくぐる。

3259237境内に入ってまず目を引いたのは、市の天然記念物にも指定されている大きくてりっぱな松の樹?…、 ではなくて…(^.^ゞ、
その横に植わっていた不思議な形をした樹であった。
三人とも、天然記念物の松などまるでそっちのけで(^.^;)
幹も枝振りもFUNNYな隣りのその樹に興味津々!
そしてこの樹を、ブロッコリーツリーと名付けて大満足!
ちなみに…、松には申し訳のないことだけど、ブロッコリーツリーの
次に気になった木は、通用門横の銀木犀。
とても大きな木で、その香りに包まれてくらくらっといい気分[揺れるハート]

で…、 樹齢400年を超えるという(有名な?)松の樹は、「弥陀の
松」 と呼ばれ 参詣者さんからの人気も高いとのこと!
3259116この日も地元のテレビ局が取材に訪れていたほど有名な松…、なんだって! 

私たちはその松の枝下を通って本堂へと向かう。
堂内に入るとやっぱり浄土真宗のお寺! 見慣れたそのスタイルにチョットだけホッとする。 しかし立派な本堂だ。
とても200年もたっているとは思えないほど!
さすが三河有数の大坊と称されるだけのことはある!

この後、西方寺境内の裏手にある〝清澤満之 記念館〟に案内してもらった。

[メモ] 清澤満之氏(1863年)は、尾張藩士族の子として生まれるが、生活は貧しかったという。
入学した学校が次々に廃校となった為、得度して東本願寺の育英教校へ入学。
そこで成績優秀だったことから留学生というかたちで東京大学へと進み、文学部哲学科を首席で卒業。
その後、多方面よりその能力をかわれて活躍するも、その全てを捨てて京都へと戻り、真宗大谷派の要請を受け京都府尋常中学校の校長となる。 この頃に清澤やす子さんと結婚して西方寺の住職となる。
しかし次第に東本願寺における宗風に疑問を抱いて最低限の禁欲自戒生活を始めるが、これが災いして肺結核を発病(1894年)し、そして改革運動も結局失敗に終わって、東本願寺宗門より除名処分を受ける。
その後、宗門より除名を解かれた(1898年)満之氏は、東本願寺が東京に真宗大学(現・大谷大学)を開校するにあたって初代学監としての就任要請(1901年)を受けるもその翌年には辞任し、1903(明治36)年、肺結核悪化の為に西方寺にて死去、 まだ39歳の若さであった。

3259119〝清澤満之 記念館〟は、満之氏の百回忌を記念して最近建てられたもの。
規模は大きくはないが、館内には多数の自筆原稿や著作の本などが保管・展示されている。
興味深かったのは、満之氏が居住していた屋敷の見学である。
記念館の職員の方が案内してくださって、満之氏の亡くなられた部屋をはじめ、書斎から厠(トイレ)に至るまで丁寧に説明して下さった。

記念館の次は、西方寺の道向にある藤井達吉現代美術館に案内してもらった。
これまたLUCKYなお話しで、ちょうど〝大浜てらまちとその寺宝展〟というのをやっていた。
ここ大浜の寺院に保管されている県指定・市指定の文化財など50点ほどが一堂に特別展示されてあった。
阿弥陀如来像や、親鸞さま、蓮如さまの木像、一遍上人の阿弥衣、十二光筥など、興味深いものも多数あって、しかもG願さんの解説付きで見学できたのはとってもLUCKYであった。
中でも一番目を引いたのは、前日に引き続いて見ることが出来た‘仏涅槃図’である。
昨日見た高田派・専修寺の‘仏涅槃図’よりも幾分か小さなものであったが、仏涅槃図の周囲にお釈迦様の一生が絵解きされているスタイルのものは珍しいのだそうで、これまたG願さんの解説付きにて楽しめた!

美術館を出る頃には既に薄暗くなっていたが、私はまだまだ元気だし、OGさんは自称‘5時から男’だそうで(^^)v この後はいつものお好み焼屋さんにて、まずはCoffeeをいただきながらの懇親会。
三者三様の仏法談話に花が咲く[かわいい]
途中でG願さんはお仕事の為に退席されたが、私とOGさんはお店が閉店するまで居座って、とっても楽しく充実した一日を過ごすことができた[黒ハート]

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大浜の 祭りとうなぎと namoamita [随筆日記]

10月三連休のなか日は、OGさんに誘っていただいて、G願さんの案内で〝大浜てらまちめぐり〟に出かけた。
お昼頃にG願さんのお寺にて待ち合わせ。 私は少し早めに家を出てお寺で日向ぼっこ!
ほんのりと秋の装いを始めたばかりお庭の紅葉を眺めながら、奥から聞こえてくるお勤めの音をBGMに、小春日和の秋の日を ただ ボ~ッとしながら ほわほわっとくつろぐ。 
う~ん、このまま一日中 こ~していたいな~って、そんな穏やかな時の流れを感じられる、心地の良いお寺なんだな、ここは[かわいい]

しばらくしてOGさんが到着され二人でおしゃべりしていると、一人の参拝客がおみえになった。
そして御朱印めぐりをされているその女性とお話しをする中でその方が、「まだまだ時間はたっぷりとあるから気長にのんびりと朱印を集めるのだ」と言われたその言葉が、私の心に痛く突き刺さった。
「時間は無いぞ! 一息切れたから後生だぞ! その時に何を持っていける?」 そんな声に、ほんの一瞬、胸を鷲掴まれたような思いがした。

この後、三人で他愛もないおしゃべりに花を咲かせながら、しばし本堂でのほほんとした時間を過ごす。
こ~ゆ~のって好き[黒ハート]
この時お土産にいただいた銀杏、G願さんに教えてもらったレンジでチンという裏技レシピ(紙封筒に銀杏を入れて、そのままレンジで2~3分加熱をするだけ)で、とっても美味しくいただきました[手(チョキ)]

さてさて、本堂の畳に引っ付いてしまったお尻をヨッコラショと持ち上げてLaunchに出かける。
そしてG願さんの車に乗り込んだ時、OGさんが運転手のG願さんに一言、「あみださんにお任せしますわ~」と言われた。
この時は、そんなOGさんの一言を私はただの冗談としてしか聞いていなかったのだが…。
お昼ごはんに出かけた先でG願さんが予定をしていたお店が休業していた。
「ど~しようか…」と戸惑い、入るお店一つ、運転一つ、時間配分の一つ一つを思案し迷うG願さん。
そして、「どこでもいいよ、何でもいいよ」と気遣いながら無い知恵で計らう私。
これに対して 「あみださんでも迷うことがあるんやなぁ~」と笑って構えるOGさん。
後々になってG願さんが、「今日は、‘お任せした人のすがた’というものを、OGさんから生きたご説法として見せていただきました」と言われた時、私はそれと同時に、迷い、計らい、見る目・聞く耳のない私のすがたを見せていたように思った。

3257827迷いに迷って入ったお店は地元では人気のうなぎ屋さん。 私は先週同様に ひつまぶしを注文した。
タレは三河風の濃い口で、香ばしく焼き上げられたうなぎにしっとりと合わさって美味しくいただいた。

