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2009夏 一人旅・回想録 13 ( 松島駅 → 気仙沼駅 ) [Travel]

朝、出発前に時間に余裕があっても、この後のスケジュールが気になってなかなか落ち着くことができないので、やはり早めに Check Out して駅へと向かう。

松島駅は予想外に小さく、とても静かな駅であった。
まだ誰もいないホーム。 駅向こうの森の中からセミが力強く鳴いている一方で、遠くホトトギスのやさしいさえずりが耳に聞こえ、視線の先の線路のわきには紫と紅のガク紫陽花の花が、昨夜の雨で息を吹き返したかのように美しく咲いている。
今日の空模様は薄曇り。 小さくそよぐ風が頬をやさしく撫でていく。 
私は、とある初夏の朝を描いた絵本の中に佇んでいるかのような錯覚をおぼえながらも、何度も出る大きなため息に少しウンザリしていた。

「自分に正直になる」って、ものすごく身勝手で、我儘で、傲慢なことだよね・・・・・
「自分にウソをつく」って、ものすごく惨めで、悲しくて、辛いことだよね・・・・・
だけど、どちらも苦しいってことには変わりなく、結局、私がどんな生き方をしようと、どんな自分でいようと、生きているということ、生きてゆくということ自体が苦しみなんだ・・・・・
そんな思いが幻想の絵本の世界を暗闇に変えてゆく。

列車がホームに入ってきた。 乗客は少なく、車内はとても静かだ。
さぁ、どうしよう?! 次の乗り継ぎ駅である小牛田(こごた)まで20分しかない。
このまま東北本線で北上して盛岡あたりで食べ歩きなどしようか? それとも三陸鉄道に初トライ!?
この時、曇り空の切れ間より日の光が列車内に差し込み、これをきっかけに「海を見よう」 と決め、三陸鉄道リアス線で青森へと向かうことに決めた。

小牛田から南三陸1号で気仙沼へ向かう列車では、海を眺めるには最高のシートを確保できたが、通路を挟んで隣のシートを、一人旅の男性より横取った三人組のおばあちゃんたちがとにかくうるさくて、周囲の乗客も一人二人と渋々車両を移動するほど…
しかし私はこのシートを離れたならば、海を望むことは出来まい…と思って、しぶとくも座席は移動はせずに、この賑やかさに耐える道を選択した。
それが良かったのか、悪かったのか…、 おかげで何の思案も出来ず、今日は心苛立つままの列車旅となった。

小牛田駅を出てからしばらくは宮城らしい田園風景が続き、志津川辺りまで来るとトンネルの合間に 山あり 田あり 海あり と、次々と変化する風景が退屈する隙を与えない。
お腹が鳴った…、 隣りでひたすらに食べ続け、しゃべり続けるおばあちゃんたちに影響されてか少しお腹が空いてきたので、宿で作ってもらったおにぎりを一つ食べた。
塩味はついていないが、大きな自家製梅干の入ったおにぎりは、なんだかとっても懐かしい味がした。

昔、毎年お盆休みに帰省する度に、帰りの道中で食べるようにとおばあちゃんが作って持たせてくれたおにぎりと同じ味がした。
おばあちゃんの作るおにぎりは、真ん丸くて、爆弾みたいに大きくて、おまけに塩気も薄ければ、中に何の具も入っていない、お米の味をまるまる満喫できる特別製の握りメシだ。
その大きなお米の塊りに、大きな海苔を何枚も使って包んでいく。
一番デカイのはお父さん用のおにぎりで、その次はお母さん用のおにぎり。
少し小さいのが私用で、一番小っちゃいのが妹用にと、おばあちゃんが愛情たっぷりにこしらえてくれたもので、それでも一度では食べきれないほど 大きな 大きな、そして気持ちのあったかくなるおにぎりだった。

懐かしいな~
でも、もう二度と食べることが出来ない・・・・・ 思い出の味は、思い出の中だけのもの・・・・・
祖母が亡くなった時も、母が亡くなった時も、 あぁ、すべてが思い出になって行く… と思った。
二度と手に入れることの出来ない時間の中に、次々と詰まって行く思い出を、私は一見、置いてきぼりにしているようでいて、実はその中に心地よい寝床をこしらえ、いつも、いつまでもそれにしがみ付いて離れ切れずにいるのではないのだろうか・・・・・・

そう思った時、「死ぬまでやってな!!」 と 冷たい言葉が耳をかすめた・・・・・・

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