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本当は・・・・・ [Poem]

本当は、涙も声も枯れ葉てるまで泣きたいのに…
   でも、癪だから泣いてなんかやらないの!

本当は、大声でこの胸の怒りをぶち撒けたいのに…
   でも、そんなみっともないことしたくないから我慢するの!

本当は、何もかも人のせいにして、自分だけは守りたいのに…
   でも、そんなのカッコ悪いから都合よく自分をごまかすの!

本当は、喉元に詰まったこの苛立ちを爆発させてしまいたいのに…
   でも、結果的に自分が傷つきそうだから一生懸命抑えるの!


本当は、寂しくって、淋しくって、さびしくってしかたがない…
   だけど、それを認めたら生きて行かれないから無視するの!

本当は、気が狂うほど、あたたかさに、愛に飢えている…
   だけど、哀れみをかうのなんて情けないから愛情太りを演じるの!

本当は、苦しくって、辛くって、気が狂ってしまいそう…
   だけど、今の自分を見失いたくないから笑顔でそれを隠すの!

本当は、もう…、生きていたくなんかないのに…
   だけど、“生”に執着する心がどうしても殺しきれないの!


本当は、独り、死んで行かなきゃならないのが恐いのに…
   だから、私が恐がらないように“死”をきれいな色で塗りつぶすの!

本当は、御法座なんかに出たくないのに!
   それなのに、いつのまにか先生の前に座っているバカな私…

本当は、仏法なんか聞きたくないのに!
   だって、聞いても、聞いても、聞いても、聞いても、どこまで聞いても平行線…

本当は、お念仏なんか称えたくないのに!
   なのに、仕方なしにだけど、口から出ちゃう時がある…

本当は、何もかも忘れてこの現実から逃げ出したいのに…
   けれど、どうしたってくっついてくる! 鬱陶しくくっついてくる!

でも、本当は…、 本当の望みは…、
   助けてよ!   どうにかしてよ!!   早く、早く、救ってよ!!!

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高山法座 ~ 一周年 ・ 後一歩が永遠に・・・ ~ [法座・座談]

真夜中、シャワーを浴びてから布団に入ったのは朝の四時少し前。
二時間ほど睡眠をとって法座二日目の朝を迎え、早朝からTMさんと二人で昨夜の懇親会の後片付けをしながら、今にも泣き出してしまいそうな気持ちを整える。
TMさんをはじめ、Kaさん、ETさんが、私のことをとても心配してくださっているのがヒシと感じられるが、その優しさに甘えきれずに、「私は大丈夫だから! 私は元気だから!」と笑顔で応え、慌ただしく働きながら私は暗い気持ちを紛らわした。

朝食の後、KaさんとSyoちゃんがアレコレと関わってくださったこともあって、午前中の座談会はお二人の分級に参加させていただいた。
座談は、今回が初聴聞となるRyo君を中心に仏法の基本的な知識から真宗のご信心についてKaさんがお話しくださった。
その中で、「どうして生まれてきたのか、なぜ仏法を聞かなければならないのか」というお話しをされた時、私は自分の原点をフッと思い出して、幼い頃のあの辛い記憶に胸の締め付けられる想いがした。

私は眠るのが恐かった・・・・・・。 
保育園のお昼寝の時間にも、三年間、一度も寝たことがないほど…。
夜は毎晩恐い夢にうなされて、泣きながら悲鳴をあげて目を覚ませば、今度は「泣くな!」と父に叱られ、真っ暗闇の納戸の中に閉じ込められて現実の恐怖に泣き叫んだ。
「恐い…、恐い…、 生きているのが恐い…。  死にたい…、死にたい…、 なのにどうして死ねないの?」

小学校三年生の時、一学期の成績が落ちたことで父に酷く叱られた・・・・・
「そんな子に育てた覚えはない、一緒に死のう」と大きなハサミを振り上げられた時…、 私は、「生まれて来てしまって、ごめんなさい」と謝った。

それからず~っと、「私は何の為に生まれてきたの?」、「私の存在は迷惑しにかならないのに、どうして私は生きているの?」、そう自分自身に問い続けていた…、それなのに・・・・・・
その答えが、仏法を求めだした時に出遭った “人身受け難し今已に受く、仏法聞き難し今已に聞く。” の御文に、ここにすべての答えがあると直感したのに・・・・・・
それをすっかり忘れて聴聞している私の姿がここにあった…。
今は、「なぜ、生まれてきたの?」 ではなく、 「どうして信心くれないの?」 の、浅ましい私しかここにはいないと…。

昼食を済ませてからしばらく休ませていただこうと二階に上がったところで、今日は初対面のAMちゃんが、「遊ぼ♪」と顔をのぞかせた。
昔っから何故か子供との縁が深い運命?みたいな性分ゆえに、今日も休憩するのはあきらめてAMちゃんと二人で午後からの御法座が始まるまで一緒に遊ぶ。

この日の御法座はいつものG先生とは違う迫力で、私に向かってカーブなしの直球が飛んできた。
昨夜のG先生の御心と何一つ変わらない祈りにも似た願いが私を揺り動かそうとするが、当の私はピクリともせずに座布団の上でふんぞり返ったまま一歩も前に出ることができない。
「嫌だ! 嫌だ! こんな自分はもう嫌だ!」と駄々をこねることしかできなかった・・・・・

最後の座談会では司会のMK先生が自ら一歩前へ出る私の一言を待っておられたが、結局私は自分から出て行くことが出来ずに、MK先生に手を引かれて渋々と言葉に出してゆく。
私は…、 私は、仏さまを傷つけるのは全然平気なくせに、自分は傷つきたくないと思っていた…
だからETさんから尊い言葉をいただいても、私は昨夜KYさんから言われた「反対側から見る」ということが出来ずに、頭を使ってその心を思案していたのだろう…、全然言葉にならなくなった…。
そして自分を見失い…、 Syoちゃんがそんな私の本心を引きだそうとしてくれたのだが、私はそんなSyoちゃんの心とは逆に自分の世界で自分の仏様と向き合おうと必死になっていた。
またMoさんからは、「なっちゃんが高山に来てからちょうど一年だね、 あの時も今も薄皮あと一枚の同じ場所にいるが、これからもそこに留まっていくつもり?」と言われ、私は永遠に抜け出せないかもしれない… と、思った…。
そんな重っ苦しい空気に全身が硬直し始めた時、今までだまっておられたG先生がスッと両手で私の心をすくいあげてくださって、そして私の口からは自然にお念仏がこぼれ落ちた。
と同時にS先生の、「おがんで助けてもらうんじゃない、むこうからおがまれて思いとられるお救いなんだ」という言葉がフッと聞こえ、「他人が何と言おうと、自分の心がどんなんだろうと、私はいつだってこのお念仏が聞けるじゃない!」 と、 ただ‘南無阿弥陀仏’、 ただのただの‘南無阿弥陀仏’ を 聞かせていただいた。

高山法座も無事終了し、後片付けもおおよその目処がつき、East家での任務を終えた後、先生方のお見送りするお役をいただいた。

そして、G先生、MK先生、Kaさん、KYさんの五人で夕食をいただいたレストランでは、先生方お二人が代わる代わる私の為に御法を説いてくださった。
それは全然難しいお話しでも硬いお話しでもなく、私のやっている日常のアレコレがいかに罪作りなものなのか、これに対して私はどういうモノガラなのかということを具体的に聞かせてくださり、これらを生活の中でどのように観ていけばよいのかということを実践的にやって見せてくださった。
そして、私にこれを観せてくれるこの世のすべてのものが、この私一人の為に御法を説いてくださっているのだと、先生方は言葉ではなく自然なかたちで私に説いて下さった。

夕食の後、駅のホームで電車を待つ間、G先生と夕日を眺めながら日が暮れ行くこと、そして雲が流れて行くことをお話しした。 無常は、無常と・・・・・・

先生方の乗った電車が見えなくなるまで見送って、駅のホームに一人残された頃には、夕焼け雲もすっかり消えて薄暗い夜闇がもうすぐそこまで迫っていた・・・・・・

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高山法座 ~ 私でいっぱい な 空っぽの私 ~ [法座・座談]

翌・法座の初日、朝は5時半起床で、まずは朝食の仕度から始まった。
しっかりと朝食をいただいてからはさっそく夜の宴の準備に取り掛かり、キッチンという戦場で私は畑から届けられた野菜と共にくっ付いてきた虫たちと悪戦苦闘をしながらETさんとのお料理を楽しむ。

10時のおやつTimeにはやっと腰を落ち着けることができ、KaさんとTEさんとRyoくんの四人で、私のお気に入りの和室にて高山の美味しい桃とお菓子をほおばりながら、ボ~~~っと広い庭園を眺めしばしの休息にホッと肩の力も抜ける。
そしてKaさんが、「この家は購入する気もなく手に入った、本当に不思議としか言いようのない因縁で住むことになった家なのだ」ということをあれこれお話しくださった。
ETさんは、「ここが自分の家だとは思えないの…」と言われた。
‘家’と言うよりは‘お屋敷’。 そしてこの日本間から望む日本庭園には、どこか懐かしい安らぎがあって、庭を流れる小滝の音は、とても心を穏やかなものにしてくれる。

おやつの後からは昼食の準備。 そしてお昼前には指揮官のTMさん登場で現場に勢いが増す。
今日のLaunchはRyoくんとの共同作業でとんかつ定食を五人前! 楽しく美味しくいただきました!