その前に! ちょうどこの日は地元のあちらこちらの神社で秋祭りが催されていた。
3時頃に餅投げがあるから見に行こうかと神社に行く予定にはしていたが、「山車が見たい!」という私の希望をまたしても幸運が叶えてくれた。
3257828うなぎが焼き上がるのを待っている間、そのうなぎ屋さんの店前にも賑やかな祭りの音が聞えてきて、G願さんから 「もしかしたら山車が通るかもしれないよ」と言われて私がうなぎ屋さんを飛び出すと、おっしゃる通り山車がやって来るのが見えた。
そして私の前を通り過ぎたと思ったその時、引き手の掛け声と共に山車は一旦停車した後5mほどBackして うなぎ屋さんの正面、そう、ちょうど私の目の前まで引き戻されて停止固定された。
G願さんとOGさんもうなぎ屋さんから出てきて、「今からカラクリならぬ人形遣いによる舞が始まるよ」とG願さんに教えていただきしばらく待っていると、笛や太鼓の音に合わせて山車の上で人形による舞が始まり、私はしばしそれ見とれた。

話しによると山車は何台もあるそうだが、人形の舞う山車はこれ一台だけなのだとか!
それに、うなぎ屋のおばさんが 「50年来ここに生きとるけど、店の前でこれを見るのは初めてだわ!」と嬉しそうに言っているのを聞いて、SPECIAL LUCKY な今日の私に思わず乾杯したくなった[ビール]

HAPPYなお祭り見学とDELICIOUSな昼食の後は、いよいよ今日の Main Purpose へ!
ここ大浜は、わずか1kmほどの間に十数ヶ寺もの寺院が点在する寺町なのだとか。
とても半日では全てを周りきれないし、今回の目的はとりあえず西方寺というお寺だけの予定であったが、でもその前に一ヶ寺だけG願さんの案内で最初に向かったのは 東照山 称名寺、1339年創建の時宗のお寺である。
3257829この後に案内していただく美術館に、こちらのお寺からも何点かの県指定の文化財が出展展示されているとのことで連れて来ていただいたわけだが、せっかく来たのだからと本堂へと上がり込むと、たまたまお勤めをしていたご院寺さんとお話しをする機会をいただいた。
と言っても、私はそのご院寺さんとG願さんの会話に、時折チラッと耳を傾けていたに過ぎないが…、
お話しは、そのご院寺さんが最近あるお座で浄土真宗の門徒さんと会話をしていた中で大変疑問、かつ不服に思われたことがあるらしく、それについてどう思うかということをG願さんに尋ねられていた。
G願さんは、「それは浄土真宗の教義とは違うと思いますが…」、と前置きをした後で、「何せ行った記憶の無い世界(後生)のお話しを、我々人間がとやかく議論をするというのも可笑しな話ですよね」と笑いながらかわされていたのがとても印象的だった。

本当にそうだよね、基準がこの私では何の解決にもならない…
‘ものさし’というものは、真実不変なものでなければ意味がないよね…
だから法に照らし、法に聞くんだよね!                            (つづく)

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真宗高田派・専修寺 と おかげ横丁 [随筆日記]

10月三連休の初日。
お天気は快晴だし、なっちゃんはお暇だろうし、ということで金山さんがドライブに誘ってくださった。 
行き先は、私の 「久しぶりにお伊勢さんに行きたいな~」っていう思いつきで三重県に決定[exclamation] 
朝、車で迎えに来てくださり7時に出発して伊勢湾岸から東名阪へ[車(セダン)]! 
しかし、三連休の初日ということもあって道路の渋滞もなかなか激しく、のんびり ゆったり 休日ドライブ。

最初の行き先は、津市一身田町にある専修寺(せんじゅじ)。 
お寺が大~好き[かわいい]という私の性癖を知り尽くした金山さんのIdeaに感激と歓喜でウルウル[ぴかぴか(新しい)]
 
   《お勉強[メモ]》  専修寺は、浄土真宗十派のうちの一つで真宗高田派の本山。

3255985「承元の法難」により越後国へ配流流罪となった親鸞聖人が、赦免宣旨の後に関東各地を御教化中、54歳の時に明星天子の告夢を得て、現在の栃木県真岡市高田に専修念仏の根本道場(専修阿弥陀寺)を建立したのが起源とされている。
御本尊は、善光寺の秘仏の本尊を模造した一光三尊仏を迎えて安置し、親鸞聖人ご門弟の真仏上人が管理に当たられた。
3255986親鸞聖人は、道場建立後の約7年間をこの寺で過ごされ、本寺は東国における初期の浄土真宗教団の活動上重要な役割を果たした寺として次第に発展していった。
この頃 京都では仏光寺派教団が発展し、親鸞聖人没後には京都本願寺派も次第に勢力を拡大。
しばらく沈滞化の傾向にあった高田派教団を再び飛躍させたのが、東海・北陸方面に教化を拡げると共に朝廷との血縁をもって尊崇を得た、十代真慧(しんね)であった。
一身田の専修寺は、1469~1487年にその真慧上人が伊勢国内の中心寺院(無量寿院)として建てられたものだが、関東の本寺が兵火により炎上したことや教団の内部事情から歴代上人がこちらへ移住した為、ここが「本山専修寺」として定着していった。
また、専修寺は、現存している親鸞聖人の真筆文書の4割強を収蔵しており、これは東西本願寺よりも多いのだそうだ。

3255981楼上に釈迦三尊仏が安置されているという山門をくぐると、その正面には改修されたばかりの御影堂(重要文化財)。 その大きさは間口約43m・奥行約34m、725畳敷き。 堂内は金が眩くとても立派!
ただ、親鸞聖人の木像は拝すること叶わず…、それが残念!

趣のある回廊を隔てた如来堂は、御影堂よりも小振りな建物…。 
親鸞聖人の意を解していないのでは…と チョット疑問にも思ったが…
それよりも何よりも私の目を惹いたのが、とても大きなお釈迦さまの涅槃図であった。
通常は、毎年3月15日の年1回しか掛けられることのない仏涅槃図が、今日を挟んだ前後一日のみ、何故か特別公開されていた。
超LUCKY[手(チョキ)] こ~ゆ~運は付いている[るんるん]
それはとても大きなもので、昨年修復されたばかりのとても美しいものであった。
これに見とれて、しばし時間の経つのを忘れてしまった。 あぁ~、インドを思い出す・・・・・

この後、境内を少しだけ散策してから専修寺を後にして、次の目的地へと再びドライブ!

