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親の名前を知っている [法座・座談]

井上さんとお別れをした後も、頭の中は井上さんからいただいた言葉で溢れかえり、胸の中はワクワクとした温かさで火照っていた。
Yuさんから、「井上さんが会ってくださったということ自体すごいことなのに、それを時間延長までして3時間近くもお話ししてくださるなんてすごい~!」と言われたとおりに、本当に素敵な出遇いをさせていただき、深い 深い時間を過ごさせていただいた。

帰り道、どこをどう歩いたのか…、Yuさんと何をお話ししたのか…、断片的にしか思い出せないくらいに頭も胸もいっぱいで、それを何度も心の中で復唱していた。

今回、母のことを通して思い知らされたと。
本当に私は、親の命の犠牲の上に平然と立っている・・・・・

私を、この世に人間として生まれさせるために、いったいどれほどのご苦労があったのか…、私には、その一欠けらもわからないし…、 感じることすら出来ない…。
でも、こうして人間として生まれさせていただいてからのことなら、ほんの僅かだけ…、ほんの時々…、感じさせていただけるまでにお育てをいただいた。
父と母がいなければ、私はこの世に生を受けることなど出来なかったという事実も、自分が幸せの真っ只中にいる時には感謝できたとしても、苦悩の最中にいる時には、平気で親を恨み殺す・・・・・
ここまで育てていただくのに、どれほどの愛を与えていただき、どれほどの犠牲を強いてきたのかなんて考えることもなく、私はいつだって自分の為だけに生きていた。
そう・・・・・、 人として生きている意味もわからずに、わがまま放題に生きて来た・・・・・

でも、今、何のために人として生まれさせていただいたのか、その意味をハッキリと教えていただき、これをコクンと頷けるまでに育てていただき、その愛に包まれながら生かさせていただいている。

井上さんはおっしゃった。  
私の母は、如来さまの命(めい)によってこの世に生まれ、そして帰って逝ったんだと・・・。
母が、何故に私を愛しんでくれたのか…、 そんな母の人生を何故に私一人が背負い、そして最後を看取らなければならなかったのか…
それはすべて私のためだったと・・・  すべてが、私一人のためだったと・・・・・・
母が、母の一生をかけて、母自らの命をかけて私に教えてくれたこと・・・、 私にはそのほんの一端しかわかってはいないだろう・・・・・。
でも、振り返ってみれば、順縁も、逆縁も、何もかも全てのご縁が、「これ一つ聞いて欲しい」 という 大きな 大きな 願いの元に、この私一人の為に用意して下さった道なのだと言える私がここに居て、これを教えてくださった師や友がいる。
すごいよ・・・  すごいことだよ!

井上さんが、何気なく、それでいて深く言われた一言が、私の胸元にほっこりと浮かんできた。

  「親の名前を知っているって、すごいことだよね!」

そんなすごいことを当たり前のようにしか受けていない私だけれども、私に人間としての生を与えてくださった真の親様の名前を知っているって、やっぱりすごいことなんだよね!
その親の名を呼ばせていただき、その親様から呼んでいただいた声を聞かせていただけるって、とんでもなくすごいことなんだよね!    南無阿弥陀仏

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