昼食後には再び今夜の準備に追われたが、お昼のおやつの時間にはちょっとばかし休憩時間をもらって二階で少し横になる。  が、しかし、5分もしない内にUIちゃんが、「遊ぼ♪」と登場して、結局法座の準備はそっちのけでUIちゃん&UMちゃんとゲームを楽しみ、Taパパさんもお昼寝中だったし、ま~ぁいいか!と、2時間近くも遊んでしまった(^^ゞ

その後は再びキッチンにて夜の宴の準備と夕食の仕度に取り掛かる。
今夜のおかずは鮭の塩焼きをメインにお野菜メニューの数々が食卓に並べられ、Launch同様五人で美味しくいただいた。

そろそろG先生ご一行のご到着!という時間も過ぎたころ、お迎えに出たTaさんから、「先生の乗られた電車が途中でストップしたまま、まだ到着されていない」との連絡が入った。
停車原因不明のままTaさんとの電話でのやり取りが続く中、Dr.Hさんから電話で、「5分後に運転再開」との連絡が入り、先生の乗られた電車は一時間以上も遅れて高山駅に無事到着。 停車原因はブレーキ故障とのことであった。
これで初日の御法座は一時間遅れてのスタートとなった為、全体座談の時間は自己紹介のみにとどまり、そのおかげか懇親会にはほぼ全員が参加されてとても賑やかな宴となった。

しかし深夜12時頃には大半の人が帰られ、残ったのはG先生、Kaさん、KYさん、Syoちゃん、Dr.Hさん、そして私の六人のみ。
場の空気はガラリと変わって、皆の気持ちが私一人に向かっているのがとても痛く感じられた。
逃げたい・・・、 逃げちゃダメ・・・、 逃げられない・・・、 逃げようか・・・、 そんなことに気持ちが偏りながらも、KYさんに、「BLOGのようにもっと自分を出して行かなくっちゃ!」と押されて ポツリ ポツリ と心の内を浮かんできたままを言葉に出していく。
文章になっていない私の言葉のすべてを否定することなく聞いてくださった後、KYさんは、「今のなっちゃんの言葉を全部反対側からみてごらん」と言われた。
私の側からではなく、仏さまの方から・・・・・  そうか、私は全然逆なんだ! と気付く。
でも、気付いたところで、「わからん…」「私はダメだ…」「どうしよう…」と、心はいつもの底なし沼と化するばかり…。
これを切り替えなければ!とすればするほど、「どうすれば?!」「どうにかして!」の悲鳴が飛び出す。
お同行のいろんな言葉に逃げ道を探すかのように、「皆は私に何を望んでいるの?」という方向違いな道へと迷い込んでしまい、ますます訳がわからなくなっていく。
ただ、真横にいてくださったG先生のお心がダイレクトに私の胸に突き刺さり、それがとても苦しくて、私はG先生に諭されるまま両手を合せてお念仏へ逃げ込んだ。
何も変わらなかった・・・・・
いつもは、お念仏を始めると心が空っカラに乾いていくが、この時は重くも軽くもならず、乾きも潤いもなく、ただ、G先生の言葉に相づちを打つようなお念仏だった。
私の称え心なんか関係ない! これしかないんだから! と、心の中で繰り返す内に、「あぁ、そうだ、そうだ! これが私の仏さまだ! 私の口から出てくださったたった一つの真実だ! ‘南無阿弥陀仏’の親さまだ!」と少し嬉しくもなって称えるが、しかし「もっと大きな声で!」などと言われる度に逆に声は小さくなって行き、先生の、お同行の期待に応えるにはど~したら…と表の自分が肩を張る。

そんな中、G先生が、「この家は、Kaさんが、仏さんが、あんた一人の為に購てくださったんやで~」と仰られたその言葉が、Kaさんの、「不思議な因縁で住むことになった家なんだ」と言われた言葉と結びついて、ひどく恐縮しながら複雑な思いになったことだけ覚えている・・・・・

そして、一人、二人と部屋からいなくなり、私はひとりぼっちでお仏壇と向き合った。
「阿弥陀さまが泣いてる・・・・・  私がダメだから・・・・・・  全然ダメだから・・・・・・」

深夜三時。 明日の御法座に差し支えるから少しは寝なきゃ~ と お仏壇を背に振り向くと、一時間も前に寝室へ入られたはずのG先生がヒョッコリ現われて、「まだ休まんのか?」と優しく声をかけて下さった。
その一言が、あの時の私の心にとても深く沁み込んだ。

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高山法座 ~ 夏の高山へ ~ [法座・座談]

前回の高山法座参加のおり、次回の御法座のヘルプを依頼していただき、一も二もなく喜んでお手伝いをさせていただくことになり、今回は御法座の前日より泊り込みで高山法座に参加させていただくことができた。

一ヶ月前、「仏法も聴聞も何もかも捨ててやる~!」と言う状態になった時は、この義理…というか約束だけは果たさねば…と、今回、高山法座のお手伝いをさせていただくことが、私にとっては重い足枷となり、また結果的には私と御法との命綱ともなった。

出発前の一週間はとにかくスケジュールが立て込んでいて、とても腰を据える時間などなく、こんなガチャガチャした気持ちで出かけても大丈夫だろうか…とも思ったが、それがかえって無駄に自分を思案することなくこの法座に向かえる結果となり、いつものような重っ苦しい気持ちからは開放されていた。
逆に、心地よい緊張と初体験のドキドキっとした明るい不安の中、慌ただしく準備を整えて高山へと向かう。

家を出て駅へと向かうバスに乗っている時に、フッと小さなことが気になった。
パソコンの電源はちゃんと切って来たっけ?  そうするとまた、ワンちゃんたちのお水は足りるかしら? などと別の心配が顔を出す…。
こんな時は次から次へと心配が連鎖して大きな不安へと広がってゆく黄色信号が点灯した合図で、あわてて自分の修正にかかった。
しかし電車に乗ってからも、電気は消したか? トイレは流したか? 冷蔵庫は閉まっているか?なんてバカみたいに些細なことまで心配になってきて止めどがなくなった。
薬を飲んだ方がいいかな?と思い立った時に、とんでもないことに気がついた。
「しまった!! 薬を忘れた!!!」 
それまで小さな不安の種火で収まっていたのに、これで頭の中は猛火と化し、半分パニックを起こしながらバッグの中を何度も何度もさばくってみるが、薬のケースはどこにも見当たらない。
当たり前だ…、入れた覚えがないのだから…。  最近は調子が良くて、すっかり気が緩んでいた…。
どうしよう…、どうしよう…、 ここで薬を家へ取りに帰るという行為は、今日の出発をあきらめるということになる…。 それは私にとってこの法座への参加どころか、今後の聴聞をもあきらめる…くらいの大きな不安になっていた・・・
「忘れちゃったんだから今さらクヨクヨしたって仕方がないじゃん!」などといくら軽く考えようとしても、どうしよう~ どうしよう~という不安は消えてくれない…
これを抑える薬だもの…、 それを携帯していないというだけで、不安は益々増幅する・・・
「これがチャンスじゃん! 薬がなくっても私は大丈夫!大丈夫!大丈夫!」と何度も自分に言い聞かせるが、不安と苛立ちの波は交互に押し寄せ止まらない。
たまらずに愛先生へメールを入れると、お仕事中にもかかわらずすぐにお返事をくださった。
その言葉に徐々に心の過呼吸は治まり、次第に落ち着きを取り戻すことができた。

不安の炎が鎮火してくると、やっと他のことが見えてくる。
今まで目にしていながら全然見えていなかったこと、それまで感じていながら全然気がつけなかったことの数々に、我ながら小さく驚く。
不安に支配された心では、何も聞けない・・・  それは仏法に限ったことではない…
いつだって私はそんな自分の心に支配されて、目に見えているもの、耳に聞えてくるもの、身体で感じているもの、それらすべてを無意識の内に排除して、自分自身で頭も心も満タンにしてしまっているのだと思った・・・

完全に不安は取り除けないまでも、少しずつ御法に向かう心の準備を整えながら、車内で御法話テープに耳を傾けるが、聞えるものは自分の心の声ばかり…
結局、私は自分の思いに溺れ苦しんでいるだけではないのか・・・・・

高山の空は雲が多いもののほぼ晴天と言っていいだろう…、 しかし予想以上に蒸し暑い。
高山駅には、TaさんがE-君と共にお迎えに来てくださっていて早速に法座会場であるEast家へ。
そして到着早々から、お掃除に お布団の準備に と大忙しで、初日から早くも汗ダクのクタクタになってしまったが、KaさんとETさんが夕食に連れて行ってくださった中華料理店でお腹いっぱい食事をいただくと元気も復活!!
夜は三人で美味しいコーヒーをいただきながらのミニ座談会に深夜過ぎまでお付き合いくださって、まるで故郷にでも帰って来たかのように、のんびりとしたあたたかい時間を過ごすことができた。

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手を引かれ… 包まれて… [法座・座談]

週末に催された支部法座では、もったいなくもG先生の接待役を仰せつかった。
待ち合わせの一時間近くも前から新幹線ホームにてG先生をお待ち申し上げていたのに、何せ初めてのことで事前準備の要領を得ず、初鼻から猛ダッシュで新幹線より降りられたG先生の元へと駆けつける結果となりトホホなスタートとなった。

名古屋駅で在来線に乗り換える際も、私よりもG先生の方が勝手を知っておられるので、私はG先生の手をとりつつも、あっちこっちと連れて行っていただく感じで、これではどちらが接待役なのか… 

G先生には支部法座へおこしの際、過去二回連続してお怪我をさせてしまっているので、「もし三回目…なんてことになったら支部長と共に切腹ね!」 と Yuさんに脅されながらも、会場入りまでの短い時間ではあったが、G先生とのデートを心いっぱい楽しませていただいた。

御法座のテーマは、「真宗の現世利益について」 ということで、まずは御讃題に、
「金剛の真心(しんしん)を獲得(ぎゃくとく)すれば、横(おう)に五趣(ごしゅ)・八難(はちなん)の道(どう)を超え、かならず現生(げんしょう)に十種の益(やく)を獲。 (以下略)」
という、親鸞聖人のお言葉(『教行信証・信巻末』)をいただき、御法話は、これについて解き開かれて平易な言葉でお話しくださった。

今回は、支部法座のレポーターというお仕事もいただいていたので、私がどう思ったのか…ではなく、先生がおっしゃりたい主体は何なのかな?という観点から御法話を聞かせていただこうという思いでこの座に臨んだ。
いつも、「自分の心は横に置いといて、先生のお言葉を通してそのお心を聞く!」を合言葉にはしているが、結局は一から十まで自分の心遊びで終わってしまう…。
今回はどうだったかと言えば…、やっぱり聞いているのはこの私であり、私が感じたところ、私が引っかかったところを心に留めながら、それでもそんな思いに埋没することなく、今までよりも肩の力の抜けた感覚が後に残った。

そんな中で、一番心に残ったのは、「‘南無阿弥陀仏’は自分では称えられませんよ」と言われたG先生のお言葉・・・・・
私って、表面上ではいつも満足!満足!って満ち足りている風を装っているけど、本当は一度だって余りあるほどの満足を感じたことなんかないんだね、きっと・・・
‘南無阿弥陀仏’が「好きだ」と満足に言えないのはもちろんのこと、でも、「嫌いだ」というのも中途半端で満足に言い切れない。
もっとも、「満足する・しない」なんて、結局はコロコロと常変する心が勝手に言っていることなのだから取るに足る問題ではないのだけど、「‘南無阿弥陀仏’だけで大満足です!」なんて言っている人の心が私にはわからない…
だけど、私がどんなに嫌おうと、信じまいと、私の口から「南無阿弥陀仏」って出て来るんだよな~ぁ…、 
それだけはまぎれもない事実なんだよな~ぁ…。
だからG先生が、「‘南無阿弥陀仏’は自分では称えられませんよ」と言われた時、ただ漠然と、「あぁ、そう!そう!」ってすごく軽いところで即答してから、後で考えてみたら、「それって不思議? すごいことなの?」と思案している自分を見つけた。