お伊勢さんには10時ごろに到着した、Good time !
五十鈴川の川原を散策してから、「まずはここ!」 と、連れて行ってもらったのは赤福本店、 川沿いの縁に腰掛けしばしの甘味Time! 
赤福を口にするのは十数年ぶりの私。 何かとっても懐かしかったです。 どうもごさそう様でした!
おやつの後は、おはらい町通りを右にふらふら、左にふらふらしながら楽しんで、伊勢神宮の内宮、皇大神宮の入り口である宇治橋へ。
この橋も式年遷宮の一貫でただいま架け替え中だったが、あと数日で完成というところ!
伊勢神宮には十数年前に一度だけ来たことがあるが、変わらない風景にチョットばかり嬉しい感じ!
守り続けるというか、受け継ぐというか、相続するというか、そんな伝統を疎ましくさえ思える世の中にあって、変わらずに守り続けているというのは、やっぱり何かいい感じ!
お伊勢さんでは実際、神云々と語ることもなければ、何に参るわけでもないけれど、時折フッと知らされる自己の内相から目を背けつつ、ただ神社の雰囲気というものを思いの範囲で堪能した。

3255987この後はお目当てのおかげ横丁でshopping! 
と言っても私が買ったのは、小さな匂い袋を一つだけ。 
本当は、日本酒も買いたかったんだけど思い切りが付かなくて買えず、後で後悔している私… うぅ…
だけど途中にあったひもの屋さんの試食の大盤振る舞いにはビックリ感激した~ぁ
味もとっても美味しかったけど、その試食品の大きさは見た目にとっても美味しかった!

う~ん、やっぱりもう一度行きたい、おかげ横丁[わーい(嬉しい顔)]

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台風よりも恐いもの… [随筆日記]

昨夜というか、今朝というか…、 台風18号が我が家の上空をお通りになった。

深夜1時頃には、雨も小降りになり風もそよぐ程度…、いわゆる嵐の前の静けさという状態であったが、2時頃になると次第に風も強まってきて、3時を過ぎた辺りから本格的な台風風が吹き始めた。
しかし、まだ雨は降っていなかったので、私は一人バルコニーに出て夜闇に染まった薄灰色の雲を見上げながら、ただボ~ッと風の音を聞いていた。
何を考えていたのか覚えてはいないけど、何だか心地よかった… ような気がする…。
しばらくすると雨が降り出してきたので私は室内に戻って…、でもライトは付けずにテレビだけ付けて台風情報を確認すると、既に我が家は暴風域にスッポリと包まれていた。

しかし…、 台風報道って、見ているとケチの付け所がすごくたくさんあるな~ぁ。
人間の裏の部分と表の部分がハッキリと表面化しているところなど、ついついテレビに向かってツッコミたくなる…。 もちろん、そんな自分の性格の悪さに、自分自身にツッコミを入れたりしながら…(^.^ゞ

繰り返される同じような台風報道にも少し厭きてきたのでテレビを消して、私はそのままソファーの上で横になった。 ライトは付けていないのに、今夜は雲が白いおかげで室内は薄明るかった。

風の声がする・・・・・
その風に、メチャメチャに振り回されている木々たちがざわめく声もする・・・・・
私は台風の声を聞きながら、眠れない目を見開いたまま、薄暗い天上をただぼんやりと見上げていた。

明け方の4時を回ると、家を揺り動かすほどのすさまじい強風が吹き荒れ、大粒の雨は窓を殴りつけ、そして時おり雷の光が夜空を青白く照らした。

早朝、5時少し前、再びテレビを付けると、もう間もなく台風が上陸するとの情報。
こちらが望まなくても、拒否しても、あちらさんから勝手にやって来てくださるんだね…。
そこで見えて来たいろいろなものを一つ一つ味わいながら、台風と共に一夜を過ごす。

しばらくして、ブランケットだけでは寒さを感じたので、私は寝室のベッドの中へともぐりこんで小さくうずくまった。
枕上の窓のシャッターを下しておいたことがかえって強風の音を増幅させ、寝室はものすごい騒音となっていたが、眠りの王様(夫)はモノともせずに爆睡中であるσ(^.^;)

私は布団に入ってからも引き続き、妄念・妄想に馳せていたが、そこでやっと一つの答えを拾った・・・
「あぁ、私はこうやって自分を騙し・誤魔化しながら、私自身を護って来たんだ」 って…。

ただ…、 台風が来るからって、みんな何をそんなに怯えているんだろう~って考えてた…。
それに、私はどうして、「台風が恐い」って思えないのかな~って考えてた…。
そして、私は台風よりも恐いもの、怖ろしいことを、いっぱい いっぱい 考えてた…。

不安?・・・   そうね…、 きっと不安にならないために・・・  そして不安を隠すために・・・

私は恐いんだ…  この世で一番、 私自身が恐いんだ…

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心を弘誓の仏地に樹てる (6-6) [仏法]

2009.9.21 S先生

親鸞聖人の『教行信証』化身土・末にある、「 慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹(た)て、念を難思の法海に流す。」 というお言葉についてお話しをいただいた。

う~ん… でも…、実は御法話中、私の頭は迷子になって先生のお話しについていけなかった・・・
ただ抽象的なイメージだけが、ぼんやりと残った感じ…。
御法話の後の雑談で、Dr.Fさんは、「このお話しはわかりやすかった! 確かに自分の上に信心を樹(た)てても、骨組みからグラついてすぐに倒れちゃうよな~」と味わわれていたのに対して、私のイメージは、「私の硬い心には、樹(た)てるどころか、何にも刺さらんぞ?!」と思った。
そ~ゆ~私の思いは法海に流して行け、と言われれば、ヘイヘイと流せちゃう感じはするんだけど、「仏さまの土地って?」、「どんな信心を樹てるの?」って疑問は残っちゃう…。

と、言うことで、S先生のお言葉をそのまま頂戴する。

「私が樹(た)てていくのは、自分の土地にご信心を樹(う)えるんじゃない。
弘くて大きな阿弥陀さまのお誓いの上に、心を樹(う)えていきなさい、樹(た)てていきなさい、育てていきなさいとおっしゃってくださっている」

「そして私から出てきたいろいろな思いは、私議することの出来ない、私の頭で計らうことのできない、私の頭でトヤカク思うことの出来ない、不可思議の法の海に流していきなさいとおっしゃっている」

あぁ、私の間違いは、こんなグチャグチャとした自分の心の上に信心を樹(う)えようとしていること。 
まさに地獄を作り出している自分の心の上に信心を樹(た)てようとしていること。
こんな堕ちて行かねばならない自分の心の中で信心を育てようとしていること。
そんな、邪魔にこそなれ何もあてにもならん私の思慮などは、全~部、阿弥陀さまの不可思議の法海に流して、‘南無阿弥陀仏’の方に、阿弥陀さまの弘誓・ご本願の大地の上に信心を樹(う)えていきなさいと聞かせていただいた。

そっか、私の心に樹(た)てたら‘我法’になっちゃうもんね! だからすぐに崩れちゃう…
じゃ~、弘誓の仏地に樹(た)てるって…、 つまり…、 自分の思慮に捕らわれることなく、そのまま聞かせていただきましょ!ってことかしら…

なんだかS先生の御法話・最終回BLOGは、仏法というよりも単なる感想文になっちゃいました…(^.^ゞ
南無阿弥陀仏                                               (おわり)

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「生起」が先の‘南無阿弥陀仏’  (5-6) [仏法]

