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天川村  ~ 天河大辨財天社 ~ [Travel]

帰郷、というのは変だけど、私が奈良へ行く時はいつも、しがらみや煩わしさのない故郷へ、ひとり帰るような心持ちになる。
そうは言っても、私の生い立ちに奈良は無関係だし、奈良に住んだという過去もなく、私と奈良との関わりは “私の想い” でしかない。
奈良県と言っても、私が懐かしさを感じるのは吉野・大峯近辺に集中している。

愛先生と一緒に旅行をするようになったのも奈良が縁であった。
記憶も薄らぐ回想録になってしまうが、初めて愛先生と旅行をした時のことを書いておこうと思った。

しばらく遠のいていた南大和の地に縁あって再びを訪れることが出来たのは、桜が散って新芽の芽生えた頃であった。
当初予定にしていた旅行の日が愛先生の都合でキャンセルになった時には、寝込むほどのショックを受けた私だったが、再び旅行日程が決まった時には、もちろん飛び上がるほどに嬉しかった。
しかし…、またダメになったら… 、という不安が拭えずに、愛先生との旅は複雑な心境でスタートした。
でも、このことで奈良に対する思いはますます強くなったようにも思う。

旅のスケジュールはキャンセルになる前の予定とは少し変えて、天川村と吉野村の二箇所を集中して巡ることになった。
しかし私は、「吉野村」には何度か行ったことがあっても、この旅で愛先生から「天川」という地名聞くまでを、「天川村」の存在はまったく知らないでいた。
愛先生との旅の始まりは、その「天川村」という地に引き寄せられるようにして決まったと言っても過言ではないだろう。

天川(てんかわ)村は奈良県中央部のやや南に位置した大峰の山々に囲まれた谷間の村である。
村の約4分の1が吉野熊野国立公園に指定されていて、世界遺産“大峯奥駆道”へのゲートがある。
約1300年前(奈良時代)、修験道の開祖である役行者が霊峰として崇めたのが大峯山であり、その開山以来、大峯は山岳修験道の根本道場として栄えてきた。

名古屋から4時間ほどのドライブで天川村に入り、まずは愛先生が想いを寄せていた「天河大辨財天社」へと向かった。
細い村道を進んでいくと、予想していたよりもはるかに賑やかな場所の、集落の一角に、天河大辨財天社の鳥居を見つけることができた。
天河神社は日本三辨天の一つとして数えられ、音楽や芸能の神様としても有名で、
草創は飛鳥時代にさかのぼり、多門院日記には「天川開山ハ役行者」とあり、霊山大峯の開山である役行者によってなされたことが記されている。

2951506天河大辨財天社の日当たりのよい明るく小じんまりとした境内を抜けたその奥にある本殿へと続く階段は、たかだか五十段にも満たない距離でありながら、一段一段と上がるにつれて、下界の雑音が遠のき、空気の色も変っていくように感じられた。
その階段を上りきったところに横を向いたかたちで神殿があり、その神殿・御神体の正面向かいには、神に奉納するための能の舞台が在していた。
階段下の境内が‘陽’や‘動’とするならば、この上の空間は‘陰’であり‘静’という対照的なイメージで私たちを迎えてくれた。
私たちより先に参拝をしていた二人組みの女性が、神殿に向かって、「おん そらそば ていえい そわか (帰命頂礼弁財天悉地成就)」と繰り返し唱えていた。
これは、辨財天の御真言で、「サラスバティ(弁才天)に帰命し奉る」という意味なのだそうだ。
その声を不思議な音として耳にしながら、私は神殿正面の上部より吊り下げられた鈴を見上げていた。
球体の鈴が四つ横に菱形に並べられた鈴、このような形は見たことが無く、それにこの時疑問に思ったのは、天河大辨財天に古来より伝わる神器は、三つの鈴を三角形に並べた独自の形状をしていたはずだが、どうしてこれは四つで菱形なのだろう… と、そんなことを考えながらその鈴を見上げていた。
天河神社の神器である五十鈴(いすず)は、三つの「むすひ」(霊的な働き)を表わし、
それぞれを「生産霊(いくむすび)」、「足産霊(たるむすび)」、「玉留産霊(たまとめむすび)」と言うのだそうだ。
その五十鈴を実際に目にしたいと思ったが、けっこうな金額を寄した崇敬者に対してのみ授与するものらしく、残念ながらお目にかかることはできなかった。

この神殿と向かい合わせにある能舞台では、毎年春季大祭や例大祭に京都観世界を初め幾多諸流の名士が神事能を奉納する。
これも機会があればぜひ見に来たいと思った。

しかし、神殿前のこの空気はいったい何なのだろう・・・・・
時間が止まってしまったかのように感じられるほど、‘動’の気配がない。
どことなく落ち着きながらも、フッとした瞬間に自分だけが取り残されてしまうような不安にかられる。
天河大辨財天社の神殿前には、そんな不思議な“気”があった。

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