今回の支部法座は人手不足で、支部長さんのお手伝いをさせていただきながら楽しいままに御法座を過ごさせていただくことができた。

御法座の後は再びG先生とショートタイムのデートを楽しんで新幹線ホームまでお見送り。
一人ホームに残された時、無事にお勤めを終了したという充足感よりも、「独りぼっちになっちゃった・・・」という寂しさの方のが、大きく 大きく 心に充満した。

その翌朝、法座のレポートを作成しようとデスクについた時、不意に涙がこぼれ落ちた。
「私…、 今、生きている・・・・・
同じ泉の中にいるたくさんの法友に支えられ、G先生をはじめ皆と同じ時間を共有し、昨日はG先生の手をとって一緒に歩かせていただいた…。 それってすごいことだよね!!!」
YuさんからG先生の接待係りをちょうだいした時、Yuさんより、「G先生を通して、如来様のお心を感じとってください」と言われたことを思い出した。
その時はど~ゆ~意味なのだろうと思っていたけど、今、私はそれを感じている!
「なんで私は生まれたの? なんの為に私は生きているの?  私はなぜ法友と出逢えたの? それに、どうして私なんかがG先生の隣にいられるの?」
みんな、みんな、私一人の為のお手回し?  そんなの嘘よ!!
でも、現実に私は今、G先生に手を引かれ、たくさんのお同行さんに背を押されながら、とてつもない大きな愛に包まれているんだ・・・・・
それでも満足できない私の為に、次から次へと届けられる愛は、きっと果てがないのだろうなぁ~

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ドライブ  信州・ビーナスライン [Travel]

夫に金曜日のデートの約束をドタキャンされて、その穴埋めにと翌土曜日、ETC休日特別割引を利用しての日帰りドライブデートをすることになった。
「どこへ行きたい?」 「涼しくて、美味しいところ!」 ということで行き先は長野県に決定!
でも、詳細は行き当たりバッタリの成り行き任せで、とにかく朝6時半に家を出て長野方面へと向かう。
途中、随所でサービスエリアに立ち寄って、名物のスナックやおすすめのスイーツなどをつまみながら、彼は運転を楽しみ、私は助手席でのんびりとしたひと時を楽しんだ。
それでもやっぱり時間を持て余してしまうので、彼にも興味が持てそうな仏法のお話しなどを2つ、3つとしてみるが、御法以外のところでは興味を示すものの、仏さまのお話しになるとこれを敏感に排除して相槌すらなくなってしまう…
本能的に仏法を嗅ぎ分けて耳には入れないという彼の特技は、ある意味天才的かも…、なとどと感心しつつ、でもやっぱり反応が無いのはつまらないので、他の話題に変えて話すか、一人で鼻歌などを歌いながらそれなりにドライブを楽しむ。

長野自動車道を岡谷ICで下りて、国道142号線を北に進み、和田峠よりビーナスラインに入る。
ビーナスラインを走るのは4年ぶり?5年ぶり? 忘れちゃったけど、通行料無料というのは嬉しい!
和田峠から扉峠を通って美ヶ原高原に到着した時には、既に正午近くになっていた。
どうしてこんなに時間がかかったのかと言えば、アレコレ興味を惹かれるままに寄り道多き私が原因(^.^ゞ
特に夏山の天然お花畑が好きで、野を歩き始めたら止まらなくなっちゃって、ドライブを楽しむというよりも、途中下車のお散歩を楽しんでいる風で、なかなか前へと進めない…。
3118715
夫の愚痴は軽く聞き流して、一人、野の花々にふれながらフッと思った。
『阿弥陀経』に説かれているきらびやかな御浄土のお花畑よりも、もっと素朴で、頑張って 頑張って、小さくてもここにしっかりと根を張って咲いてるぞ!っていう野の草花の方のが私は好きかも…、なんて・・・ ものすごく高飛車で自分知らずの生意気な私・・・・・・
地獄に咲く草花を、私は何と見るのかしら? 葉は剣…、花は悪虫…、 地獄なんて、夢物語よッ・・・・・

美ヶ原高原をしばらく散策した後、再び元来た道を戻って、ビーナスライン沿いの風景を楽しむ。
八島高原は駐車場が満車で立ち寄ることが出来なかったのが残念だったが、所々で停車しながら霧が峰高原や車山高原の景色を堪能した後、2時少し過ぎに目的地であるお蕎麦屋さんに到着!
白樺湖より少し北に入った国道152号線沿いある「利休庵」は、以前たまたま立ち寄った時にここのかき揚げ天ぷらに惚れて再来店したのだが…、いつの間にこんな人気店になってしまったのか・・・、 2時を過ぎていたのにお店の前には人の行列ができていた。
3118724結局30分ほど外で待ってやっと入店できたのだが、お目当てのかき揚げ天ぷらは40分待ちだと言われ…、しかしここまで来てあきらめるわけにもいかず、ひたすら待つこと30分! やっと昼食にあり付けた時は3時をとうに回っていた。 その上、身体が本調子ではなかったために半分ほどしか食べられず、しかも天ぷら油が胃にもたれてしまって、この後、胸焼けに悩まされることとなった…

Launchの後は再びビーナスラインに戻って、白樺高原を経由し蓼科湖でしばしの休憩。
そういえば、今は亡き祖母と母を連れて女三代でここに来たっけ・・・ と、思い出した。
あと…、この世に残っているのは私だけ・・・  つまり、次に死ぬのは私なんだ・・・・・・

ビーナスラインも茅野市に入ると一般道と何ら変わりは無い。 
3118733もうすぐ日暮れだ…  渋滞の列に巻き込まれながら、その場の思いつきで諏訪湖に映る夕日を見に行こう!と私が言い出し、諏訪ICをそのまま通り過ぎて諏訪湖へと向かった。
湖の畔にある公園の駐車場に車を停めたのが日の入り15分前。
公園を通り抜けて岸辺のブロックに腰を落ち着けると、ちょうど Sunset ショーが始まった。
とってもきれい・・・・・・  
夕日を見ていると、時の流れが見える。
刻一刻が、過去になって行くのが実感できる。 
過去にしがみ付くことの無意味さ と 未来を思い描くことの虚しさが、胸の中でざわめき出す・・・・・・
“今” は、 過去と未来を背中合わせにした時の流れであって、それ自体、実態はなく、故に掴めないが、一番重要なのは、過去でも未来でもない “今” なんだ…

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2009夏 一人旅・回想録 7 ( 一日目の終りに… ) [Travel]

私は、いつだって死にたがっている… 
そんな自分と出会うのが恐ろしくて、いつも目をそらし、耳を塞いぎながら、背を向けて生きて来た…
でも、私は仏法と出遇ってしまった・・・・・。 

そいつは真正面から “孤独”だとか、“死”だとかを私に突きつけてきた・・・・・。
初めの内は私も、まるで冗談という名の球をもてあそぶかのように上手くかわすことが出来ていたから、それ自体が楽しくもあった。
しかし、次第にその球を避けきれなくなってきて、一つ、二つと当てられ…、 自分が劣勢に立たされると、その遊び自体も面白くなくなってきて、「いち抜けた!」と言わんばかりに逃げ腰の体制になった。

「逃げ?・・・・・」  私は逃げているの?

  >> 君は、久遠の過去世から今日まで阿弥陀如来のお救いから逃げ続けて来た。
  >> しかし、君がどこへ逃げようとも阿弥陀如来は追いかけて来てくださる。
  >> 阿弥陀如来には、今生にて君の迷いを打ち止めにするという強い願いがあるから。

宇都宮のHOTELに着いてから部屋でNETをつなげた時、そのTopに入ってきたmailの冒頭にそのように書かれてあった。 
予期せぬ人から届いたそのMailに、正直、驚きよりも喜びの方が大きくて、Mailの内容云々よりも、今の私をそのまんま文字にしてすぐさま返信した。
そうしている内に、いつの間にかすっかり御法の中に浸かっている自分に気がついた。

「仏法との縁は断ち切るんだ!」 と 決めて旅立ったはずだった…。
仏法に振り回される生き方を否定し、仏法と出遇う前の自分に時間を戻して、一秒でも早く仏法のことなんか忘れてやるんだ! と家を出たはずだった…。
その為に新しい何かを見つけようと思って旅に出たのか…、それともこの命もろともに断ち切ってしまおうと思って旅に出たのか…、あの時も、今も、それはわからない…。
生きたいのか… 死にたいのか…、 そんなこと考える余裕も無かったから・・・
でも、生き方も、死に方も、そんなもの ど~でもよかったのかもしれない。 
あの時の私にとっては、仏法を捨てて生き行くことも、死んで地獄に堕ち行くことも、両方とも幸せへの第一歩だと思っていたから・・・
ただ、今現在の苦しみから逃れることが夢であり、この悲しみから抜け出ることを望み、孤独な自分を忘れ去ることが願いだった・・・
ただ、手で受け取れる幸せ、目に見える幸せが欲しくて、そんな幸せを肌で感じ、心いっぱいに満たしたかった・・・

「阿弥陀如来にこの身を包まれようとも、この身が法の泉に沈んだとても、私は決して法とは向き合わぬ!」 と 決めて旅立ったのだ!
それなのになんだって法は私の頭の中に介入してくるのか! なんだって私の時間に法は割り込んでくるのか! なんだって私の生活を法で染めようとするのか!
鬱陶しい!  鬱陶しい!!  ああ、鬱陶しい!!! 

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2009夏 一人旅・回想録 6 ( 上野駅 → 宇都宮駅 ) [Travel]

列車内は予想に反してかなり空いていた。 と言っても乗客数が少ないというわけではなく、JR東日本・熱海からこちらは、普通(鈍行)列車でも15両編成で運行されていて新幹線並みに長いので乗客は分散され、平日の日中は夏休み中といえどもこんな感じなのだろう。
今朝、名古屋を出てからず~っとシートの確保が出来ていて非常にLUCKYなのだが、そろそろおしりもお疲れだ。

上野駅を出てすぐ、尾久車両センターにて停車中の「寝台特急・カシオペア」を発見! 
い~な~ぁ、 乗ってみたいな~ぁ、 先端にあるカシオペア展望スイートに・・・!!