2009.9.21 S先生

親鸞さまは、「煩悩具足」 と 「聞不具足」 というお言葉をお示しになられた。
「具足」とは、欠け目なく備わっているという意味。
私は、煩悩こそ満ち満ちているが、半分だけ聞いて半分だけ喜んでいるようでは 「ちゃんと聞く」ということに徹底できていないじゃないか!というご指摘。 
たとえば、“照育”と“照護”のところを喜んでいるだけで、肝心の“照破”・ 闇が晴れるというところを聞いていない聞き方。 また、真実の道(お念仏の教え)があるということは聞いているが、しかしその道を歩んで信心を獲たという人があまりにも少ない為、その道だけを問題にした聞き方を「聞不具足」だといわれた。

その道を歩く人も、その道を達したという人も、あまりにも稀?
でも私は、真実の教え(道)と出逢い、その道を歩んでいる友同行がいて、その道を達して「獲たぞ!目を覚まさせていただいたぞ!」とその姿を示して下さる先輩同行もいて、そしてこの道に導いてくださる先生・知識ともめぐり合えた。
これって、私が思っている以上にスゴイことなんだね、きっと!!
私は、そういう方々のお導きのおかげで、わかるだのわからんだの、喜べるだの喜べんだのと駄々をこねることが出来るのだ。

でも、「そんな聞き方じゃダメでしょ!」 なんて言われたくないから、私は自分のもやもやっとした気持ちに背を向け自分を誤魔化して、飾ってみたり、隠してみたり…。
そんな私に、「最後に本当に死んで行かんならん時、大丈夫か?…、 堕ちて行かんならんという一大事があるで~!…」 と、教えてくださる先生がいる。
皆して寄ってたかって、「なっちゃん後生は大丈夫か?…、 一人で死んで行かんならんのやで~!…」 って、心配してくださる仲間がいる。
スゴイよ…!  やっぱりスゴイよ…!!
連続無窮のお働きと、そ~ゆ~方々のおかげによって、私はお念仏の御法を聞かせていただく身になったのだと…。  今、この身で聞けるのって奇跡だよね?!

S先生は、「わからんことがあったら、お念仏に相談していけばいいんですよ」と教えてくださった。
その‘南無阿弥陀仏’には二つの意味があり、一つは「親を呼ぶ声」で、もう一つは「子を呼ぶ声」なのだと。
「南無阿弥陀仏」と呼ばれたら、「南無阿弥陀仏」と答えていく。
あぁ、そうだ! G先生に、「阿弥陀仏さまとの会話は、すべて‘南無阿弥陀仏’ですよ」と教えていただいた。 S先生のおっしゃった「お念仏に相談する」って、そ~ゆ~ことなんだ!
親さまが 「南無阿弥陀仏」と呼ぶ声が、そのまま私が 「南無阿弥陀仏」と親さまを慕う声となり、そのまま親様が 「南無阿弥陀仏・・・ お前を浄土へ連れて往き、摂取不捨して、絶対に逃さへんぞ」 と、抱きとめてくださる声となる。
親さまはおっしゃる、「南無阿弥陀仏・・・ 救われない自分だと、よう 地獄行きの自分だと聞いてくれたな~。 一番イヤなことを、よう聞いてくれたな~」 と言って喜んでくださる。

私には救われる手がかりが微塵もなかったから、阿弥陀さまがご苦労をしてくださったのだ。
絶対に救われない私だからこそ、阿弥陀さまは立ち上がらずにおれず、そこにお目当てかかっているのだ。
S先生は大きな声でおっしゃった、「地獄一定を、地獄一定と聞くだけでええんですよ!」 と。

誰の為に 何の為に 如来さまが立ち上がってくださったかというのが 「仏願の生起」、それが先。
だから、まず私のすがたを聞かせてもらう。
お浄土からご覧になられた如来さまの目、真実のその目に映った、憐れでしかたのない私の姿を聞かせていただく。
自己中心的で、目先の小さなことしかわからない、そんな私にいったい何がわかるというのか。
‘南無阿弥陀仏’なんか嫌いのまんま、わからんまんまで、けっこう! けっこう!
私の思いも、私の智恵も、何も問題にならない。  そ~だよね! だって…、
「しっかりした如来さまがおられるんです! 絶対に間違いのない‘南無阿弥陀仏’があるんです!」
と言われたS先生の大きな声が、乾いた心に乾いたまんま吹き抜けた… あぁ、南無阿弥陀仏

私のカラカラに乾ききった心から出たお念仏であっても、ドロドロと汚物にまみれた心から出たお念仏であっても、「‘南無阿弥陀仏’は、功徳の全徳施名のかたまりなのだから、大いにカラ念仏をさせてもらいましょう」と先生はおっしゃった。
そして、カラ念仏をしたらわかること、「私はまた小さい念仏にしとるな~、こんな心じゃいかんと思ってる私がいるな~」と言う、如来さまのお目当てである自分というヤツを十分に味わってくださいと。
そして、その心を変えていくんじゃなくて、そこに如来さまの願力がかかっていて、そんな私の為に‘南無阿弥陀仏’が出来上がったのだと聞かせていただいた。

(つづく)
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照育・照護 、そして 照破  (4-6) [仏法]

2009.9.21 S先生

阿弥陀さまのご本心、ご本願というのは、なんとしても、この私の迷闇を破らずにはおかない。 それが救いの実現ということです。 そこを「ひかり」による照破と味わう。 照破とは、闇が破られるということ。  (中略)
では、そこで破られるものとは一体何か? それは疑いの心です。 無明の闇、つまり迷いの根本です。 疑いといっても世間一般の疑い、煩悩の一つとしての疑いではない。 本願、お救いに対する疑いです。 つまり、自力のはからい心というものです。 これが破られるのです。
この照破こそが、真宗でいう「救いにあう」ということですから、最も大事なところです。
                                               (『念仏の雄叫び』より)

「私はなんという自惚れの塊りなのか!」・・・ なんて、スッとは思えないけど、細かく見ていけば、そ~かもしれないな~程度に思うことは出来る。 が、まぁ~、あてにならん自分の‘思い’はさて置いて、先生のお言葉を聞かせていただく。
「何一つとして誰かから頂いたものでないものなどない、 何一つとして智恵となって教えてくださったものでないものなどない、 それなのに、全部自分の力でわかったような気がしているのが私なのだ」 と。

このような御法座に参加させていただけた御縁をいただいて、何もわからんなりにもこのような御法話を聞かせていただける身になれたのは、仏さまの御光を受け、その御光のお育てをいただいているからで、これを “照育” といい、それだけではなく、この御光はいつも陰となり日なたとなって私を照らし護ってくださっている、 これを “照護” というのだと教えていただいた。
でも、どれだけ手厚い“照育”や“照護”のお働きをいただいたとしても、何の為に私を育み、何の為に私を護ってくださるのかということを聞かせていただかねばならん。 それが一番肝心なことだから。
“照育”や“照護”の御縁だけをただ喜んでいては、縁他力に留まっているに過ぎない。
如来さまの願いは、縁他力に喜ぶことではないぞ!と、耳にタコが出来るほど言われ続けて来た私。
“照破”。  私には破っていただかんならんものがある…。

