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法城寺で初法座 [心]

2672530今日は、浄土真宗のメッカ・三河国のお寺での御法座に参加させて頂いた。

法城寺は、明治30年開基の尼僧院で、清沢満之(きよさわまんし・浄土真宗の僧であり近代宗教哲学者)の影響を受けつつも、浄土宗・鎮西派の正統派寺院であり、現在は、山崎弁榮(やまざきべんえい・浄土宗の僧)上人を慕う住職(僧侶)がこの寺を守っている。
細部まで手入れの行き届いた法城寺は、とてもオープンで、且つ、とても落ち着けるお寺である。

御法話の内容については、まだ手付かずのジグソーパズルのように頭の中でバラバラに分裂している状態なので後日振り返るとして、今日の第一の感想としては、「楽しかった」・・・かな?!
御法座に出て、御法話を聞かせて頂くということは、浄土真宗ではイコール機様(きざま・“私”の値打ち)の追及、言い換えるならば、見たくない私、知りたくない私の実相を聞かせて頂く訳で、決して楽しいものでも心地良いものでもないはずである…。
しかし、なぜか今日は心が楽になった。

支部長さんに提案されて、自分の心を天気に例えて見ていくと、法座に出る前は、今にも雪の降り出しそうなドンヨリとした冷たい曇り模様だったのが、法座が終わってからは、一晩中雪が降り続いた後の晴れた朝のように、大切なものは雪に覆われて見えなくなっているけれど、それでも晴れ晴れとした気分で朝を迎えたような、そんな空模様に心が変わった。

御法座が始まる前までは確かにいつも通りに憂鬱で、スキあらば逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのに…、
今日は何故だろう…、いつも御同行にされていた質問を、自分で自分に問うていた。
「なっちゃんは、わかってるじゃん!」「なっちゃんに、届いてるじゃん!」
「それなのに、これ以上、何が欲しいの?」 って・・・・・
それからただ漠然と、「私なんだ…、他の誰でもない、煩悩一具の私なんだ…」とも思った・・・・・

御法を聞いた後は、必ず頭の中がグチャグチャになって、何を聞いたかさっぱり覚えていないのだが、不思議なことに時間がたてばたつほど、心にきちんと入ってくる。
なので、今は深く考えずに…、今夜はもう寝よう~[眠い(睡眠)]

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