都心部ではビルばかりの風景に少し退屈をしていたが、都心から離れるにつれ車窓からの風景も様々に変化があって案外楽しめた。
天候は相変わらずの曇り空だし、体調も上々とは言い難いが、精神的にはかなり安定している。
ただ…、 何か定まったもののない不安定さを、自分自身、誤魔化すことができずにいた…。
私は、逃げているのだろうか・・・・・
新しいものを探求し、理想の未来を追求するという行為自体、過去から逃げているということになるのだろうか・・・・・

  振り返ってみれば、私はいつも探しモノをしていた・・・・・
  探しているものは何なのか・・・ 
  それすらもわからないままに・・・
  いつも、いつも、必死になって探している自分の姿を、
  なんだか、憐れとさえ思いながら・・・・・

埼玉駅を過ぎて蓮田(はすだ)という町にさしかかると、所々に蓮田があり遅咲きの蓮華が咲いていた。
寄りたい…、 途中下車して写真を撮りに行きたい…、 でもそれは無理…。 それが列車旅のツライところ。
今度は、My Car 一人旅にでも初トライをしてみようかしら…? それこそ命がけの挑戦になるわね!

宇都宮駅の少し手前で、車窓越しに葬儀風景を目にした。
生花での盛り花が一般的である東海地方ではなかなかお目にかかることの出来ない、造花による花輪(花環)が立ち並べられていたのを見て、少し懐かしさをおぼえた。
小学校4年生の秋に、父方の祖母が他界した。 
一年の内のたった一週間だけを一緒に過ごすことのできる大好きな祖母の葬儀が、私にとっては生まれて初めて体験する身内の死であり、また親しい人との永遠のお別れであった。
その祖母の葬儀に飾られていた花輪(花環)とその情景を、私は今も忘れてはいない・・・・・

宇都宮駅到着まで、あと10分ほどだ。 今日の列車旅は宇都宮が終着駅である。
初日の体力はここまでが限界…。 それに、これより先に進んでも適当な宿がみつからないのだ。

3101653宇都宮駅は、想像していたよりものんびりとした感じで都会っぽいさはなかった。
16時頃にHOTEL入りしてから、少し市内を散策しようかとも思ったが、体調と相談した結果この日はおとなしく部屋で過ごすことにした。
それに、部屋に入ってから Mail Check をしてみたら、思いがけないMailも入っていて、その返信をしていたらちょうど Dinner Time となった。

夕食は、もちろん宇都宮餃子!
3101654HOTELのフロントでいくつかお勧めのお店を聞いてMAPを片手に外に出たが、ジメジメっとした暑さに歩き回る気にもなれず、一番ポピュラーで手近だった‘宇都宮餃子館’にて、焼き餃子はもちろんのこと、蒸し餃子、揚げ餃子、スープ餃子と餃子づくしの餃子セット¥1,000をいただいた。 Good!!
地元のおじさんたちにまじってCounterで美味しくいただき、お土産用に宅配餃子の注文までしてしまった!

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2009夏 一人旅・回想録 5 ( 熱海駅 → 上野駅 ) [Travel]

熱海駅を出てからしばらくは、海岸沿いの風景が続く。 
曇り空でなければ、少しは感動できたかもしれないのに…、と思った。

列車内はかなり賑やか。 でも、乗客で混雑しているというわけではない。
所変わればマナーも変わるということ。
列車内での携帯通話や、イヤフォン未使用でのワンセグ視聴。 人前で恥ずかし気もなく化粧をするご夫人に、つり革でストレッチ体操をしている老夫婦。 また、車内で大騒ぎをしている子供たちを注意する大人はいない。 
そんなモラルの無法地帯に軽いショックをおぼえ、苛立った心が頭をもたげた…。

茅ヶ崎を越えると風景は住宅街へと変わり、車内にはビジネスマンの姿も目立ってきた。
そして横浜まで来ると車窓からの風景はビルの林と化し、その四角く無機質なコンクリートの箱の表面に整然と並べられたいくつもの小さな窓を見ていると、その一つ一つの窓の向こうに、いったい幾つの人生が存在しているのだろうかと思い、何だかとても息の詰まる思いがした。

私は・・・・・・・   不恰好な木々や、 水音のする川や、 草花をなびかせる季節の風を感じられない場所では、生きていくことなんて出来ないかもしれない… と 思った。

数日前の眠れぬ夜に、こんな言葉が突いて出た。

   本当は、ただ ボーッと、風を感じていたいだけ ・・・・・
3099602   本当は、ただ ボーッと、水の流れを見ていたいだけ ・・・・・
   本当は、ただ ボーッと、光の中で穏やかに微笑んでいたいだけ ・・・・・
   何も考えず ・・・・・・   
   植物の如く ・・・・・・ 
   ただ  地球は、 回る、 回る、 回る ・・・・・・・・・・・・
   枯れ行くままに、無常の大河に身を委ねた植物になれ!
   心なんて ・・・・・・、  持つもんじゃない ・・・・・・・・・・・・

都心に近づくにつれ列車内の混雑は激しくなり、目に映るものといえば背広か手荷物くらいなものだ。
時折顔を上げると、必ずと言ってよいほど誰かと視線が交わるが、一瞬で目をそらされてしまう。
そんな露骨に逃げなくてもいいのに…、と心の中でつぶやきながら、暇つぶしにその人の人となりを勝手に想像して、頭の中で見知らぬ他人を弄ぶ。 悪趣味だね!

いつの間にか品川駅まで来ていた。 あと二駅で東京駅だ。 さぁ~、 今日、三回目の乗換となる。
久しぶりの東京駅だが、ぶらりとお散歩をする時間もなく、すぐに上野駅へとむかった。
上野駅ならホームに近い場所で食事ができるため時間のlossが少ないと思い、この日はここでLaunch time。
しかし、食欲が全然なかった為に入りたいと思う飲食店をなかなか決めることが出来ず、結局かなり迷った挙句、飲食コーナーのある駅弁屋さんでHalf Sizeの駅弁を購入して急いで食べることになった。

上野駅からはいよいよ東北本線だ。 これを乗り継ぎ、乗り継ぎ行けば、北の果てまで行ける…。

でも、 私は、何の為に北の果てを目指しているのだろう・・・・・・
そして、 北の果てには、いったい何があるというのだろう・・・・・・

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2009夏 一人旅・回想録 4 ( 静岡駅 → 熱海駅 ) [Travel]

静岡駅を過ぎた辺りから少し退屈さを感じ、フッとあの手紙の存在を思い出してバッグより取り出した。
自身でタイプしたものでありながら自分の言葉にはあらず・・・ この私に届けられたその言葉たち。
四つに折りたたまれたその手紙を恐る恐る広げて読み始めるが、出だしの三行から先に読み進めることが出来ない…
最初の三行だけを幾度となく読み返していると不意に涙がこぼれ落ちそうになって、私は静かにその手紙を閉じた…

由比を過ぎた辺りで雨は上がり、部分的な雲の切れ間からうっすらとではあるが、日の光が地上に向かって直線を描く。
しかし、低く敷き詰められた雲によって富士山はほんの裾野辺りまでしか望むことができなかった。

あんな手紙を読んでしまったせいか、嫌なことを思い出してしまい少し気分が滅入る・・・

一週間前に参加した御法座の後、毎度恒例となっている法座明けに届くYuさんからのケチョンケチョンメール…
今回のものは、今まで以上に滅多切りのグサグサで、ボコボコに張っ倒されたあげく、ボロボロになった所で思いっきり蹴落とされて…(^^;) (ゴメンなさい、ちょっと言葉が過ぎました…(^.^ゞ)  でも、それを思い出しただけで動悸・息切れに襲われて不整脈を抑える為の頓服が必要となるほど、私にとってはかなり堪える言葉が並んでいた・・・・・・

だから私は、自分を守るために必死でそれを忘れようとした…
でも、この時の私は、そのキツイ言葉を思い出しても、多少呼吸が乱れた程度で大事には至らなかった。
それどころか、一つずつだけど、今までとは違った方向からその言葉たちと向き合うことが出来たような気がする。

この時不意に、以前、S先生が御法座でお話しくださった 「阿闍世(アジャセ)は私」 という言葉がよみがえり、そして同時にあの手紙に書かれてあった 「真の親」 という言葉と重なって、私は何かとてつもない大きな衝撃を受けた気がした。
「アジャセは私…、 私はアジャセ…、 アジャセは私…、 私はアジャセ…、 ・・・・・・」
御法座で聞かせていただいた時には、何だかぼんやりとしてよくわからなかったものが、今、まだわからないままだけど、それでもその大きさだけは感じられたような気がした。

私は自分の心を速し立てながら、 「今、気付いたならば、 今、考えなくっちゃ! 先延ばしにしたらダメ!  今、今、今、  今、ここで考えなくっちゃ!」 と、必死になって自分の中を探し始めた。
そして次第に薄れてゆく “感じ” と “思い” を必死になって追いかけている自分に気付き、
「何をやっているんだ、私は…!  過去の産物にしがみ付いてどうする…!  自分の中を探して何があるというのだ…!  バカだ・・・  バカだ、ばかだ、馬鹿だ!!!」

これで一気に疲れてしまった・・・・・・

函南(かんなみ)駅を出て丹那トンネルを抜けると、今日二度目の乗り継ぎ駅である熱海駅に到着する。
長いトンネルの中で暗闇に慣れた目は、トンネルを抜け出た先の光の世界をすぐに見ることは出来ない。
目が慣れてきた時に見えた景色は、とても穏やかな駿河の海が、はるか遠くまで続いていた。

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2009夏 一人旅・回想録 3 ( 名古屋駅 → 静岡駅 ) [Travel]

通勤・通学ラッシュの時間をむかえても列車内の混雑は予想を下回り、横席のおばさんには気を使いつつ肩身を縮こませながらもパソコンを広げてBLOGを更新することが出来た。

ここのところ明らかに情緒不安定なBLOGが続いており、読み返してみると自分自身かなり恥ずかし~ィ と言う思いもあったが、しかし、それも これも 全部 “私” なのだと、ほんのちょびっとだけど、この世を賢く生きぬく為に無意識の内に身に付けてきた “建て前の私” というヤツをチョットくらいは肩から下してもいいかなぁ、というような心持ちになったので、そのままにしておくことにした。
ただ、「もう、仏法に関することは一切書くまい…」という心づもりに変わりはなかった。

BLOGにて今回の旅のプロローグをUPした後は、いつも携帯しているメモ帳とシャーペンを膝の上に置いて流れ行く車窓からの風景を楽しんだ。
緑豊かな田園風景を見下ろし、通勤ラッシュの車の列を横目に、散歩中の人を目で追う。
木立の合間を抜ける時にはセミの鳴き声が列車内にも入ってきて、夏旅を感じさせてくれた。
こうした五感でとらえた“感じ”を 時折メモにとっていくと、視線は車窓から外の風景を追っているのに、その視線の先にはいつも自分の心があって、知らず知らずの内に自己の思いにばかり目を向けていることがわかる。
心の中での一人遊び…。 幼い頃からの私の得意技だ…。
次々に移り変わる風景の中に、私は記憶の箱よりきれいな思い出だけを取り出してその景色の中に当てはめていった。

もうすぐ最初の乗り継ぎ駅、浜松駅に到着する。 今にも雨が降り出しそうな空模様であった。

名古屋から浜松までは2時間弱、 浜松から熱海までは2時間半、 熱海から東京までは2時間弱 と、乗り継ぎ時間まで含めれば6時間以上を要し、しかも今日の目的地である宇都宮までを考えるとまだまだ先は長い。

静岡県掛川市辺りで本格的に雨が降り出した。
そう言えば、先月静岡に来た時も雨曇りで富士山を拝めなかった…
「出かける日にちを先に決めるからいけないんだ。 快晴の天気になったら富士山を見に行けば何の問題もない!」と言った人がいた。 ホントにその通りだよね…!!