G先生がおっしゃる、腹底にドーンと居座っておる一度も死んだことのない「オレがー」という私の本心。
如来さまの“照育”や“照護”のお働きも撥ね付け、自己中心の強情我慢な心で、如来さまも御法も元気いっぱいに疑ってかかる心。 これを‘南無阿弥陀仏’によって破っていただかねばならん!
これは私が破るんじゃない! ‘南無阿弥陀仏’によって破っていただく!!
「ど~やって?」
「今、ここで!」
その御法を私は、今、聞いている! 破る‘南無阿弥陀仏’を、私は、今、聞かせていただいている。
私の称える‘南無阿弥陀仏’は、私を育み、護ってくださる‘南無阿弥陀仏’。
私の称える‘南無阿弥陀仏’は、私の迷闇を破り、私を浄土に連れて帰るという‘南無阿弥陀仏’。
私一人…、この私一人の為に、私の如来さまが、私を「救うぞー!」と誓ってくださっている。
他の誰の為でもない、この私一人を救う為に法蔵比丘となられ、超越した時間とご苦労の末に‘南無阿弥陀仏’になってくださった如来さま。
石・瓦・礫の如き私には、そんなことを聞いたとてピクリともしないけど、如来さまは、そ~ゆ~私だとわかった上で頼んでくださっている。
ただ「聞いてくれ」の一心で、食べ物となり着る物となって、永~い 永~い間、休むことなく、まさか聞けるような私ではないと知った上で、「聞いてくれ」と頼んでくださっている。

あぁ、私は全く石・瓦・礫だな~と味わう・・・・・  涙もため息も瞬く間にあさっての空に消えていく…
「そんなあなたがなぜお念仏をしているんですか?!」
こんな私に、「なんまんだぶつ」と言わせるお力が働いているから…、 
そう…、私の力じゃない… だって私は仏法なんて大嫌い! お念仏だって大っっっ嫌い!!
でも、こんな私にも連続無窮のお働きがかかっているって…、 絶対に、捨てん、離さへん、という願力がかかっているんだってS先生はおっしゃった。

そ~ゆ~御力が尽きることなく、ず~っとお育てとして私の上にかかり、先生やお同行や時には憎い人となって、「お前の腹底はこ~やぞ、お前の真の姿はこ~やぞ」と教えてくださっている。
善知識や先輩同行の言葉に手をひかれ胸を借りて、仏さまのお心を聞かせていただき、御法に照らされた自己を教えられた私が、これを言葉にして友同行に伝えることもまた連続無窮の絶え間ないお働き・御力なのだと聞かせていただいた。
尽きることなく、すべての迷っているもの、この生死界を尽くしてしまおうという願力のお働きが、具体的に人となり、具体的にお念仏の声となり、具体的に御法座の場となって、私に目のもの見せてくださっているのだと。

「ここに‘南無阿弥陀仏’があるんです! 他を探してもあかん!」 と、S先生は大きな声で叫ばれた。
そして、これを私一人と聞く。 私一人の為にその願力があったんだって聞かせていただくのだと。

連続無窮の御手回し、連続無窮のおせっかい。 ホントに鬱陶しいほど有り難い! 南無阿弥陀仏

(つづく)

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親のご恩徳 「へその緒」  (3-6) [仏法]

2009.9.21 S先生 

自分の都合だけで、親や他の命を平気で奪い、大きな顔をしているのが、今 ここにいる私なのである。      (中略)
「オレが」と威張り、悲嘆で怒り狂っても、すべてが親からの頂きものなのだ。 しかも、愚かにもそのご恩徳を忘れ、恥知らずの畜生同然の身ではないか。 その無慚無愧のわが身に、阿弥陀様の広大無辺のご恩徳が降り注いでいる。 そこ一つを、今お聞かせいただけるのは、一体、誰のおかげなのか。 ご法に会わない限り、この真実に目覚めることはなかったのだ。
                                             (S先生の『巻頭言』より)

以前、S先生が巻頭言で書かれた「へその緒」を読んで大泣きしたことがあった。
「ふるさとや へその緒に泣く 年の暮れ」 という芭蕉の句から親のご恩徳を説かれ、生まれる以前から「オレがー」の心を振りかざし、ご恩をご恩とも思えない私が、こうして御法に会わせていただいたのは、誰のおかげ? 何のため? というそのお話しに心を揺さぶられた。

御法座で先生は、「どれだけの御手回しや御方便があって私は育てていただいたのかを考えてみてください…」と提起された。
だけど…、 私が考え得る範囲なんて、たかが知れている・・・。
私の知らないところで、この私にかけられた願いや御手回しがどれほどのものなのか…、 私にははかり知れないし…、 考えたことすらなかった…。
S先生がおっしゃるように、一から十までの、一ということすらわからなかった私が、今はこうして一は云々、二は云々と生意気なことを口に出来るようになったのも、覚えるものが既に仕上げられており、これを教えていただいたからに他ならない…。 
この世に命をいただいたことに始まり、今日までお育ていただいた中で、私一人の力で成せたこと?…
思いつかない・・・・・   何一つとして、自分が生み出し、自分で作り上げたものなんて無いじゃん…。
それなのに私は、自分の意思で…とか、自分の力で…とか、すべて自分で成し得て来た様に錯覚して…。

S先生は「へその緒」のお話しをされた。
「私はエイリアンです。 お母さんとは違う物体(私)がそのお腹の中に宿るわけですから」 
父と母によって母の胎内に一つの細胞が宿り、その細胞(私)がまず最初にやることは我が身を守ること。
私は、私が生き・育つ為に、まず我が身を守る為の組織を母の胎内に作っていく。
胎盤をこしらえ、母から栄養や酸素を奪い取るパイプラインをこしらえ、そして不要になった老廃物だけを母へと返却する。 
誰の為でもない、この私、自分自身の為だけに生きようと、母の都合などお構いナシで、自分中心の考えの中で成長していく。 
こうして100%母に依存しながらも、私には微塵も母のことを思いやる心などなく、ただ自分の為だけに、十月十日間休むことなく母から奪い尽くしてきたのだ。

そして、母も 私も 命がけの出産の時を迎えると、私は ただ ただ 「産まれた~い!!」という欲の塊りで母の産道をくぐり抜ける。
母が私にかけてくださった願い、「無事に」、「元気に」、なんてものは知ったこっちゃない! 
私は私のことだけを考え、私が「生きた~い!!」という想い一つでこの世に出て来た。
「親が勝手に産んだんじゃない」、というS先生の言葉が、氷の欠片のように胸の底に沈んだ…。

生まれ出た後も、休むことなくアレコレとお育てをいただいたからこそ、ご恩徳があったからこそ、今、私はこうして生きていられるというのに、私は自分の都合で死にたくなったり…、生きたくなったり…
そして、こうして仏法を聞いている間だけは、「あぁ、私が今日まで生きて来られたのも、数知れぬご恩徳のおかけだ」とか、「私一人を生かす為に、今までどれほどの他の命を犠牲にしてきたのだろう」とか、ほんの少しばかりしんみりと思わせていただくだけで、そんなのすぐに忘れちゃう…、当たり前の如く忘れちゃう…。
「全部いただきものですよ!!」とおっしゃられた先生の言葉に反応するのも、僅か2,3秒の間だけ…

所詮、人様のご苦労なんて全然興味のない私…、 たとえそれが自分にかけられたご苦労であっても…、 という冷血な自分が知れてくる… 

お腹が空けば何か食べたくなり、私は私の空腹を満たす為に、何のためらいもなく他の命を食らう。
そこには罪の意識の欠片も無ければ、ご恩徳など感じるような心もない…。
ただ ただ お腹が空けば、「あぁ、私は生きていたいんだ…」と実感できて嬉しくなるだけ…、 いつでも、どこでも、私は私中心にしか考えていない…。
しかも、「どうせ食らうなら美味しいものを!」と、自分を満足させてあげることばかり考えている…。

食べ物どころか、親にすら、ご恩徳に心をはせることのない私が、「私はご恩徳の塊だなぁ~、全部が法蔵願力の塊りで私は出来ているなぁ~」などと…、とても味わえない自分だ…  先生のおっしゃる通りだ…

(つづく)

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連続無窮のお働き  (2-6) [仏法]

2009.9.21 S先生 

     智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり  
          信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし   (『正像末和讃』)

     願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず  
          仏智無辺にましませば 散乱放逸もすてられず     (『正像末和讃』)

求道者 「どうしたら信心獲得できますか?」
S先生 「例えば昨日のG先生の御法話をそのまま聞いたら、ご信心に徹底できると思います」
昨日だけじゃない…、G先生はいつだって御法座の度に手を合わせ、頭を下げて、「どうか、聞いてください!」 って、こんな私に向かって、こんな私のために、‘南無阿弥陀仏’の“南無”のお姿になって頼んで下さる。 そのお姿こそ如来さまのお姿そのもの。

さて…、 私はなぜこのお座に座っているのか…?
お金と時間のやり繰りをして、「仏法なんか聞きたくない」という気持ちにベールを被せ、心にもない「後生の解決」をうたい文句に、北陸くんだりまで来て聴聞しているのは何故だろう…?
S先生は問う、「こうして聴聞させていただけているのは誰のおかげですか?」

仏法の何も…、 まだ年端も行かぬ幼い頃から「私が私として生まれて来た意味」などというものを考え、今こうして「出て行く先を定めたい」などと口にするようになったのは何故だろう…?
S先生は問う、「そう思わしめる力は、どこから来ているんでしょうか?」

私は、自分で考え、自分の力で行動し、自分の努力で生きて来たと思っている…
私にはその力があって、智恵もあって、全~部 自分の力で何とか出来ると思っている…
「自惚れですよ…」 と、S先生は少しトーンを下げて呟くようにおっしゃった。
そして、「これは全部、如来さまの願力! 願いの御力が “無窮” である、法蔵願力の成せる技なんです!!」 と 力強くおっしゃられた。
「無窮」とは、無限に、窮まることのない、尽きることのない、いつまでも続いていくということ。

法蔵さまの願いの御力があればこそ、御浄土も、そこに生まれる人たちも、その荘厳も出来上がった。
そして、その御浄土に向かって仏道修行をせよというのが、お釈迦様の頭念であり、本来なら自分の力で、その御浄土にふさわしい人間、清浄心・真実心に仕上がった心で、嘘や悪心などが微塵もない自分にならねばそこの住人にはなれないのだ。
ところが私は私の欲望を満たす為に、この地球すらも汚し崩している…。
それに御浄土に生まれたいだなんて気持ちもないから仏道修行をしようとも思わない…。
私にあるのは、「運よくば極楽浄土に参りたい」という希薄な夢と欲深い心だけ…。
そんな私が御浄土へ…、なんて絶対無理! 聞けば聞くほど無理、無理、無理!
ところが、仏さまの願力の方から、仏さまの願力によってなされた極楽浄土の荘厳が力となって、この私に働きかけてくださっているのが浄土真宗の御法なのだとS先生はおっしゃられる。
どういうことなのだろう・・・・・? わからない・・・・・?

「自分がどう思っていようが、思っていまいが、そういう願力の御働きがあるんです!力があるんです!
分けることの出来ない器世間(国)と衆生世間(人)の、そのすべてが法蔵菩薩さまの願力によって出来上がっているんです!」
S先生の言葉に、私の頭ではわかるはずもないお話しを聞かせていただいているのだと、カーンッと頭を小突かれた気がした…。

私がな~んにも思わなくても、仏さまなんか嫌いよ!鬱陶しいわ!と毛嫌いしても、仏法なんて大嫌い!と逃げて逃げて逃げ続けても、如来さまは一方的にそんな私にかかりきりで、ず~っと、ず~っと、こなん私に願いをかけ続けてくださっている。
その如来さまの願力によって私はこうしてここに座らせていただいているんだ、そしてこの場が出来上がっているんだ、 それが答えなんだ。

法蔵菩薩さまの願力でないものなど何もない、それが「無窮」の願力。
一時として休むことなく、この私に働き続けてくださっている如来さまの呼び声、願いが、今、ここの私の身体に降り注いでいる。
片時も休むことなく、御光となって、声となって、今、この私に届けられている。 

これを「聞く」のが真宗の聞法。
どう聞くのかというと、これをそのまま、ありのままに聞かせてもらう!
「地獄行きの私」ということは、「地獄行きの私」と聞かせてもらう。
「地獄行きが救われて極楽往きになる」って聞くんじゃないし、「地獄行き」に、獲信や、後生の一大事や、罪悪観・無常観を足したり掛けたりせず、そのまんま「地獄行き」は「地獄行き」なんだと聞かせてもらうことが御聴聞。
また、「救うぞ~!」という願力は、「救うぞ~!」と聞かせてもらう。 「救われるんだ!」と聞くんじゃないんだ。

そのまんま、ありのまんま聞せていただくだけ。
だから、私の実感なんて関係ない。
それに、私は私を中心にしてしか考えることが出来ないし、こんなコロコロと変化し続ける心を当てにしたってしかたないしね!

(つづく)

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信心獲得の方程式  (1-6) [仏法]

2009.9.21 S先生  
御讃題は、親鸞聖人 の 『教行信証』化身土・末 より

慶ばしいかな、心を弘誓(ぐぜい)の仏地に樹(た)て、念(おもい)を難思の法海に流す。
深く如来の矜哀を知りて、良(まこと)に師教の恩厚を仰ぐ。 慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。 これに因(より)て、真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。
ただ仏恩の深きことを念(おもい)て、人倫(じんりん)の嘲(あざけり)を恥じず。 もしこの書を見聞せん者、信順(しんじゅん)を因として疑謗(ぎほう)を縁として、信楽(しんぎょう)を願力に彰(あらわ)し、妙果を安養に顕(あらわ)さんと。

『安楽集』(道綽)に云わく、信言を採り集めて、往益(おうやく)を助修せしむ。
何(いかん)となれば、前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き、後に生まれん者(ひと)は前を訪(とぶら)え、連続無窮(れんぞくむぐう)にして、願わくは休止(くし)せざらしめんと欲す。 無辺の生死海(しょうじかい)を尽くさんがためのゆえなり、と。