列車内には空席も目立ち、皆それぞれ思い思いに移動時間を過ごしている。
楽しそうにあやとりをしている母娘を見つけ、とても懐かしく、あたたかな思い出がよみがえる。
その隣には、周囲の迷惑も考えず、耳障りな機械音を発しながらDSで遊ぶ子供たち。
向かい側の席には、I-Potで音楽を聴いている人と、文庫本を読んでいる人。
デジタルとアナログ、雑音と無音、老・若、男・女、・・・・・ 見渡してみると、様々ものが相対している… と感じた。

一人旅は、誰に気を使うこともなく自分時間を自由に使える。 自分の世話だけをしていればよいので気楽だ。
たとえ体調が悪くなっても同行者に気兼ねをして我慢をしたり、取り繕って笑顔を作る必要もない。
そう思った時、前回の二人旅で互いの体調不良が原因となって散々な旅になってしまったことを思い出した。
私は争いごとが大嫌いで、相手に怒りの心が芽生えると、問題は何であれすぐに自分自身を追い込んでしまうという悪癖があって、あの時はそれが余計に相手を怒らせてしまうという結果に終わった。
その時のことをあれこれ思い浮かべていたら、今まで気付けずに悩み苦しんでいたことが嘘のように心の中で次々に紐解かれて行き、「あぁ、そうだったんだ!」と少し明るい気持ちにさえなった。
あぁ~、もし、また会うことが出来たならば、この思いを伝えたいなぁ…  そう思った。

その時、たまたま隣に腰掛けていたユメちゃんという7歳の少女に、「ほら見て! 電車がシャワーを浴びてるよ!」と声をかけられた。
あぁ! こんなに短い言葉でも自分の想いは人に伝えられる…。 
そして私は、口で言える! そして耳で聞ける!
そんな当たり前のことがひどく感動的に思えた。

静岡駅に近づくにつれ列車内は混み出してきたが、静岡駅を過ぎると車内は再び閑散とし、話し相手のユメちゃんともここでお別れとなった。

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2009夏 一人旅・回想録 2 ( one’s belongings ) [Travel]

行き先はその時の思いつきで、本州最北の下北半島にある恐山に決定し、夫の許可も難なく下りた。
なぜ、恐山なのか?   そんなのわからない・・・・・。  
自分でも予測していなかった思いつきだったが、旅に対する不安とか、行き先に対する違和感といったものは感じられなかった。
ただ、そこから先のスケジュールは何も立てられなかったから、夫には、「北へ行く」と言って家を出た。

7月28日早朝、夫に駅まで車で送ってもらい、夫から 「一日一度は現在地の連絡を入れてね! 二日間連絡がなかったら三日目には捜索願いを出すから!」と、冗談交じりに見送ってもらう。
そして、先を急ぐ旅ではないし、安上がりな旅をしようと青春18きっぷを購入して早朝の列車に乗り込んだ。

手荷物は小型のスーツケースに三日分の着替えとノートパソコン、そして一枚の写真と 一通の手紙。

写真は、選んだ一枚で、恐山の山中に埋めてこようか…、それとも北の海峡に破り捨てようか…、そんな根暗なことを楽しく考えながらバッグにしのばせた。

手紙は・・・・・・・・

旅に出る前の日(27日)、その前日(26日)の深夜に溢れ出てきた言葉を、暗闇の中、半覚の状態で書きなぐったノートを持って書斎でそれを読んでみた。
自分で書いたものながら、なかなか面白い名言が並んでいたので、それらをパソコンにて清書でもしようかと、読み難い文字を拾いながらキーボードをたたいた。
悔しいかな・・・、 忘れようと心に決めたはずの仏法が、自らの手で文字となって私に何かを訴えようとしている気がした。
走り書きした文字の清書作業を終えようとした時、ノートには書かれていない言葉が頭の中を占領し始めた。
ついでにメモでもしておくか…程度の軽い気持ちで再びキーボードに向かうと、それはどんどんエスカレートして行き、自分の意識とはかけ離れたところでそれとの対話が始まったような感覚だった。

「仏法なんて大嫌い! もうウンザリよ! いいかげんにして!」 と 罵った数日前のあの時と同様に、止めどもなく溢れ出る大粒の涙で眼前はふさがれた。
聞き覚えるある言葉も、聞き覚えのない言葉も、頭の中に入ってくる言葉たちを、私は大声で否定しながら、それでもその言葉にすがり付いていった。
どれほど泣いていただろう・・・・・   1時間くらい…?  それ以上…?
パソコンの画面上に、半分無意識のままに打ち込まれた文字が並んでいる。
それを読み返したら、また涙が溢れて止まらなくなった・・・・・・
懺悔・・・・・・・  そんな心は残念ながら持ち合わせてはいない。
だけど、わたしにとってはただの落し物でしかない涙だったけど、 何か、‘懺悔’という薫のする涙だった・・・・・・

少し落ち着いてから、私はその文章の後に、自分の言葉を書き添えた。

「涙は続かない…  
 喜びも、悲しみも、アッと言う間に消えてしまう。
 でも…、 たった一つだけ続くものがある…
 たった一つだけ、決して消えないものがある…
 それが、わたしに届けられた‘南無阿弥陀仏’…  
 私の称える‘南無阿弥陀仏’」

認めたくないけど、 壊れかけた私を…、腐りかけた私を治してくれたのは、この時、私の口から突いて出た‘南無阿弥陀仏’だった。 私の大嫌いな‘南無阿弥陀仏’だった。

この時に書かれたものをプリントアウトして、この言葉(手紙)と共に私は旅に出た。

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2009夏 一人旅・回想録 1 ( a Motive ) [Travel]

この旅を思い立ったのは出発の二日前。
何もかもが煩わしかった…。  生きることも…。 死ぬことも…。 
自分が自分であることすら許せない…。
私という存在のすべてを否定されながら、どうして私は存在しているのか・・・・・ 
それが許せなかった・・・・・
鈍い軋み音をたてて私が壊れていく…、 
悪臭を放ちながら私が腐敗していく…、     それが恐かった・・・・・

動機・・・・・  今回の旅というか、家出というか、その動機というものを考えてみた時、やっぱりそこには “仏法” というものがあった…。
きっかけ・・・・・  そして決定的なきっかけとなったのは、一通のメール…。 

現実逃避と言われれば、その通りだろう。 確かに、何もかも捨ててしまいたかった。
私は、私をこの苦しみに追い込んだすべてのモノに刃を向けながらも、自分をも切り刻んでいた・・・・・
そのくせ、しがみ付けそうな岸辺を必死になって探し求めていた・・・・・。

でも、 眠る… とか、 食べる… とか、 生きて行くために当たり前にしていたことすら出来なくなって…
それなのに外面を取り繕うことは何の苦もなく出来て、家族にも、友達にも、ドクターにすら平気な顔をして‘普通’を装う…

ただ…、 眠りたかった・・・・・・     処方された薬も効かなくなっていた…
眠ろうと努力をすれば吐き気に襲われ…、眠るのを諦めると、待っていましたとばかりに闇の心が胸を締め付ける…。

自身を恨み、自身を卑下しても何も解決しないと知ると、怒りの矛先は自分から仏さまの方へと移って行った。
自分にこんな感情があっただなんて、今まで気付きもしなかった…。
違う・・・・・・・
私は、ずっと、ず~っと、‘他人を恨む’という感情を抑えながら生きてきただけだったのだろう…
人を恨めば、自分を嫌悪する心と虚しさが生じる…  だから、自分自身を恨み・呪っていた方が、私にとっては楽だったのかもしれない…

爆発した怒りに任せ、出てくるだけの悪態を言葉に代えて仏さまを罵った。
大声で泣きながら御法を罵倒した。
そうしたら・・・・・・  自分の気持ちは全然晴れてこないのに、「この涙は私の涙じゃない… 仏さまが悲しんでおられる涙だ…」 ということだけはハッキリわかった・・・・・・
それが悔しくて…、辛くて…、苦しくて…、 私は声が枯れるまで泣き続け・・・、
そして、「絶対に仏法なんか忘れてやるんだ!」 と、心に固く誓った。

その翌々日の日曜日の深夜、ベッドの上でうつらうつらしながら過ごしていると、頭の中からたくさんの言葉たちがあふれ出してきた。
意もせず、ただ何気なく、真っ暗闇の寝室で、枕元に置いてあったノートに、出てきた言葉たちを走り書きしていった。

そして夜明け前…、 私は浅い眠りの中で鼻をつく悪臭を感じて息を詰まらせた。
そして、その臭いは、自分が腐敗している臭いだと気付き…、 私は、「このままでいい…  このまま、身も 心も 腐って、私なんてなくなってしまえばいい…!」 と思った…。
でも、ゆっくりと覚めて行く意識の中で、「このまま腐っていくのはイヤだ…、恐い!」と思った。

「そうだ、旅に出よう。 何もかも忘れるために、旅に出よう…」 この時、そう思いついた。

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「太子講」 Part 3 [法座・座談]

「太子講」二日目、この日は午前中ず~っと座談会という長丁場。
出だしはFMさんの「どうすれば…、どうしたら…」から始まったがこれはすぐに消滅・・・
そしてこの後、Morさんonlyで約3時間をかけて座は進行していった。
いつもの如く体当たりで心の内を吐露されながら涙を流されるMorさんであったが、この日はいつもに増して野獣のような雄叫びをあげながら言葉にならない念仏三昧の状態になった。
周囲のお同行から(私にとっては)刃のような言葉の嵐がMorさんに一点集中して止まらない…
「今ここで聞け! 追い込まれた苦しいところでないと聞けない! 早く聞け!」との思いが大きなエネルギーとなって室内に充満し、Morさんの地響きのような悲鳴と相まった空気に私の心は飲み込まれて呼吸があがってしまい動悸がおさまらず、私はたまらずに部屋から飛び出した。
少し離れた廊下で一人膝を抱えてうずくまりながら、以前S先生から 「自分のこととして受けとめると苦しくなるから、あの人はあの人と、自分と離して見ることも大切だよ」と教えていたことを思い出し、少しずつ気持ちと呼吸を整えていった。
戻らなきゃ・・・・・・  でも、あの声を聞くのはイヤだ・・・・・・
そんな自己問答をしていたらMO先生がお勤めから戻られ部屋に入っていかれるのが見えたので、これをきっかけに私も部屋へと戻った。
Morさんの叫びはまだ続いており、MO先生が加わったことで更に勢いが増した。
今、目の前で聞かせてもらっていながら、「聞けん!わからん!」と苦しんでおられるMorさんの姿を見て、いたたまれずに部屋の片隅へと移動して目を背けた。
「今、聞いてるじゃん! こんなにもわかりやすい言葉で届けてもらってるじゃん! なんで聞けないなんて言うの?! ちゃんと聞こえてるじゃん!」 と 私は心の中で叫びながら、やっぱり自分のこととして捉えてしまい耳を塞いだ。
あぁ、私も いつも いっつも 聞かせてもらいながら 「聞けない! 聞きたくない!」と言ってご苦労をかけているんだ! なのに私は 懺悔も、感謝もできない・・・!!
そんな自分が腹立たしくて握り拳を床に叩きつけた。

予定の時間より20分ほどoverして座談会は終わり、昼食をはさんで午後からは「太子講」のお勤めと、G先生の御法話をいただくというスケジュール。

御法話は、『御文章』五帖目五通より、 「信心獲得すというは、第十八の願をこころうるなり。
この願をこころうるというは、南無阿弥陀仏のすがたをこころうるなり。」 の六字のすがたについてお話しをいただいた。
でも、ちょっと法話の内容が私には難しくって・・・(^.^ゞ
‘南無’は、〔仏因〕で、「信」の三信と、「行」の十念に分かれて
‘阿弥陀仏’は 〔仏果〕で、「往生」の若不生者と、「成仏」の不取正覚で・・・ とか何とか…
とても文章にできない(^.^;)・・・

こんな感じで二日間の「太子講」は終了した。

今回の御法座日記は、いつもどおりの非公開にしようか、それとも公開しちゃおうかとかなり迷ったけど思い切って公開することにした。
これに伴う非難や嫌がらせを有り難いだなんてとても思えないけど、それでも読んでくださったご縁は尊いと思う。   南無阿弥陀仏

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「太子講」 Part 2 [法座・座談]

懇親会の席にてG先生が一人でお酒を召し上がっておられたので、遠慮なく隣に座らせていただいた。
G先生には何度か喝をちょうだいしているので、ちょっと前までは恐くて近寄り難い存在だったけど、ある出来事をきっかけにヘンな緊張もほぐれて近寄り易くなったv(^^*)
そこでG先生に、心のままを聞いていただくことが出来た。

お話しは、私と仏法とのご縁ができた時にまで遡り、その後の聞法態度、今現在の心境に至るまで、酔いに任せて、時折はG先生からの質問に答えながらもペラペラとしゃべり続けた。
そこでG先生からいただいた言葉で一番嬉しかったのは、私の阿弥陀さまとの道は間違っていないよ! と言われたこと。
一人一人 姿や考え方が違うように、私には私に合わせた道を仏さまが用意してくださっている。
「大丈夫! その道を仏さまと一緒に歩いて行こうな。 そうやって聞かせてもらっていこうな。」 と G先生に言っていただいて、ポツリと口から出た‘南無阿弥陀仏’は、すごく軽くて明るいものに感じられた。
私は今までお念仏をすごく重々しく考え、毎度毎回自分に理由をつけながら、その時々の心に振り回されるままに理屈をこねつつ口にしていた。
でもお念仏は、私が理屈をつけるずっと前から、その理屈っぽい私に腹底にあって、折に触れ縁に触れては出てきてくださるのだと聞かせていただいた。
私はお念仏を、自分の力で口から出すものだと考える以前に、まるで自分で作り上げたもののようにさえ考えていたのではないだろうか…
このことをG先生に打ち明けると、「‘南無阿弥陀仏’は他力やで。 そこに私は入っていないよ」 と。

私はG先生に、心から溢れ出るままを言葉にして聞いてもらった。
「私は後生がチッとも心にかからんし、やっぱり今生事の方が大切だと思う。 
私は阿弥陀さまの心なんて全然わからんし、聞かされてもありがた迷惑としか思えん。
何度聞かされても、どれだけ聞かされても、やっぱり私は私の気分でお念仏を塗り変えてしまう。
それでもいいの? このまんまの私でいいの?」
と言うと、G先生は私の肩をそっと抱き寄せてくださり、
「わかるか? 抱きしめられとるのわかるな? あんたが感じんでも、信じられでも、仏さまはこうやっていつも抱きしめてくれとるんやでぇ。 そのまんまのおまえでええでぇ。 あとはワシが引き受けたでぇ と言ってなさる。」
G先生の手も胸も言葉も、とてもあたたかかった。 すごく すごく あたたかかった。
そして、そのまんまの私が阿弥陀さまの正客そのもので、私が信じられんでも、私がどれだけ否定しようとも、「‘私’が証拠で、‘南無阿弥陀仏’が証拠なんだ」 とお話しくださった。

これだけ聞いても、まだ何もわからない私がいた。
でも、ニョキニョキっと出てくる様々な思いを傍観しながら、証拠の‘南無阿弥陀仏’がとても軽やかに口から出て行く。
気が付くと とっても笑顔の私がそこにいて、そんな私に 「阿弥陀さまとの会話はすべて‘南無阿弥陀仏’や」 と G先生は説いてくださり 夜の懇親会はお開きとなった。

この日は疲れているはずなのに全然眠れなかった。
せっかくG先生に聞かせていただいた言葉も、猛スピードで忘れて行ってしまう。
そして‘南無阿弥陀仏’も声にならず・・・・・  孤独な夜が過ぎて行った・・・・・

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「太子講」 Part 1 [法座・座談]

3085684MO先生のお寺 順正寺 さんで催された「太子講」に参詣させていただいた。
参詣者の約半数は顏馴染みのお同行方で、お勤めの後にいただくG先生の御法話と、その後の仏法讃談をお目当てに各地から参詣されていた。

初日の御法話では、「“南無”の心」についてお話しをいただいた。
一番印象に残ったのは、「蓮如上人の書き残された『御文章』は、往生の手鏡である」と言われたところ。
ここのところで御法話中にG先生より話しかけていただき、自ら言葉を発したことで忘れられない一場面となった。
‘手鏡’というのは、自分では見ることのできない自分の姿を映し出すもので、私でありながらも私の知らない私の姿、そして私の後生の一大事というものを見せてくれる・教えてくれるのが『御文章』であると聞かせていただいた。
そして「後生の一大事」とは、この私が地獄に堕ちるという一大事と、仏に成るという一大事で、今生の一大事とはケタ違いな一大事なのだと…。 
しかし、私にとっては今生の一大事、二大事、三大事・・・ の方が重大で、自分の後生も、仏に成るという夢物語にも、全く興味がなく、大事だとはとても思えない。
そんな私に向かって仏さまは、「早く来いよ! 必ず救うてみせる!」と、十劫の間ず~っと 呼びづめ 立ちづめ 招きづめで、阿弥陀さまの方がこの私に手を合わせて、「南無の心をいただいておくれ、 どうか我と同じ仏になっておくれ、 お願いだから聞いておくれ」と、頭を下げておられるのだと聞かせていただいた。
そしてG先生は二度も席を立たれて、ご自身の腹の辺りを何度も拳で叩かれながら、「オレが!オレが!」という死んだことのないこの我執の心に仏さまが飛び込んで来てくださり、その我執の心の中から仏さまが叫んでおられるのがわかってきたら、‘南無阿弥陀仏’と称えずにはおれんようになる。
‘南無阿弥陀仏’と私が口にしたならば、 私が信じる心をいただいたならば、仏さまは 「あぁ~ 嬉しい! よう聞いてくれた!」 と 私にお礼を言ってくださる。
すべてが仏さまからの賜りモノなのだと聞かせていただいた。

御法話の後、初めてMO先生の元での座談会に参加させていただき、最初の内は緊張したけど、とてもわかりやすいお言葉をいただき徐々に緊張もほぐれていった。
しかし、私を中心に場が進行していくと、いつもの如くどんどん身体が硬直してきて御法と向き合うことができなくなってしまった…。
覚えているのは、「南無の心を聞くんだ!」と言われたMO先生の恐い目と、「‘南無阿弥陀仏’と称えよ!」というお同行方の声と、それと、自分の心しか見つめていなかった私のすがた・・・・・

座談会の後、MRさんとお話をする時間をいただいたが、胸中にいやらしくへばり付いているドロドロとしたモヤモヤは、少しも取れないどころか、どんどん増幅して私を締め付けていった・・・・・

夕食の後の座談会では、私と双子姉妹だと称されているYKちゃんを中心に座は進行していった。
初めの内はYKちゃんの焦りとか嘆きのようなものを生きた言葉で聞かせてもらっていたが、だんだん私の中で響きがなくなってきて、そうしたら他のお同行方も同じように感じたようでYKちゃんの話しは打ち切られてしまった。
あぁ、なるほど・・・・・  自分の心だけをみつめていてはダメだけど、自分の心を見失ったまま頭だけで言葉を紡いでも意味がないんだな… と思った。

そして夜の懇親会の席でのこと、HRちゃんから 「なっちゃんはそこまで聞かせていただけているのに、どうして喜べないの?」と言われた。
苦しいばっかりで、どうして喜ぶことなんかできるのだろう… というのが本音で、この時はHRちゃんの言っていることがよくわからなかったけど、この後G先生とお話しさせていただくご縁をいただいて、なんとなく、薄らぼんやりとだけど、どうして喜べないのかということが少し見えてきたような気がした。
つまり、私は私の心ばかりを見ているから…、その泥沼には何も喜ぶ種がないから喜べないんだろうな~ぁ と… 思った。

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プライベートな聞法ドライブ (^^)v [随筆日記]

今年のお正月より、本家の長男の嫁業務からチョットだけ解放されて、お盆前の忙しいこの時期に御法座へ参加させていただくご縁をいただいた。
「仏法なんか大嫌い! 仏法なんか忘れてやる~!」 と意気がる私に、この御法座への参加を強く勧めてくださったKKさん、会場まで車で送迎をしてくださったYuさん、そして何よりもこの御法座を主催してくださったMO先生と、ご高齢にもかかわらず遠路はるばる足をお運びくださり出張法話をしてくださったG先生。
如来さまの手を変え品を変えの様々なお働きと、先生やご同行方の御苦労によってこのようなご縁を結んでいただきながらも、知らされるのは感謝も感動も出来ない貧しい心と、相変わらず御法なんか聞きたくないなどと法を謗る心ばかり・・・・・

最近は、御法座が終わって帰宅すると、すこぶるご機嫌斜めな自分に出会う。
何なんだろう…、このイライラ感は・・・・・  
別段、誰かに当たるわけではないが、自分の中に自己を卑下する思いというか…、後悔というか…、自己否定するような心がフッと湧いては通り過ぎてゆく・・・・・

御法座の感想を書く前に、おまけの日記をメモしておこう!