御法話のテーマは、連続無窮のお働きを軸に、身で聞く(竹内敏晴氏)ということ、そして親の御恩徳(へその緒)についてお話しくださった。

他宗には「行」というものが用意されているが、親鸞さまが、「何れの行も及び難き身」とお示しくださった通り、私は「行」など出来るモノガラではないとお聞かせにあずかるのが浄土真宗であり、つまり、「行」ではなく「信」を重視し、その「信」というのは、「信じること」ではなく「聞くこと」であるとお話しくださった。

この「信心」とは、私が「信じている・信じていない」という自己信心ではなく、聴聞することによって起こってくる「信心」である。 と、聞かされて湧き出てくるのが、「理屈では理解できたという頭」と、「これを承知せぬと言っている腹底」との不一致である。   
そして、この頭で思っていることを腹底でも頷けるようにとアレコレ計らいながら苦労していることを求道・聞法だと勘違いしているのが私。

その計らいをS先生は、‘獲信の方程式’ と名付けられ、その組み立ての一例をあげられた。
聴聞すれば‘罪悪深重’も理屈の上では理解でき、これでは地獄行きだ~、くらいのお育てはいただいたとしても、そう頭の先の方で思っているだけで、実は身にはついてはいない…。
ご聴聞に合えば、‘無常’ 死んで行くということも、ピンとは来ずとも否定もできず、地獄行きと聞かされれば、それじゃ~往生極楽の身にならせていただこうと思うだけ…。
しかし、地獄行きがそのまま極楽往きになるはずもないし…、と、計らって、地獄行き = 極楽往き になる為の方程式、言い替えれば、信心獲得をして往生一定の身となる為の方程式をアレコレと考える。

例えば、獲信するには、後生の一大事を身に取り詰めねばならん! → 後生の一大事を身に取り詰めるには、‘罪悪観’・‘無常観’を深めねばならん! → ‘罪悪観’・‘無常観’を深めるには、しっかりと聴聞せねばならん! → しっかり御聴聞するには、命がけで聞かねばならん! ・ ・ ・ ・ ・  などと計算し、地獄一定の私が、往生一定の身となるために信心獲得をせねば! との努力を試みる。

はぁぁ~・・・  S先生のお話しを聞きながら、大きなため息が出た…。
このお話し、他人事で聞いている分にはとても可笑しな話しで笑えてもくるし、これで求道だ、聞法だというにはあまりにもお粗末ではないかと呆れてもくる。
だけど自分はどうだろう…。 「獲信」という言葉こそなおざりにしているけれど、「信心が欲しい」、「安心な身になりたい」という思いが無いとは言い難いじゃないか… 
「そんなこと言えるような私ではない…」と、ただ単に自分に言い聞かせているだけではないか… と、不安になってくる…。

そんな気持ちを見透かされたようにS先生のお話しは続いた。

往生極楽の喜びが、腹底から喜べない…、往生一定の安心も、不安でモヤモヤとする…。 
このモヤモヤをスッキリさせて安心したい、腹底から喜びたい、有り難い念仏を称えたい、・・・・・  
そして・・・・・、  そうね…、あの人のように…、 と他人に目をやる…。
涙を流して有り難がっている人や、湧き出るお念仏が止まらない人を見て…、  羨ましいな~
私はあんな心境にはなれんし…、 私もハッキリと喜べる身にならねば…、 と・・・・・ 自分の頭の中で一人勝手に七転罵倒しているだけ…。
いつも、なんでも、私の都合に合わせ、私の手元でど~しようかと思案し、自分の良し悪しの世界の中で答え合わせをしているだけ…
「いくら真剣に聴聞しようとも、自分の頭の中でお説教を聞いているだけではダメ!」 というS先生の言葉がチクリと痛かった…。 そうだよね、我法に持ち替えちゃったら、仏法じゃ~なくなっちゃうもんね…。

ただ一つ、「私は死んでいく…、そうして堕ちて行く…」 という如来さまの教えを、そのまま聞いていく。
‘罪悪観’・‘無常観’がわかろうがわかるまいが、‘後生の一大事’がわかろうがわかるまいが、私は死んで行かなあかん!
私が感じられようが、感じられまいが、どう思おうとも、思わなくても、私は死んで行かんならん!
真実の目からごらんになられた如来さまの言葉を聞く、「私は死んで堕ちて行く…」ということをお聞かせにあずかるのが聴聞。
私の心に法を合わせ、これをこねくり回すことは、信心でもなければ聞法でもない!
如来さまのお声を、私がこの身で聞かせていただくことが御聴聞なのだとS先生はお話しくださった。

(つづく)

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ゴキブリだって仏さま… [心]

命…、 いのち、いのち、いのち ……  今まで、“命”について、深く考えたことなどなかった・・・・・
自身の生死について多少は思案することがあっても、己の僅かばかりの智恵を最大限に駆使して出て来る答えは、いつも いつも 「私の命は私のモノ」 という考えの基に、今生レベルで、自己中心的で、その時々の思いに大いに左右された不確定な空想物語りでしかない…
深く考えれば考えるほど、「本当に何にもわからない」 という答えに収まってしまう。
どうして生まれて来たのか…、何のために生きているのか…、そしてなぜ死ぬのか…、死んだらどうなるのか…、 それらの答えを自分の中に探しても、私の中に揺るぎのない答えなどなかった・・・・・

それがどうだろう…、 お釈迦様の教えの中には、ちゃ~んとその答えが、明確に示されている。
仏教の「ぶ」の字も知らない私が、たまたま目にした 「人身受け難し今已に受く、仏法聞き難し今已に聞く」という言葉に、意味も何もわからないままに強烈に惹き付けられて、そしていつのまにか「南無阿弥陀仏」と称えさせていただいているこの不思議…
それを今日、改めて教えていただいたように思う。

今日、夕食を作っている時、目の前を一匹のショウジョウバエが通り過ぎた。
一度目はこれを見過ごした。 
しかし、二度目に目の前で騒がれた時にはチョットばかりムッとして、
そして、三度目に料理の邪魔をされた時、思わず飛び出した私の左手は、その小さな命を握りつぶしていた。
「あ~、スッキリした!」
小さい頃から虫の命を殺すことなど極当たり前にしていたし、今だってヤツ等を生かしておくことこそが悪とばかりに殺しまくっている。
ところが仏法を聞き始めると、命の平等を教えられ、それと同時に地獄の世界を聞かされる。
これは自分にとって都合が悪い…。
それからは虫を殺しながらも口先だけでゴメンネと誤って、覚えた‘なまんだぶつ’を利用する。
ただ単に、「虫は殺しましたが、地獄には堕ちませんように!」という祈りの‘なまんだぶつ’だ。 
その心根は、「私の前に現われるからいかんのだ! あ~ぁ! 私に殺生をさせたお前が悪い!」 と…。