当日は朝6時前に家を出て電車にギリギリSafeで乗り込んだ上に、車内では前夜の寝不足からうつらうつらとしてしまい つい うっかりと下車駅を降り過ごしそうになった。   まるで緊張感がない…。
待ち合わせ駅のロータリーには既にYuさんが待っていてくださり、ドキドキしながら車へと乗り込む。
優しいのか冷たいのかわからないYuさんの隣で、今度は緊張感が高血圧の状態になって眠気はすっかり吹っ飛んだ。

3081375行きの車内ではどんな会話をしたのかまるで記憶にないが、11時少し前に寄り道先の目的地、妙好人MRさんのご実家に到着。
残念ながらMRさんは既に家を出られた後であったが、お寺の本堂にてお参りをさせていただいた後、MRさんのお母様とちょっとだけだけどお話ができて大満足!!
そしてこの後少しだけ時間に余裕が出来たことでYuさんがとんでもない提案をし、とある宗教団体の会館を見学させていただくことになった。
第一印象は、立派な箱物やな~ぁ… というもの。
第二印象は、展示品や事業規模の説明ばかりで、御法が全く軽く扱われていることを残念に思った。
でも、思いがけない社会見学が出来たおかげで、御法座に向かう緊張がかなりほぐれた。

(御法座の感想はすっ飛ばし!)

御法座の帰り道、行きの緊張感とは全然種類の違った緊張感の中、Yuさんの車に乗せていただく。
御法座の後は、いつも いっつも ケチョンケチョンに言葉の飛び蹴りをされて、ガタガタに切り崩されて、ボロボロになったところで突き飛ばされるので、「うぅ・・・・・(>_<)、この長距離ドライブをどう乗りきればよいのだろうか・・・・・<(`^´)>」 な~んて心配で初めの内は心臓がバクバクしていたけど、今回はすごく静かに話を聞いてくださって丁寧に答えてくださったので、とてもわかりやすく聞かせていただくことが出来た。
しかし同時に、
私は自分の中で探しモノをするばかりで阿弥陀さまの方をちっとも見ていないなぁ…、 
私の中には一欠けらも無いモノだから聞かせていただくしかないんだな…、 
あぁ また腰掛けを探している私がいる…、 
私はチッとも後生が気にかけられない…、
私が嫌っている私自身が仏さまの正客で、且つ そんな私を愛してくれるだなんて、仏さまってヘンだ!
なんだか淋しい・・・・・   私だけおいてけぼりだ・・・・・
などと…、 一行詩のような様々な思いが心中でトルネードのように渦巻きながら次々に形を変えて行くのがハッキリと見えながらも、それらを何一つ言葉に出来ない私であった。 
「聞いて欲しい事はこんなにもたくさんあるのに、何てもどかしいんだろう・・・」
あっ・・・・・
「たった一つだけ聞いて欲しい」と願っておられる阿弥陀さまは、もどかしがらずに、今か今かと待ってくださっている・・・・・

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お盆の前に墓掃除! [随筆日記]

物理や化学の法則と言うのは、発見される以前から既にこの世に存在しうるもので、不変的な法則のもとに存在していると考えられる。
これに対して、哲学や心理学といったものには恒常的な法則はなく、その学説・倫理には発見者や学者、末は心理士に至るまで、その人個人の生活史・気質・心理状態などによって常に進化し発展してきた。
つまり、相互が生身の人間であるが故に、時(時代)や空間(国)によってそれらは常に移り変わる現在進行形の道半ばにあり、それは普遍的でありながら必ずしも法則にあてはまるものではないといえるのではないだろうか。

じゃ~仏教は?
学問的知識・研究対象としての仏教であるとか、宗教的商売としての仏教ではなく、普遍妥当性(時・空間を超えた絶対的真理)を有した仏教のこと。
これは、常識的に唯一真実の絶対的不変性を有しながら、これ自体が非常識的なものであるという真逆の二面性が… と、と、と、・・・・・

なぜ、こんな山奥にまで来て、私の頭はこんなにも小難しく働いているのだろう…

母のお墓参りを済ませ、そのついでの家族旅行(私プラス夫ひとりと四つ足のこどもふたり)で、今日は三河の山奥に来ている。
宿にした温泉旅館は矢作川上流の川岸に建ち、客室からはその川の流れを目で楽しみ、せせらぎを心地よく堪能できる Nice place 。
対岸の山並みは夏の緑をたたえ、その森のいずこから聞こえる鳥のさえずりが谷間に反響し、まぶし過ぎる夏の日差しを受けた木々たちは大きく深呼吸をしているみたいだ。

そんな景色をエアコンのきいた客室から眺めながらも、私の頭はひねり飴。

こんな時の気分転換には、誰かと他愛もない会話をするだけで頭の凝りも解れると思うのだけど、残念ながら夫もワン仔たちもお昼寝中で、私はひとり退屈な時間を自分相手に頭の中で捏ね繰り回しながら窓の外を見つめた。

仏教って何・・・・・?
な~んてことを変に理屈っぽく考えてしまうのも、「お盆」という風習と、これに関連してお墓参りなどしたせいだ…。
仏法を聞かせていただくようになってからは、トンとご無沙汰になってしまったお墓参り…。
それでも年末とお盆の前にはお墓の掃除と形式的なお墓参りを毎年の定例行事にしているが、それも人目だとか世間体といったものに後押しされての行動である。
そんな心持ちでのお墓参りなので、母の墓石の前に立てば殊更に醜くイヤらしい心が炙り出されて、まったく手を合わせる気にもなれない自分が知らされるばかり…。
そんな自分にとって都合の悪い自分を見せられたから、哲学的な屁理屈で自分の心を覆い隠そうとしているのかもしれない・・・・・   な~んて自己分析をしている自分も、やっぱりお馬鹿な屁理屈オタクじゃ~ないか(^.^ゞ・・・・・

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七夕まつり in 安城 [随筆日記]

日本三大七夕祭りの一つに数えられる‘安城七夕まつり’、と言っても、仙台七夕祭と平塚七夕まつりは文句ナシの Big 2 であるが、三番目については、安城の他に一宮や清水なども第三位を主張している。 しかし規模から考えると一宮や清水よりも安城七夕まつりの方が大きく、人出も盛大だ。

3063858安城七夕まつりの歴史は、昭和29年に国鉄(JR)安城駅前商店街が中心となって開催したことに始まり、昭和34年には安城七夕まつり協賛会が発足、そして昭和53年に日本商工会議所100周年記念のイベント「全国郷土祭」にて披露したことで、仙台・平塚と並び「日本三大七夕」と称されるようになったとの事である。

安城七夕の特徴は、竹飾りに飾り付けをする古風なもの故に一見地味にも見えるが、♪竹の葉サラサラ♪と、なかなかの趣がある。
七夕の飾り付けはJR安城駅前を中心に南東西に総延長3.5km、
約1,000本の竹飾りが街並みを彩る。
今年(2009年)の開催は8月7~9日の三日間で、私は二日目の日中にふらふらっと放浪してきた。
昼間のイベントは、随所に設けられたステージでの各種コンサート、大通りでは地元の子供たちによるパレードなどの出し物で賑わうが、夜は客足も増えて観光客で大賑わいだ。

そして、安城七夕まつりの今年のテーマは、「願いごと、日本一」
会場のいたるところに願いごとの書かれた短冊が竹笹の葉と共に風に揺れていた。
その大半は、「お金持ちになれますように」、「恋愛が成就しますように」などの願いを各々の言葉で綴ったものが多かった。
他には、「家族が病気をしませんように」、「孫ができますように」など、自分ではどうにも努力のしようのないものや、「幸せになりたい!」などの漠然とした叫びから、事細かに願望を幾つも重ねたストーリー的な願い事の書かれたものもチラホラと見受けられた。
中には、「できれば・・・・・をしたいと思うのですが…」と、一見控えめな願い方だなぁと思うが、「だったらやればいいじゃん!」と言いたくなるようなものや、人生相談めいた願いを書いたもの、個人的に特定の人物に対する願いを書いたものなど、読んでいてなかなか面白かった。

さ~て、私なら何て書こうか・・・           やっぱり、‘南無阿弥陀仏’ かな?!

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言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国 [随筆日記]

志貴島の 倭(やまと)の國は 言霊(ことだま)の 佑(さき)はふ國ぞ 福(さき)く  
ありとぞ 

『萬葉集』にある 柿本人麻呂の歌である。
意訳) 島々からなるこの日本国の言葉には魂が宿っており、その霊力によって幸福がもたらされる。

神代より 云伝(いひつ)てけらく 虚(そら)見つ 倭(やまと)の國は 皇神(すめ がみ)の 嚴(いつ)くしき国 言霊の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今 の世の 人もことごと 目の嚴(いつ)駆使前に 見たり知りたり

こちらも同じく『萬葉集』より 山上憶良が詠んだものである。
意訳) 神代の頃より言い伝えられてきたように、天の神々から見てもこの国の言葉には嚴(おごそ)かな魂が宿っており、その霊力によって幸溢れる国であると語り継がれている。 今の世の人もこれを心しながら日本の言葉を使えよと…。

古来より、日本の言葉には 「魂・命」が宿っていて、その言葉自体が有する神霊的の働きや霊妙な力によって、表現したことを実現させる助力になる、またその言葉以上の想いを伝えられると信じられてきた。
悪い言葉には不吉な言霊が宿っているので、悪い言葉を発すると凶事を招くよ!
逆に、良い言葉には幸福の言霊が宿っているので、良い言葉を使いましょうね~!
という、一見聖教的な教えではあるが、この慣習は極々身近に私たちの生活の中に浸透している。
例えば、「事故にあうかもしれない…」なんて口にすると、ホントに事故っちゃうかもしれないから、「絶対に大丈夫!」って言っておこう! とか…?!
気持ちの持ち方ひとつだと言われればそれまでだけど、一旦口から出した言葉(日本語)には、現在と未来に影響を及ぼす神秘的な力を有しているのだと、私たちは無意識の内に伝え教えられてきた。

だからこそ、‘南無阿弥陀仏’という教えが、今の世に、日本にだけ残ったのではないかと思った。

インドで生まれた仏教が、国を越えて時を越えて世界中に広まったにもかかわらず、今の世に ‘南無阿弥陀仏’の教えは日本にしか生きていないのが現状である。
もちろん仏さまの御働きが前提にあるも、日本の言葉を “言霊” として大切にしてきたこの国の文化が、‘南無阿弥陀仏’ というはかり知れない大きな功徳を秘めた言葉を守り続けて下さった。
一見、仏法とは無関係なようでありながら、言葉の一つ一つに宿る大きな力を “言霊”として敬ってきたこの国のご先祖さまによって、‘南無阿弥陀仏’ という言葉が、今、ここの私に所に届けられたのは事実であり、この不思議な御力・御働きを考えた時、すべてのモノ、すべての事が、‘仏さまとの縁続き’ であるような気がした。

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広島 原爆の日 [随筆日記]

今日は、フッとした瞬間に胸の詰まるような…、こみ上げてくる思いが何度かあった。

私は戦争を知らない…。 それ故に、戦争というものを悲惨な夢物語としてしか捉えることができない…。
しかし64年前の今日、戦争という名の元に、一瞬にしてたくさんの命がこの世から消し去られたという事実が存在している。
この日、この広島だけが戦争を物語る史実というわけではないが、何故かはわからないけど、この日だけは戦争という言葉が私の胸に突き刺さる。

8月6日の午前8時15分、やはり戦争を知らない母であったが、なぜか毎年この日のこの時間には必ずテレビをつけて、原爆記念式典の鐘の音に合わせて一分間の黙祷をすることを私に勧めた。
私は、ただ母に言われるままにテレビに向かって手を合わせて、心静かに黙祷を捧げた。

幼い頃、祖母から聞かされた戦争の話は、いわゆる生活苦の思い出話にしか聞こえなかった。
祖父が語る外地での実戦の話からも、人の死というものはまったく感じられなかった。
でも、「人は死ぬのだ」ということを初めて教えてくれたのは、それまで自分とは全く無関係だと思っていた“戦争”という事実だった。

それは小学校四年生の時に、学校の図書館で見つけた一冊の本との出合いがきっかけとなった。
『壁に消える少年』という題名の本で、広島に投下されたピカドンによって一瞬のうちに壁面に影となって焼きついてしまった少年が幻想の中で蘇えり、現代に生きる少年と少女に原爆の悲惨さを物語るお話しであった。
この本を読んで、初めて原爆というもの、戦争というもの、そして人は死ぬのだということを知った。
もう、何度読んだか知れない。 何十回も読み返し、毎日毎日飽きもせずこの本を読み続けた。
私がひたすらこの本を借り続けるので学校から親に苦情の電話が入ったほどだった。
そこで母がその本と、他にも何冊かの戦争文学系の本を買ってきてくれた。
『ガラスのうさぎ』 『あかりのない夜』 『八月がくるたびに』 『黒い雨』 『原爆の子』 『ひめゆりの塔』 『はだしのゲン』 など。

この頃、私は母に 「広島へ行きたい」と申し出たが願いは叶えられず、大人になってから自分で、仕事の休暇を利用して初めて広島の地を訪れ、原爆ドームを訪問した。
ところが、トラベルツアーでの広島訪問だったので、遠く橋のたもとから、たった15分間だけの見学…。
あっけなく…、 そして、不満が募っただけに終わってしまった。

3058111そして三年前、再び原爆ドームを訪問することが出来た。 が・・・・・
一緒に行った友達に、「私は近づきたくないから駅で待っている!」 と言われて、やはり心落ち着ける暇のない訪問となってしまった。
でも、この時思ったのは…、 原爆ドームの前で楽しげに記念撮影をする観光客、 また、原爆ドームには見向きもしない通勤・通学の人たち、 そして私の友人のようにまるで心霊スポットのように思っている人も・・・・・・
戦争も、原爆も、確実に風化してしまっている… と感じた。
じゃ~、私はなぜこの地を訪れたのだろう… と考えた時、やはり興味本位の部外者意識しかなかったのではないだろうか・・・・・・

所詮、“私”というヤツは、嫌いなもの、汚いものには自分をイメージの中に参加させることが出来ない輩だ。
つまり、宝くじが当たって億万長者になった自分の姿をイメージすることは出来ても、殺人犯となって絞首台に上る自分の姿はイメージできない…。 思考が拒否してしまう。
だから、戦争を知らない私たちに、戦争や原爆の悲惨さを風化させるな!と言っても、それは無理があるだろう。
ただ、原爆ドームはその悲惨な戦争や原爆の事実を後世に伝えるものであって、決して面白おかしい観光スポットでもなければ、心霊スポットでもないし、ましてや無視して通り過ぎていいような場所でもないと私は思う。

そんなことを考えながら、フッと自分を、1945年8月6日午前8時15分の広島県産業奨励館(原爆ドーム)の横に立たせてみた。
「私は、死ぬその瞬間が来ても、‘自分は、まだ死なない…’と思いながら、そして死んでいくのだろうな…」と思った。

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ユリの園 in ダイナランド  [随筆日記]

岐阜奥美濃にある関西・中京地区最大といわれるダイナランドのユリ園に連れて行ってもらった。
冬はスキー場となる山の斜面が、夏は360万本のユリの花畑に変身する。

3054892

「ユリ祭り」開催期間は7月25日~8月9日で、今年は前半戦の長雨の影響から来園客は後半戦の週末に集中しそう感じであるが、ゆり園自体は8月いっぱいまで営業しているので、お盆頃までは楽しめると思う。
8月4日現在の開花状況は、早咲きの品種・リフト乗り場周辺の下の方の花壇はもうそろそろ終わりを向かえる頃で、ちょっと淋しい感じであったが、中腹辺りまで来ると今が満開!、ちょうど見頃で一面のユリの園になっている。
リフトを降りてから上の方のユリもそろそろ満開となり、ここ一週間が見頃だろう。

3054893

しかし、とにかく暑かった!! 
山と言えども無風の中30℃を越える気温で、山の斜面ゆえに日陰はほとんど無い!
飲食物の持ち込みは一切禁止なので、日焼け対策を施した後、万全の体調で臨まれるのがよろしいかと… (^.^ゞ
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たった一つの 私の “命” [Poem]

皆、誰もが、たった一つの“命”しか持っていない。
それってすごく当たり前なことなんだけど、とても重要なこと。
それなのに、“命”が一つしかないということも、
それがとっても重くて深い意味を持っているということも、
時々、忘れてしまうことがある…。

いや・・・・・ 忘れ通しの私である…

そもそも、“命” というものの 本当の意味がわかっていないから、
「“命”なんてクソくらいだ!!」 っと…、
時折、「私」という狂人の感情に押し流されるままに切り捨てようとしたり、
たった一つの“命” ということを忘れて、「リセット」という幻夢に惑わされたり、
また、今、生きているという奇跡に気付くことができないから、
「自分」という魔物に捕らわれ、振り回されるままに
真実から目を背け、耳を塞いで、無意識の内に逃げ惑うばかり・・・・・


私は 幼い頃から、“命”とか、“生” とか、“死”とか、よく思案した。
でも、ず~~~~っと答えが見付けられなかった。
大人になって、 最近になって、ようやくその答えとめぐり合えても、
雲を掴むようなお話しで、なんだかぼんやりとしてしまう…。

ただ、「“命”の大切さ」とか、 「生きている奇跡」ということがわからないのは、
これを理解できるだけの知惠が私には無いからだということを薄々感じ始めた…。
私が、人間として生まれさせていただいたことの本当の意味とか、
私を、人間として生かしてくださっている無限なる御力というのは、
思案して理解の出来るものではなく、 また、どんな哲学も及ばず、
人智では到底計り知ることの出来ないものだとお聞かせいただいた。
これに、コクン っと頷く私と、 
どうしても頷くことが出来ずに、「でも解りたい」と もがいている私が、
互いに牽制し合いながら、平行線のまま共存している。

しかし、ここに “私の命” という存在が横たわってくると、
どちらの私も、この現実には背をむけてしまう。
「何もわからない私」というより、「何も知りたく私」というものが知れてくる。


たった一つしかない私のこの“命”
私は、私がこの“命”を頂戴するまでのストーリーを知らない。
でも、私には聞く耳があり、
そのストーリーを話してくださる方々とめぐり合えた。
「自分の“命”だもの、どう扱ったって私の勝手でしょ!」などとほざいている私に、
時には優しく、時には厳しく説いてくださる方々がいる。

そして何よりも、私には私の為に届けられた‘南無阿弥陀仏’がある。

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夏旅 2009  ~ 五日目/最終日 ~ [Travel]

08:56発 下風呂 → 09:57着 佐井 (下北交通バス/佐井線) 

10:30発 佐井港 → 11:00着 仏ヶ浦 (仏ヶ浦海上観光/ニューしもきた) 
11:30発 仏ヶ浦 → 12:00着 佐井港  

12:35発 佐井村港 → 14:55着 青森港 (シィライン/ポーラスター) 

17:35発 青森駅前 → 18:10着 青森空港 (JRバス/青森空港線) 

19:25発 青森空港 → 20:50着 中部空港 (JAL/3146便) 

今日は、津軽海峡に面した佐井港までバスで移動した後、仏ヶ浦まで遊覧船にて観光&上陸しての見学をした後再び佐井に帰港し、同港から別会社の船で青森まで直線コースの移動で時間短縮を図り、おまけにクルージングを楽しんだ。

料金は、仏ヶ浦の観光船が往復2,300円で、青森までの高速船が片道3,460円と、ちょっとだけ贅沢をしてしまった。

しかし、しくじった・・・・・
青森市まで来て始めて知ったこの事実・・・・・・
青森では明日から、あの有名なねぷた祭りが開催される!
そして今日は前夜祭と言うことで、随所でイベントが催されていた。
明日から町を練り歩くねぷたの山車は、青森観光物産会館アスパム横の広場にて勢揃いしていたので見ることは出来が、やはり祭り本番の迫力はまったく感じられない・・・・・
もうチョット下調べを深くしていたらな~ぁ、とちょっと残念だった。

今日は、青森駅発の青森空港行きのバスの中よりBLOGをUP!

今回の旅は、列車旅から始まって → バス旅 → 船旅 →  そして最後に飛行機旅と、けっこうレパートリーに富んだ旅になった。
帰宅までもう一息だ!

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