ショウジョウバエを殺して、「あぁ…、頭で思うよりも先に、平気でその命を握りつぶしたこの手こそが我が本性…」 と、少しは後ろめたい気持ちにもなったが…、  
その時、カサカサカサっと嫌な音が耳に飛び込んでくると、既にショウジョウバエのことなどすっかり忘れ去り、戦闘態勢に構える私…。
時々、隣家のゴミ屋敷から飛んでくるゴキブリが、今日も我が家に不法侵入したもよう!
案の定、ドでかいゴキブリが壁づたいの床をダッシュするのを確認して殺虫剤を噴射する!
これでもか! これでもか!というほど殺虫剤を浴びせて、「早くクタバレ! 早く死ね!」と念を込める。
こんな時には命の平等も、地獄の恐怖もカケラもない…
壁づたいに苦しそうに歩いていたゴキブリの動きがフッと止まり、死んだかな? っと思った次の瞬間、そのゴキブリが壁を背にして私の方へと向き直り、そして今にも飛びつかんばかりに体を前後させて視線で威嚇してくる。 私も負けじと止めの一噴射で応戦する。
そして 「来る!」 っと思った瞬間、 ゴキブリは仰向けにひっくり返って息絶えた…。
戦いには勝ったが、なんだか後味が悪い…。 最後のあの視線があまりにも強烈だった…。
「覚えておけ! いつか目にモノみせてやる!」と言わんばかりの最後であった…。

それと同時に、「あぁ、私は今まで何一つとして自分の力で成し得たものなどなかった…」 という思いが湧いて来た。 とても奇妙な同一感だった。

私は今まで、御法話やお同行の話しを聞きながら、あ~してみよう、こ~してみようと様々に計らって来たけれど、結局は、自身の思いの中でアレコレと思案をこねくり回すばかりで、何一つとしてその通りにしたこと・出来たことなどなかった…。
知ったとか、覚えたとか言っても、それは一時的なことで、次の瞬間にはすぐ忘れちゃうし…
だけど思い返してみると、自分では理解できず、何一つとして実践できなかったことの数々が、その数日後にはまるで仕組まれたように、この身で感じさせていただけることが何と多かったことか…
頭ではわからない、自分は何も出来ない・していない、罪悪深重、命の儚さ、孤独、そんな様々な教えをこの身で感じさせていただける出来事が、近時な未来にちゃ~んと用意されていて、私はそれらをいつだって自分の所で受け取っては、その都度放り投げてきた…

でも何だか今日は少しだけ違う。
G先生がよくお話しくださる御法に、「仏さまが無量の命となって、私どもに食べられてくださる」と教えてくださるが、「あぁ、食べ物だけじゃなかった…」 と思った。
私はショウジョウバエを殺した。 ゴキブリも殺した。 私にとって不都合な敵だったから…
でも、私はそうやって 何度も 何度も 仏さまを殺し続けてきたんだ…
仏さまは、私が食べる生き物の命だけじゃなくて、時にはショウジョウバエとなり、時にはゴキブリの命にもなって私に殺され、そして教えてくださっているんだ…
すべてが私の為に用意され、すべてを私の為に投げ出してくださっている…
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏   今日もカラ念仏を称えさせていただけた。 

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言い訳ばかり で ひつまぶし? (^-^; [随筆日記]

しばらくBLOGのUPが滞ってしまった… (^.^ゞ
書きたいことは山とあるのだが…、ま~ぁ、言い訳も盛りだくさんで…(^^;) ボチボチとBLOG再開!

気がついたら、もう10月… 青森から帰って来てちょうど二ヶ月が過ぎたことになる。 信じ難い速さで時間が流れていく…
いやいや…、時は常に一定の速さで進んで行けども、私の側の都合で、早く感じたり、遅く感じたりしているだけ…  一時とて、その速度に違いはない…  そして、決して止まることがない…
朝晩の気温がグッと下がって、また、外界の風景からも秋へと移りゆく時の流れを教えられ、こうしてため息を一つついている間にも、刻々と私の命の灯火は尽きて行くのだということが、薄ぼんやりと肌に感じられる…

10月の初日、そんな秋の一日を、一人書斎にて御法話を聞きながら過ごした。
先日、福井の御法座でのS先生の御法話である。
あれから まだ数日しか経っていないのに、聞いていてすごく新鮮な感じ。  と言うことは…、 
裏を返せば、御法座では何も聞いていなかった…、 ということになるのか?
ホントに、一つ、二つの、それも断片的なものしか頭に残っていないことを知らされる。
S先生の御法話をいただく前は、いつも いつも Surfer気分!
目の前に来た BIG wave に、ドキドキ ワクワクしながらも、恐いけど逃げ出せない… って言うか、 何て言うか…?!

振り返ってみると、やっぱり御法座の最中は、自分の思いに捕らわれたり、人のことが気になったりと、今回、先生がお話しくださった通りのそのままの私であった。
聞きなおし一回目は、軽い感じで、笑ったり、お念仏を呟いたりしながら聞き、
聞きなおし二回目は、所々でStopをかけながら、簡単にメモを取りつつ聞き、
聞きなおし三回目は、自分のところでの味わいを混ぜ込ませながら聞いた。
いつもだったら、2,3回聞いて、サラサラっと御法話日記にまとめちゃうんだけど、今回はなぜかそれが出来なかった。
そんな時は必殺奥の手を使って、先生の言葉をパソコンで文字にしながら味わう。
そこでやっと聞えてきたのは、「こんな私にも響くところがあるっていう不思議を、私は頭の先っぽの方で確かに感じながらも、軽く聞き流すことしか出来ん自分だな~」ということ…
お同行さんが、「今日の御法話は、わたし一人の為の御座でございました」とよく言われるけど、私も以前はそんな気持ちになったこともタマにはあったけど、最近はチョット違う感じ…。
今回の福井法座では、MK先生にも、MO先生にも、G先生にも、S先生にも、私は全部見抜かれてる。 
「私の為に言ってくださっている」 な~んていう有り難さじゃなくて、私を見透かして、私を指摘しているような、そんな心痛さがあった。

と、 言うわけで(^.^;)、 御法話日記をBLOGに書けなかった。 (という言い訳)
ま~ぁ、Friday night ~ saturday night まで、身体が悲鳴を上げるまで出歩いていた… 
(;^-^)ゞ というのがホントの言い訳だけど…

2日の夜は岐阜で飲み会! テーブルいっぱいに並べられた死体となった生き物の数々々々々々…
殺生に夢中になって、写真を撮るのを忘れてしまったが…
3日のLaunchは、熱田の あつた蓬莱軒 という、ひつまぶしが人気のお店にて美味しく殺生した…
う~ん… ‘食べ物’ を ‘生き物’ と言い、‘食事’ を ‘殺生’ と言い替えるだけで、なんだか都合の悪さに心がチクリ…

ひつまぶし(櫃塗し)は名古屋の郷土料理。 
3231720一人前のおひつに、小さく切った鰻(うなぎ)の蒲焼を入れたご飯で、その食べ方にはルールがある。
最初は、そのままお茶碗によそっていただく。
次は、その上に長ネギ・あさつきなどの薬味を乗せていただく。
最後は、そこにわさびや海苔などを乗せ、だし汁をかけてお茶漬けのようにしていただく。
それぞれに違う味が楽しめるけど、私は、最後のお茶漬け風が一番好き! 
あつた蓬莱軒 は、ひつまぶし発祥の店としても有名でこの日もたくさんのお客でごった返していた。
私たちは、結果的に、のれんを下した後に無理を言って入店させてもらったので、待ち時間ナシで食にありつけLUCKYだった。
体調が悪くても、ド~ンと食べられるほど美味しかったで~す[るんるん]

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